第16話 でち?


『カオスでち』


一体ここで何があったのだろうか?


レオンはその扉をそっと閉めて、くるりと私の方を振り返った。

その顔は青く、さっきまでの楽しい気持ちも一瞬にして吹き飛んだ。


「・・・」


「アスカ・・・ここにはリュードたちを置いていっただけだよな?」


そんなことは私に確認しなくても、レオンの方がわかっているだろうに。


「そうですね。いつもこんなことになっているのですか?」


「な訳ないだろう」


いつもあんなことになっていれば、留守番なんてさせないだろう。それに部屋があんなに綺麗な訳がない。


「どうしますか?」


「みんな中にいるのは確かだから」


『早く入るでち』


ん? どこからか声が聞こえたような? けれどだれもいないし気のせいかな?


ここは数百年の歴史のあるお城。おばけとかだったら怖いから聞かなかったことにしよう。


「・・・ただいまー」


中はこの世界の電気のようなものをつけてないらしくとても暗い。


「!」


部屋中に充満している何か焦げたような匂い。


机に飾ってあったはずの花瓶は割れて床に散らばり、花も無惨に散っている。


奥の寝室に繋がる扉は開けっ放しになっていて、出かける前の姿は見る影もない。


「ひぃっ!」


ふと地面に光るものを見つけてよく見れば、赤く濡れたナイフがいくつも転がっている。


窓ガラスは割れてカーテンは燃えて焦げて。何か踏んだと思えばどこか見覚えのある服がいくつも落ちている。これは脱ぎ散らかされた感じだ。


どこからか聞こえる悲鳴と笑い声。


そして・・・・地面に転がった赤い何かに濡れたピキ。


「! 大丈夫か?」


2人で慌てて抱き起こすものの、反応はなく、クタリと体の力は抜けている。しかしよく見れば。


「・・寝ているだけですね」


「リュード! カリア! メルシア! 出てこい!」


レオンが怒っている。すごく怒っている。

レオンにはこの惨状の犯人がちゃんとわかっているらしい。


「私もいるけど?」


後ろから声がして振り返ると、リュードと同じ服を着た人が立っていた。その人の華奢な体がピキと同じように赤く濡れている。


「ぎゃぁぁぁーーー!」


ついにでた! おばけだ! お城だから昔何かあった時のおばけだ!


「こないで!」


「えー、そんなに怖がらなくても」


男性とも女性ともつかない声。


「いやー!」


思わず後ろに後ずさると何かにぶつかって、それに驚いてさらに転けてしまった。


すると後ろから笑い声が聞こえる。とても不気味で見たくないのに見てしまうと・・・


レオンの寝室で赤く濡れたナイフを持ってベットに座り、何かを眺めながら笑っているメルシア。


その横にはメガネをとった素のリュード。無表情ながら、なぜか服が脱げかけていて、カリアに馬乗りになってカリアの服を剥ごうとしている。


そしてそんな状態なのに一番楽しそうなカリア。剥がされるのを楽しんでる?


