第3話 騎士様のお姫様抱っこ※溺愛回
アンナたちは、テーベ村に着いた。
王都から1番近い村で、旅人は必ずこの村で休みを取る。
小さな村だが、美しい森がある風光明媚な場所だ。
過ごしやすい涼しい気候で、王都の貴族がお忍びで来ることもある。
村の入口に、たくさんの人が集まっていた。
(いったい何だろう?)
アンナたちが馬車を降りると、
「大聖女様が来たぞ!大聖女様バンザイ!」
いきなりの大歓迎。
「もう大聖女じゃないんですけど……」
「あんたバカか?無能王太子ところから逃げたとは言え、新しい大聖女が見つかってないからな。今もまだあんたが大聖女だ」
「バカとまで言わなくても……」
「あんたは民衆の女神様だ。たとえおちょこちょいで地味な聖女でも、民衆にとってあんたは希望の光なんだ。もっと自分の立場を自覚したほうがいいぜ。バカ聖女」
「そんなのわかってるわ。余計なお世話でーす」
「余計なお世話だったな。聖女様がご自身のお務めをお忘れになられていたようなので、ついつい老婆心ながらご忠告申し上げた次第でございます」
「嫌な奴……」
アンナは小さくつぶやいた。
「なんか言ったか?」
「別に」
村長が出てきた。白い髭を生やした立派な老紳士だ。
「大聖女様、よく来ていただきました。今夜は歓迎の宴を設けたいと思います」
「村長。歓迎など結構だ。大聖女は目立たたないように里帰りをしたいのだ。お前たちの大げさな歓迎など要らん」
アルフォンスは腕組みをして、まるで王様のように尊大に話した。
「せっかくですもの。歓迎していただきましょう。村の人たちも、準備してくれていたのでしょう?村長さん、さっきの騎士様のご発言は忘れてくださいな。騎士様は照れているのです。まるで子どもみたいな人でしょう?本当は歓迎されて嬉しいのです」
マリーが話に割って入る。
「おい。バカメイド。俺は子どもじゃない」
「村長の私としては、大聖女様のご意見を聞きたいのですが……」
(準備してくれていたのに、断るのも悪いな……)
「歓迎ありがとうございます。少しの間お世話になります。歓迎会が楽しみですわ」
「あ、ありがとうございます!大聖女様!」
村長はアンナの手を握って、泣き出してしまった。
「死ぬ前に、我が村に大聖女様をお迎えできるなんて……。感無量でございます!今日まで生きていてよかった……」
大聖女になり王太子と婚約してから、王宮に閉じ込められていた。だから外の人たちと触れ合うのは久しぶりだ。
大聖女がここまで人々に愛されているなんて、アンナは知らなかった。
いろいろ大変なこともあるけれど、人に感謝されるのはやっぱり嬉しいな。
◇◇◇
村長の館で歓迎の宴が催された。
村の有力者とその家族が集まり、たくさんのご馳走やお酒が振る舞われた。
男女が集まり歓談し、楽しい雰囲気だ。
「こういう場は苦手か?」
アンナの隣にいたアルフォンスが、唐突に話しかけてきた。
(突然何なの?また嫌味を言うつもり?)
「わたしは地味聖女ですもの。騎士様のお察しの通り根暗で社交は苦手でーす♡」
「そうか。俺も苦手だ。こういう時、何を話していいかまるでわからん。仕事の時なら普通に話せるのだが、よく知らん奴と何を話せばいいやら。あんたのメイドはすごいな。もう村の男たちの人気者だ」
マリーの周りに村の男たちが集まっていた。彼らは競ってマリーと話そうとしている。
「マリーはかわいいからね……」
自分もマリーのようになれたらいいのに、とアンナは思ってしまう。
「あの、騎士様。あちらで一緒にエールを飲みませんか?」
村娘のひとりが、アルフォンスに話しかけてきた。
「いや……」
アンナは断ろうとするアルフォンスを見て、
「一緒に飲んで来なさいよ。わたしは地味聖女らしくひとりでいるから」
「……お嬢さん。お誘いありがとう。しかしわたしには大聖女様をお守りする大事な任務があります。大聖女様のお側を離れるわけには参りません」
「そうですか……」
村娘は、アンナを一瞬睨みつけると、心底残念そうに立ち去った。
その村娘が断れたのを見ると、さっきからアルフォンスを見ていて村娘たちは、とてもガッカリした顔をしていた。
あんなにかわいいあの子が断れたのなら、自分たちにチャンスはない、と思ったのかもしれない。
「いい子そうなのに。楽しんで来なさいよ」
「ふん。俺はああいう軽薄なバカ女たちに興味はない。それに、大聖女を守るのが俺の任務だ。あんたの側を離れるのは俺のプライドが許さない」
