第15話 でち・・・
「それにしても私には見慣れない植物ばかりです」
植物だけではない。街の人の容姿も変わっている。茶色の髪は数人いるけれど、黒髪は全く見ない。
一体どうなってそうなっているのかという色ばかり。金や白、赤茶はまだ良いとして青や黄色、緑に紫。果ては赤や染めているとしか思えないグラデーションまで。
「美味しい果物があるけど食べるか?」
「はい」
レオンは慣れたように近くの店へ行き、店主と何か話して買って戻ってくる。
これが小さかろうが一国の王子とはだれも思わないだろう。
街に馴染む格好をしているがそうでなくても行動が完璧である。
「これ食べてみて」
表面はルツルツしていて形もりんごみたい。色はオレンジで、味の想像はさっぱりつかない。
「どうやって食べるのですか?」
「かぶりつく」
「え?」
あいにく明日花は切られた果物しか食べたことがない。イチゴでさえヘタを取った状態で出されるほどのお嬢様である。
「ほら、こうやって、思いっきりガブって」
「こうですか?」
噛み付くと中から果汁が溢れる。りんごよりも果肉は柔いけれど、味はちゃんと酸味のあるりんごだった。
美味しい。切って出されたものを食べるのとはまた違った美味しさがある。
「美味しいだろ?」
レオンが作った訳でもないだろうにとても誇らしげな顔をしている。名物とかなのだろうか?
「気に入りました。けど・・・手がベタベタになります」
汚れないように袖を捲って食べたのは正解だった。溢れた果汁が肘のあたりまでつたっている。
「食べ終わったらそこの水道に手を洗いに行こう」
「水道あるのですね」
「ここを何だと思ってる」
ここの文明がどの程度なのか分からない。せいぜい中世くらいの発達具合かと思っていた。
「今度歴史も教えてください」
「たった300年無いくらいの歴史だけど? その前のことは本当にざっくりとしか伝わってなくて」
「十分です」
日本での300年なら江戸時代から文明開花、近代化まで一気に進んだ濃い300年である。
「手を洗うなら水道はあっちに・・・あ、これ」
回すところの無い蛇口と流し台のようなものが置かれている。
けれどどうやって水を出すのかわからない。車もない世界にセンサーで反応して水を出す仕組みなんてないだろう。
「どうやって水を出すのですか?」
「足元の色が違う石を踏んで」
確かに一箇所水色の石がはまっている。周りを見れば所々に同じような石が置かれている。
「こうですか? わっ!」
足元が下がる感覚も無いのに急に勢いよく呼び出す水。
「なんで? え?」
「洗わないのか?」
ベタベタになった手を洗う。とてもさっぱり。けれど・・。
「どうやって止めればいいのですか?」
「そこから退くだけ」
本当に止まった。けれど、仕組みがさっぱりわからない。
車も無い世界でまさかセンサーで水が出る仕組みがあるとは思わなかった。
「どうして水がでるのですか?」
「この水色の石が魔石で、踏むとアスカの魔力に反応して水が出る」
「それって・・・魔法というやつですか?」
「いや、こんなのは魔法じゃない」
私にも魔力があるというのが驚きだけれど、それよりこれが魔法じゃないと言うのが引っかかった。
「どんなのを魔法というのですか?」
「大きくて・・・どかーんみたいなやつ」
ざっくりでさっぱり伝わらない。レオンってもしかして説明が下手なのかな?
「よくわかりません」
「俺だってよく知らないから。本に出てくるだけでみた事はないし」
魔石を使うと魔法じゃないってことだろうか?
魔法とかの物語はクラスメートに少しだけ見せてもらったことがあるだけでよく知らない。
「光とか火は大体同じ仕組みで動いてる。魔力量によるけど魔石を使わなくてもある程度のことはできる」
「・・・それを魔法というのでは?」
私の感覚ではそうだけれど、世界が違うと違うのか。
「もしそうだったらここは魔法が全員使える国になるよ。昔からこの国には魔法がないって言われてるんだから。ほら、次のとこ行こう。いろいろ調べるんだろ」
分からないことは今考えても仕方ない。
「次はあっちに行きたいです」
「あっちは服とか売ってる地区だけど?」
「どういうものが主流かも調べないといけませんから」
ついでに服も新しい形を作って流行らせてしまおう。今の服ではさほど着心地がよくない。
問題は靴である。現代とはもう比べるまでもなく歩きにくい。
落ち着いたら一番にそれを変えていこう。
それから近くにあった店をほとんどまわった。
女性の服の傾向は金額が高くなるほど布の量が増えて染めてある色が鮮やかになっていく。けれど模様は入っていないシンプルな物がほとんどだった。スカートは丈が長いものが多い。
市民に多い格好はブラウスにスカートかワンピースの形になったもの。
そしてレオン曰く、できるだけドレスに近づけた形の方が良いらしい。ワンピースもその一つだとか。
男性の服はよく分からなかった。高くなるほど鮮やかになっていくのは同じだった。そして生地がしっかりしたものになっていくのはわかった。飾りが増えていくのもわかる。
けれど流行というのはイマイチ分からない。そのうちメルシアにでも聞いてみよう。
「アスカ!」
「はい?」
「聞こえてなかっただろ」
レオンが眉間に皺を寄せて怒っている。折角の美形が勿体無い。
「そろそろ帰ろうか」
「もうそんな時間ですか。早いですね」
空を見てみれば、赤というかオレンジというか・・そんな色に染まっている。白い建物が多いからそれも赤くなって綺麗だ。
「兄様たちは先に帰ったんだからな」
「あー、そうでしたね」
夢中ですっかり忘れていた。それくらいとても楽しい一日だった。
「お腹すきましたね。今日の夕食は何でしょうか?」
「さあ? 今日は・・・魚の日だったと思うけど」
「私、肉より魚の方が好きなんですよ」
「へえ、まあわからなくも無いな。肉って癖あるし」
こんなところでレオンが共感してくれるとは思わなかった。
「でも、ある意味お魚も癖があるでしょう? そういうのも苦手なのですよ」
「ナーシャは好き嫌いが多くて、アレ食べないこれ食べないって。焼き魚は食べるのに俺がほぐしてあげたら嫌がるんだ」
「それって骨が嫌なのでは? 自分でほぐして食べた方が骨を食べてしまう確率は低いですからね」
「・・俺の魚の分解が下手ってこと?」
「どうでしょう?」
どうでもいい話に花を咲かせ、友人と歩くのはこんな感じなのかと思いながら城への道を進んだ。
城に戻ればどうしても現実に戻される。明日からはまた頑張らなくてはいけない。
「レオン、楽しかったです。また行きましょう」
「うん。暇になったら」
「そればっかりではないですか」
みんなへのちょっとしたお土産も用意した。レオンが選んだものだからきっと好みに合っているだろう。
「ただいまー」
「ただい・・・」
部屋に入った途端足が止まった。それはレオンも同じ。ここはいつもの部屋のはず。
なのにとてもそうとは思えない光景が広がっていた。
『わー、カオスでちー』
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