第2話 気まずい馬車の中

「にしても、王太子もバカな奴だ。俺のような優秀な騎士にこんなくだらない任務を与えるとはな。だからさっさと行くぞ。地味聖女」


(だから地味聖女言うな!)


「はいはい。優秀な騎士様のお手を煩わせてしまいすみませんね。わたしみたいな地味聖女のくだらない里帰りに付き合わせてしまいまして!」


「わかっているなら、いちいち言わなくていいぜ。地味聖女」


(カッチーン!)


「お嬢様、早く参りましょう。夕方までに村に到着しないといけませんから」


 アンナがキレそうになっているのを察して、マリーが背中を押した。


「優秀なメイドだな。お前より聖女に向いているんじゃないか」


 アルフォンスが意地悪な笑みを浮かべた。


「いえいえ。お嬢様は立派な聖女様ですわ。どんな女性よりも聖女様に向いていると信じています」


「忖度しなくていいんだぞ」


「忖度なんて滅相もありません。お嬢様は本当はとってもかわいい方なんですよ。アルフォンス様もいずれおわかりになります」


「物好きな奴だな。まあ俺にはどうでもいい。早く乗れよ。レディファーストだ」


 アルフォンスはわざとらしくお辞儀をした。


「わーい!ご立派な騎士様にお辞儀していただいて感激でーす!」


 アンナは大げさに喜んでみた。


「素直でよろしい。その感激をよく味わえ」


「ええ、味わいますわ!おいしいなあ!うわっ!」


 昨日の雨が降っていたせいで、地面がぬかるんでいた。アンナは泥に足を取られて転びそうになった。

 アルフォンスは素早く動き、アンナを抱きとめた。


「おいおい、気をつけろよ。大聖女がこけて泥だらけになったら、民衆がガッカリするぜ。ほら、ここに足をかけて……」


 重たい鎧を着ているはずなのに、しっかりアンナを抱き止めていた。


 アンナの手を取って、馬車に乗せてやるアルフォンス。


「ふう……地味だけでなく、おっちょこちょいでもあるのか。さっきの【お嬢様はかわいい】はこういう意味か?」


「かわいいでしょう?お嬢様を颯爽と受け止めたアルフォンス様もかっこよかったですよ!」


「ふん。褒めても何も出んぞ」


 ちょっと照れているアルフォンスを見て、マリーはクスクスと笑った。


「笑うな。バカメイド」


(マリーはすごいなあ。こんな嫌な奴と上手に付き合えるんだもの……。わたしはこんな奴と仲良くするなんて絶対無理だ)


 マリーが一緒にいてくれて、心底よかったとアンナは思った。



◇◇◇



 一同は馬車でカリーノ村へ向かった。


 王都から実家の辺境フィオーレまで、馬車で2週間はかかる。夜は盗賊や魔物に襲われる危険があるから、途中にある村に泊まる。


(気まずいなあ……)


 ぶすっとした顔で、窓の外を見るアルフォンス。マリーと話そうにも、アルフォンスがいると話しづらかった。

 重たい空気に耐えかねたマリーが、アルフォンスに話しかけた。


「アルフォンス様はご出身はどちらですか?」


「俺の出身なんぞ聞いてどうする?」


「ただの好奇心です!」


 アルフォンスの冷たい返しにもまったく動じず、にっこりと笑うマリー。

 マリーの微笑みに、アルフォンスは少したじろいだ。


「俺は……ロレンス地方の出身だ」


 アルフォンスは少し言い淀んだ。

 ロレンス地方――王国で最も貧しい地方だ。


「貴族はいいな。こうやって誰かに守ってもらえて。しかも俺のような本来最前線で敵と戦うような、エリート騎士を護衛につけてもらえるんだからな」


(……わたしにだっていろいろあるのに。やっぱりこの人は嫌いだ)


「騎士様は貴族を嫌っているようですけど、貴族にだっていろいろ辛いこともあるんです。民衆の模範にならないといけないから、自分のしたいこともできないし。さっきから人を決めつけてばかりですね。人に嫌われるだけですから、おやめになられたほうがよろしいのでは?」


「嫌われて結構だ。そんなことを気にする気楽な人生ではないのでな。しかし意外だ。人から好かれたいのなら、聖女のくせになぜ地味にしている?王太子や貴族が望む派手な格好をすればいい」


「それは――」


 キャンキャン!


 子犬の鳴き声が聞こえた。

 アルフォンスのバックから、ひょこっと小さなポメラニアンが出てきた。白い毛がふもふの子犬だ。


「あら、かわいいワンちゃんね!」


 マリーが頭を撫でた。


「おい!勝手に触るな!」


 アルフォンスはマリーから子犬をひったくた。


「アルフォンス様がこんなにかわいいワンちゃんを飼っていたなんて。名前はなんて言うんですか?」


「な、名前などどうでもいいだろう!」


「ふふ。教えてくださいな」


 マリーはアルフォンスの顔を覗き込む。


「……ピノだ」


「男の子?女の子?」


「言わきゃなダメか?」


「はい!」


「……女の子だ」


「ピノちゃんですね。ほら、お嬢様も抱いてください」


 マリーはひょいとアルフォンスからピノを取り上げた。


「ほらほら、お嬢様も!かわいいですよお」


 マリーは無理やりピノをアンナに押しつけた。


(もふもふして気持ちいい)


 ピノを抱きしめて頭を撫でた。

「かわいいですねえ。お嬢様も犬を飼いましょう」


「うん。それもいいかもね」


「ああ、ずっと触っていたい!」


 ピノを完全に取られてしまったアルフォンスは、のんとか取り返そうとするが、2人の女子がピノを溺愛しすぎて手が出せなかった。


「……気が済んだか?そろそろ俺のピノを返してくれないか?こいつは王都で捨てられていたところを俺が拾ったんだ。貴族の令嬢が飽きて捨てたんだろう。まったく貴族って奴は残酷なことをする。だから俺が親代わりだ。俺はそいつが大切なんだ」


「へー騎士様にも大切なものがあるんですねー」


 アンナは皮肉な笑みを浮かべた。


「あんたには大切なものないのか?ああ、そうか。一応、大聖女様だもんな。大切なものは民衆か。顔も見たこともない連中を大切にするなんてご立派なことだ」


(わたしがご立派なわけないじゃん……)


「はいはい。騎士様は何でもよーくおわかりで!人の気持ちを察するのがお上手ですね。ぜひ見習いたいですわ!」


「そうか。なら遠慮なく見習え。あんたは聖女のくせに察しが悪そうだからな」


「アルフォンス様、それ以上続けますと、ピノちゃんを返してあげませんよ」


 マリーはピノを強く抱きしめた。


「……それは困る」


「お嬢様はいつも周囲の人たちのことを考えています。わたしたち使用人にもお優しいのですよ。むしろ人の気持ちを察しすぎる方です。だから【察しが悪い】はご訂正ください。さもないと一生、ピノちゃんは返しませんからね」


「わかった。地味聖女は察しが悪くない。これでいいか?」


「察しがとってもいい、と言ってください」


「調子に乗るな。バカメイド」


「じゃあ返しません」


「……地味聖女は人の気持ちをとってもよく察する。これで満足か?」


「よくできました。ピノちゃんをどうぞ」


 マリーは笑顔でピノを返す。


「ふん。めんどくさい奴らだ」


(あんたのほうがめんどくさいんですけど……)


 アンナとマリーは「やれやれ」と呆れた。

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