もしも任務がなかったら、村娘たちと行ってしまうの?と聞いてみたかったが、それを聞く勇気はアンナになかった。
(きっと行ってしまうわよね。わたしみたいな地味聖女と一緒にいても楽しいはずないもの……)
宴会を楽しむ人々を見ながら、アンナはぼんやりと考えていた。
◇◇◇
「なんであんたがいるのよ!」
歓迎会も終わり、アンナたちは村長の館に泊まることになった。
夜も更け、明日も早いからもう休むことになったのだが——
「あんたを守るのが俺の任務だと言ったただろう?寝てる間に誰かに襲われるかしれないしな。いい加減理解しろ。バカ聖女」
「でも、あんたと同じ部屋で寝るなんて……」
「俺ならまったく気にならん。あんたがいても無視するから大丈夫だ」
「あんたは大丈夫かもしれないけど、わたしが嫌なのよ!」
男と同じ部屋で寝るのは、王太子以外では初めてだった。
「俺が地味聖女に欲情するわけないだろ。全身真っ黒で、性格も根暗な女に変な気を起こすと思うか?あり得ないから安心しろ」
まったく気にされないのも、それはそれで少しムカつく。
「あっそう。わたしも性格最悪な騎士に変な気を起こしたりしないから!」
「うるさいからさっさと寝ろよ。俺はずっと起きてるから」
「あんたは寝ないの?」
「やれやれ。俺はあんたを守るのが任務だ。寝れるわけないだろう」
アルフォンスは部屋の角に、腰を下ろした。
「早く寝てくれ。大丈夫だ。ここにずっといるから」
アルフォンスに見守られながら、ベッドに入ったアンナは、なかなか眠れなかった。
(どうしても気になっちゃうな……)
アルフォンスに背を向けながら、目を閉じた——
カタカタ。
何かの物音がする。
「おい。地味聖女。起きろ」
アルフォンスがアンナの身体を揺すった。
「うーん……。何?」
「ドアの向こうに誰かいる」
「マリーじゃない?」
「本当にあんたはバカだな」
「ちょっと!バカって何よ!」
「しー!静かにしろ」
アルフォンスがアンナの口を押さえた。
「あんたは大聖女なんだ。つまり、この国の要人だ。王政に不満を持っている連中に、常に狙われているんだぞ。無能王太子は何も教えていないのか?呆れて物が言えん」
アルフォンスの大きな暖かい手が、口に触れて少し苦しい。早まる呼吸がアンナに伝わってくる。
「俺が見てくるから、あんたはここにいてくれ」
アルフォンスは剣を手に取り、ドアに近づいた。
剣を抜いた。刃が月光で鋭く輝く。
ドアを慎重に開けると、外には——
「女の子?」
「なんだ……村長の孫か」
どうやら村長の孫娘が、寝ぼけて部屋を間違たらしい。
「お嬢ちゃん。君の部屋は隣だよ」
アルフォンスは優しく孫娘の頭を撫でた。
意外にも優しいアルフォンスの対応に、アンナは驚いた。
(子どもには優しいのかしら?)
「よいしょっと」
アルフォンスは孫娘を抱っこした。
「送り届けてくる」
アルフォンスは隣の部屋へ孫娘を届けた。
「はあ……。まったく子どもは手がかかるな」
アルフォンスが帰ってくると、
バタアーン!
アンナが突然倒れた。
「大丈夫か!」
アンナに駆け寄るアルフォンス。
「ごめん。安心したら腰が抜けちゃって……」
本当に誰かが襲い来たのかと思い、アンナは恐怖を押し殺していた。
それで安心した途端、身体の力が一気に抜けてしまったのだ。
「世話が焼ける大聖女様だ」
アルフォンスはアンナを抱き上げた。
しかも、お姫様抱っこで。
「ちょっと!やめてよ!」
「大聖女を床で転がしておくわけにいかんだろう。大人しくしてくれ」
アルフォンスが、じっとアンナの顔を見つめた。
「何よ?」
「ふふ。こうやって見ると結構かわいい顔してるじゃないか。あんたを守るのが俺の任務だ。何があっても守り抜くから安心しろ」
アルフォンスがアンナの髪を優しく触った。
「怖がりな地味聖女は守りがいがあるな。大切に見ていてあげないと、すぐに誰かに攫われてしまう。あんたはボケっとしたところがあるからな」
「ボケっとって……」
「俺はずっと起きているから、安心して眠っていてくれ。寝顔が1番マシだからな」
「マシとは失礼な!」
「かわいいって意味だ。明日も早いからさっさと寝てください。大聖女様」
アルフォンスはゆっくり、ベッドへアンナを降ろした。
(少しドキドキしちゃったじゃない。あんな嫌な奴に……もう、いや!)
アンナは枕を抱いて、こっそり悔しがった
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