第7話 その力、身に纏え!

「ミ、ミツオさんどうします? 戦うんですか!?」


 どうするべきか? エルフの少女に対して集団の注目が集まっている今だったら、気づかれずに逃げることも可能だろう。


 逃げて、町のみんなにこの軍勢のことを伝えるべきだ。


「さて、我らが軍門に降るというのなら、奴隷として迎え入れんこともないがどうかね?」


「……」


 モンスター達を下手に刺激してしまえば、夜0時とは言わず今からでも町に突撃してしまうかもしれない。ここは刺激しないように逃げた方が良い。


「奴隷では不満かな? それならば、ペットとして飼ってやろうか?」


「……」


 今ここで自分が飛び出すよりも、町に戻ってみんなで戦った方が良い。そうに決まっている。感情に流されてはいけない。今すぐ逃げよう。


 足を静かにそろりと動かして後退する。幸い後方にはモンスターがいない。抜け出すことができそうだ。


 ゆっくりと後退しながらも少女の動向に気を配る。


「はあ、強情な長耳だなぁ。何がお望みかな? 奴隷? ペット?」


 どうやら悪魔は悪趣味な問答を一通り楽しみ終えて、そろそろ飽きてきたようだった。


「……殺すなら殺せ。貴様らに呪いあれ」


 エルフの少女の声には震えはなかった。


 しかし、そこには強い決意も誇りもなく、ただただ諦めだけが強く感じられた。


 これが運命だと悟り、すべてを諦めた目。


 その姿になぜか胸が痛くなる。


 境遇は違うが、死んだように生きてきた今までの自分が、重なったのだろうか。


「故郷もない哀れな長耳はここらで殺してやることにしよう。――なぶり殺しにしろ!」


 獣や虫が少女に殺到する。心が苦しい。でも、どうすることもできない。




 ……本当にそうなのか?


 ギフトがある。英雄の力を秘めたブレスレットだ。


 でも、その力がどんなものなのか分からない。


 もしかしたら上手く扱えないかもしれない。


 扱えたとしてもあの軍勢にはかなわないかもしれない。


 このまま素直に自分が逃げれば、町を救える可能性は高まる。――少女は確実に死ぬが。


 一瞬のうちにぐるぐると考えが頭の中で回る。重い。答えは出ない。


 思考の濁流に流され、真っ暗になりつつある視界に何かが映った。



 少女の目から落ちる雫。


 聞こえないはずの助けを呼ぶ声が聞こえた気がした。



 ――心は決まった。


「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 叫ぶ。迷いを破るように。集団の注目を一気にかっさらう。


 悪魔も獣も虫たちも何かを叫んでいるが分からない。聞こえるのは女神様の声だけだ。


「ミツオさん、いいんですか?」


「今ここから逃げたら『後悔』するので」


 打算などない。


 持っているものすべてをかけてあの子を守ろう。それが私の後悔しない人生だ。


「じ、じゃあ私と一緒に唱えてください。腕を前に!」


「はい!」


 ブレスレットをつけた腕を前に突き出す。


 そして、ブレスレットから聞こえる女神様の声に合わせて、こちらも同じく唱える。


「「装纏そうてん!」」


 右手にはめたブレスレットが七色に光り輝き、七色の石同士が共鳴し、さらに輝きを増していく。


 そして、七色の中でもひときわ輝く色。


 夏の空を写し取ったかのような鮮やかな青。


「一意戦神!」


 青い光は体全体を包み込む。


「――スサノオッ!」


 閃光。思わず目を閉じる。


 そして、身にまとう感覚。


 恐る恐る目を開くと、鎧と言うにはあまりに薄すぎるフォルムの鎧を身に纏っていた。


 心臓や局部はそれなりに厚く守れども、肩や脇腹は薄い金属が守るのみ。


 拳や足に至っては明らかに露出していた。


 鎧を視認したその直後。


 流れ込んでくる感覚。誰かがすぐ近くににいるような、1つになったような不思議な感覚。


「何をしている! さっさとやってしまえ!」

 悪魔が叫ぶ。


「シャハハ! そんな鎧一つでどうすんだぁぁぁぁぁぁ!?」


 目の前に飛び込んできたのは、両手に鎌を持ったハエのようなフォルムをしたモンスター。


「俺の鎌を喰らって死ねやぁぁぁ!」


 両手の鎌を振りかぶったのと同時に、脇の下に隠されたもう2つの副腕から鎌が放たれる。


「……うるさい。消えろ」


「グゲ?」


 自身の体が動いたと思うと、一瞬のうちに魔物は爆散していた。


「あ、あのミツオさん?」と女神様の声がする。


「なんだ?」


「性格変わってませんか?」


「そうだな。誰かに操られているような不思議な感じだ。……だが、それでいい」


 体の動くままに――。


 一足の内に魔物たちとの間合いを詰め、拳を繰り出す。


 空に逃れようとする飛行型の魔物にジャンプで飛びつき、足をつかんで叩きつける。


 四方を囲んだ魔物に回し蹴りを食らわせる。


 死散。爆散。魂飛魄散こんひはくさん


「馬鹿な! 俺らの表皮は鉄と同じ強度だぞ!」 

「なんだアイツは!?」 

「たかが鎧1つ! 武器も持っていないのに、なぜ倒せない!」

「で、伝説で聞いたことがある! 素手で俺ら魔族をぶち殺した伝説の男がいるって……」

「ま、まさか、あのスサノオだっていうのか!? バ、バカな! アイツは何千年も前に――」


 やかましくしゃべっている魔物たちを粉砕する。


「よく知っているじゃねぇか」


「くそっ! 俺はいったん退く! お前たちは奴を足止めしろ!」


 悪魔は魔物たちにそう命じると、そそくさと逃げ出し始めた。


「奥義、空薙ぎ」


 それは空気を裂いて飛ぶ衝撃波。


 距離も間合いも無視して、ただただまっすぐに悪魔の胸を貫いた。


「ぐぎゃぁああ!」


 悪魔は悲鳴をあげながら倒れ、やがて消滅した。


「さて、後はお前たちだけだな」


「ひいぃぃぃー!」


 瞬く間に残っていた魔物たちを粉砕し終える。


「ふん、雑魚が。――うっ」


 突如、体から力が抜けるような感覚。


 そして鎧はさらさらと粉になって空高く消えていった。




「あと6つ……。まぁ、こんなのも悪くないか」

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