「ふふっ! あははっ」


「きゃー、リュード様! やめて?!」


「さっさと脱げ」


もう頭が追いつかない。とりあえず、この惨状を今すぐ忘れたい。


「ねえ、大丈夫?」


あの声と共に肩に置かれる手。紫がかったグラデーションの髪を三つ編みにして横に流している綺麗な人。


「おい! リモレ!近づくのは・・」


「あ」


怖すぎてよくわからなくなって悲鳴も出ない。


「アスカ! 落ち着け。ほら、よく見て。ちゃんと生きてる人間だから」


「・・・え・・・あ・・・」


レオンに手を取られて、その人の手に手を乗せられる。


「あったかい。お化けじゃない?」


「もちろん。初めまして。噂はみんなから聞いてるよ。アスカさん。私はリモレ、よろしく」


「・・・は、初めまして。よろしくお願いします」


ここにきて一番の衝撃的な初めましてになった気がした。

背が高くて、キリッとしつつ優しげな目元。菫色の瞳。なんだかとてもかっこいい。


「片付けないとね。メルシア! もう終わりだよ!」


手を叩いて、難なくあの恐怖の寝室に入っていく。


「今いいところなのです!」


「速く片付ける! 徹夜で片付けしたいの?! そっちの2人もアスカさんが引いてるからやめること!」


手早くみんなに指示を出し、それを見てレオンもやっと動き出した。


「リュード、カリア、何をしてこうなった?」


何をしていたのかも気になるところ。2人はやっと離れて・・


「リュードが私の服剥いでくる!」


「そうか。カリアは喜んでるからそれでいいんだろう?」


「うん!」


レオンが街で言っていたことがうっすらとわかってきた気がした。


「見ての通り、カリアが先に吹っかけたんですよ?」


「そうだろうな。カリア、仲がいいのはいいがあんまりやるとリュードが可哀想だから」


リュードの服はカリアのイタズラによって着せられたものらしい。

やり返したくなる気持ちもわからなくもないかもしれないが、あんなに可愛い子にいかがなものか。


「速く片付けろ」


「レオンが怒った! もっと!」


もしかして、カリアはMと言うやつか? 学校でそういう存在をうっすらと聞いたことがある。


「俺はそっちの趣味はないって! 趣味はほどほどにしてくれ」


レオンは巻き込まれ慣れていると言うことか。あしらい方が慣れているように見えた。


「二人とも、いや、全員速く着替えろ。この状態で誰か来たら色々誤解される」


側から見れば事件か何か何事か、といった感じの雰囲気に見えるだろう。

それかお化け屋敷かハロウィンにも見えなくもない。


「えー、リュードちゃん可愛いのに」


「頼むから、趣味に巻き込むのはやめてくれ。リュードの機嫌がすごく悪いから!」


そのリュードといえば、メルシアに宥められて。みんなの兄弟のことはわからないけれど、メルシアは長子な気がする。


「やだ! 私にはこっちの方が似合うもん」


「はいはい。好きにしていいから、とにかく着替えて。洗濯しないと汚れ取れなくなるよ」


リモレがカリアの背を押して部屋へ入れる。それを横目に見ながらとりあえず、と明日花は床に散らばったものを拾って集める。


「俺たちは寝室で着替えるから、メルシアたちはその辺の部屋を使って」


「わかりました」


みんな仲良し。きっとこれがみんなのそのままの姿なんだ。そう思うと明日花は胸の奥に澱みができた気がした。


あの中にはとても入れない。けれど別にそれでいい。


「アスカさん。こっちで着替えましょう」


メルシアはいつも優しい。これは外用の服だから。ここにあったいつもの服に着替えなくてはいけない。


「メルシア、一旦部屋に着替えとってくるね」


「はーい。リモレ、そのまま城を歩いたらダメですよ」


「わかってるって。レオンのとこから借りた上着で隠すから大丈夫」


会話の雰囲気でとても親しい仲だということはわかる。シェアハウスのような状態で住んでいるようだから当然か。


「いつからみなさん一緒に過ごしているのですか?」


「そうですねー。少しずつ差はありますけど大体8歳前後からです。それからはずっとここで生活しているので家族よりも親しかったりするのです」


友人よりも、兄弟のように見えなくもない。


どちらでもいいかと、ボタンを外し袖をぬく。


「服の赤い原因はなんですか? 血かと思ってびっくりしました」


「ソースですよ。みんなで料理しているところにリモレが帰ってきて、色々あってあーなりました」


その色々が気になるけれど、聞くのは少し恐ろしい。


「ガラスが割れているのは?」


「ピキが暴れたんです。カーテンもそうですね。ふふっ、面白かったですよ。あんなに必死になるなんて」


なぜかメルシアさんがとても怖く見えた。こんなに優しいメルシアさんだ。きっと気のせいだろう。


「ピキを貸していただきありがとうございました。とても楽しかったです」


「またどうぞ」


「はい!」


着替えて外に出るとまだ私たちだけだった。男子組は時間がかかっているのだろうか?


