俺様騎士の溺愛〜大聖女は婚約破棄されて嬉しい〜

水間ノボル@『序盤でボコられるクズ悪役貴

第1話 聖女は婚約破棄されて嬉しい

「聖女アンナ、そなたとの婚約を破棄する」


 聖女のアンナこと、アンナ・シュトラウス子爵令嬢は、ルイ王太子殿下から婚約破棄された。

 朝、王太子の部屋のベッドの上で、突然の婚約破棄だった。

 理由は、アンナが聖女のくせに地味すぎるからだ。


「聖女は民を導く女神でなければならぬというのに、そなたときたら私の送ったダイヤのロザリオもつけず、いつも黒い修道復しか着ないではないか。しかも金の龍をあしらった儀仗も持たずに民の前に出るとは。気でも狂っているのか?」


「ダイヤのロザリオは首にかけると重たいですし、黒い修道服は禁欲の証です。儀仗も民を救うのに役立つとは思えません。わたしはシンプルな聖女でいたいのです」


「そなたは地味すぎる。王宮のパーティーでもドレスは着ないし社交はしないし、隣でいる私が恥ずかしい。まるで華ない。おまけに髪も黒、目も黒だ。聖女は金髪と青い瞳と決まっているだろう。そなたはいつ髪を金髪に染めて、目を青くしてくれるのだ?」


「聖女は民のために祈りを捧げるのが仕事のはずです。目立つ派手な見た目が必要なのでしょうか?」


 髪を染めるのはめんどくさいし、金髪を維持するのは大変だし、目を青く変えるのはそもそも無理だ、とアンナは思った。


「わかった。そなたと私は性格の不一致ということで円満に婚約破棄としよう。そなたが純潔であることは私が保証する。他の誰とでも好きに結婚するがいい」


「殿下のご寛大な御心遣いに感謝いたします。わたしはどこへでも行きましょう」

 アンナは皮肉ぽっく笑った。


「それだ!そなたのそういうところがまるでかわいくないのだ。なぜ、王太子の私が婚約破棄を言い渡しているのに、泣いて女の子らしくわたしに縋りつかない?」 


(俺に泣いて縋れと言われてもなあ。泣けないものは泣けないし)


「さあ?それがわたしですから——」


 ボコっ!

 王太子はアンナの顔を殴った。


「すまん。つい手が出てしまった。しかしそなたが悪いんだぞ。うん。そなたがすべて悪いのだ。わたしの寛大な心遣いを嘲笑い、わたしを愛さず拒絶したからだ。わたしはそなたを愛しているのに、そなたはわたしの愛に応えない。当然の報いだ」


 アンナは女の子らしく泣くどころか、王太子の仕打ちに呆れ返り、心底どうでもよくなってしまった。


「今の殿下の乱暴狼藉は、わたしの胸の中だけに秘めておきますね。殿下にもお立場があるでしょうから。ただ、わたしのことはもう放って置いてください」


「そなた、それで自分はいい女だとか思っているのか?わたしがそなたを殴ったと皆に暴露しても構わんぞ。そなたの話など誰も信じないぞ。それに、わたしに殴られたい女は国中に無限にいるからな!また殴られたいと思って後悔しても遅いぞ!ははは!」


 なんとしてもマウントを取ろうとしてくる王太子に、アンナは「やれやれ」とため息をついた。


 聖女学園の卒業試験で成績一位の子と二位の子がたまたま風邪で休んでしまった。それで成績三位の自分が首席に繰り上がってしまい、王太子と婚約させられてしまった。

 三位の自分は辺境の教会で地味に聖女として働きたかったが、無理矢理王宮へ連れて行かれ、将来の王を助ける「大聖女」をやらされていた。


「はいはい。わたしは殿下の言うとおり、いい女だと思っていましたよおー!女の子らしく男に縋れないかわいげのない女ですう♡これでご満足ですか?」


「このおおおおおおおお!」


 王太子がまた殴ると予想していたアンナは、華麗に王太子のフックを回避し、風のように早く部屋から出た。


「スッキリした!これで解放されたわ。辺境に帰ろう!」


 ◇◇◇


「お嬢様、馬車の用意ができました」

 アンナのメイド、マリーが呼びにきた。


 さっそく今日の昼に、実家のある辺境へ出発することにしたのだ。


「ありがとう。さっさとこんなところからおさらばしましょう」


 アンナは支度をして、王宮の馬屋まで出てきた。 


「まだ騎士様が来ておりません」

 マリーが心配そうな顔で言った。 


「騎士?」


「聞いておりませんでしたか?王太子様がせめて元婚約者に最後の慈悲にと、帰り道に騎士をつけるとおっしゃっていましたので」


「そんなの聞いてないんですけど」 


「お嬢様には秘密にしておいてほしいと言われましたから」


 たしかに、辺境への道は盗賊や魔物が出るから、騎士がいれば安心できる。

 しかし、あの王太子のことだから、きっと何かあるととアンナは思った。 


「ふう。ここにいたのか。東の馬屋と聞いていたのだが。ここは西だぞ。地味聖女は西と東の違いもわからねえのか?」


 アンナが振り上げると、銀色の磨き上げられた鎧を着た、騎士がいた。

 この騎士の名は、アルフォンス。

 癖毛の金髪が風にたなびき、大きな青い瞳はきれいだが威圧感もある。薄い唇は冷たい印象を与えていた。 


「あなたが一緒に来てくれる騎士様?」


「俺は忙しいんだ。前線で大活躍するのが俺の役目だが、どうして婚約破棄された地味聖女の里帰りに付き合わないといけないんだ?」 


(なんだこいつ?)


「お嫌ならわたしたちだけで行きますので」


「ぜひそうしてもらいたいところだが、王太子の直々の頼みだ。断れんだろう。さっさと行くぞ。地味聖女」


「地味聖女って?」


「あんたの渾名だよ。王都で有名だぜ。舞踏会でドレスも着ないし宝石もつけないし踊りもしない変な聖女がいるって。いつも地味な黒い修道服を着てる真っ暗な女だと」


「ひどいなあ」


 そこまで言われていたとは思わなかったアンナは、少し落ち込んだ。


「実際見たら、聞いていたよりも何倍も地味だな。まあいいさ。俺の仕事に関係ない」


 最初の印象は最悪だった。

 彼が愛する人になるなんて、思いもよらなかった——

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