「そういえばカリアさんは?」


「え?」


着替えるなら私達と一緒だったはずだ。それともリモレと同じように着替えを取りに行ったのか。


「カリアとリモレはどう見えますか? 思うがままに答えてください」


「カリアさんはちょっと変な女の子。でも一番可愛くて、私なんかよりも女子力は数倍あると思います。リモレさんはとてもかっこよかったです。あれって男装ですか? 手が女性らしかったので」


「よくわかりましたね。けど・・・一つ間違っていますよ?」


「どこですか?」


「カリア、ちょっと出てきてください」


レオンの寝室が開いて、そこから覗く水色サラサラの髪。


「何? 私になんか用?」


いつもと違って髪を一つにまとめ、リュードさんと同じような服を着ているカリア。


「この通りカリアは男ですよ。なんなら触って確認しますか?」


「えっ!」


顔は全く同じだけれど、この姿だと別人に思えるほどの美少年。

顔の可愛い男の子に女子力で負けたのか。別に偏見は無いけれど、単に可愛い格好が好きなのか。そういう系の人なのか。


「気づいてなかった? まあ、僕可愛いし」


「仕事にはそれがちょうどいいけど」


「悪趣味」


着替えが終わり、出てきたレオンたちも色々言っている。


そうなるとさっきの光景はなんだったのだろう? 男子同士はあんな遊びをするものなのだろうか?


「さっきは何をしていたのですか?」


「あー、リュードにメイド服とか着せて遊んでただけだよ。顔は良いから似合うんだよねー。そしたらリュードが僕にちゃんと男物の服着ろって言い出して」


「カリアはリュードを煽って怒らせて、酷いことをされたいという趣味があるんですよ」


メルシアさんがとても驚くようなことを普通に説明してくれる。ここではそれが普通のこととして認識されているのか。


「そうですか」


カリアさんがまさか男でそんな趣味をお持ちだったとは・・・、もしや女装も趣味なのだろうか? 


「話してないで速く片付けろ。ここをなんだと思ってる」


「レオンの部屋でしょ」


「一応お城ですよ」


それが何か?みたいな答えだ。これだけ部屋がぐちゃぐちゃなのに隣の部屋は大丈夫なのだろうか? これが石造りのいいところか?


「一応、第三王子の部屋ではないんですか?」


「いや、レオンだから」


そんな感覚なのか。それともこの国では王子もとても近い存在なのか。


「そうじゃなくて! あいつに見つかったらまずいから、もうすぐ帰ってくるらしいから!」


「えっ! なんで? ずっとどっか行ってたのに!」


「どうしよう? ここまでグチャグチャだとそんなにすぐは片付けれないよ」


「隠蔽しますか?」


なぜかみんな揃って慌て始めた。こんな部屋になったのを見られると一番まずいのは親のような人だろう。

怒られること確実である。


「リュードは割れてるもの片付けて、カリアは汚れた物を片付けて、メルシアは・・・とりあえずナイフをどうにかしようか」


改めて部屋を見渡すとかなりひどい。何か事件の後ですか?といった感じだ。

部屋をぐちゃぐちゃにしていないけれど、何もしないわけにはいかない。みんなで一緒に過ごしているのなら連帯責任の可能性も大きいだろう。


「アスカ、ガラスが割れてるところの窓枠外すから手伝って」


「ちゃんとした服に着替えるのは後でよかったのではないですか?」


「途中で誰か来たらまずいから」


人が突然尋ねてくることも無いとは言えない。

 

こんなことするのは初めてだ。椅子に登って窓を外して、怪我をしないように慎重に。


「誰か、ちょっとそこの物とってもらえませんか?」


『はいでち』


「ありがとうございます」


窓から目が外せないが、ちゃんと手の上に乗せてくれる。


『あー! そこ割れてるから危ないでち』


「大丈夫ですよ」


「アスカ、そっち持ってて」


「これでいいですか?」


2人で息を合わせて慎重に動かす。落として更にガラスが割れれば大惨事だ。


「うん。あのさ、さっきから思ってたんだけどさ」


「なんですか?」


「それ何?」


「?」


なんのことだろう?とレオンが指を指した方を見ると・・


『でち?』


可愛らしく、でもどこかあざとく首を傾げた黄色いハムスターがいた。


 


 


 




 


 


 


 

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お嬢様の異世界改革記 〜異世界に転移したので貧乏王国を立て直したいと思います〜 浅葱咲愛 @sakua_

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