第26話 魔王との戦い

 戦闘が始まって、10分ほどが経っただろうか。冒険者と魔王ヘイスベルトの戦いは、未だ決着がつかないまま繰り広げられていた。

 いや、繰り広げられていた、という表現は正しくないだろう。ほぼほぼ、ヘイスベルトによって冒険者は手玉に取られていた。

 冒険者側の作戦はまず最初に付与術士エンチャンター付与エンチャントで能力を底上げし、同時に魔法使いソーサラー弱体化デバフをヘイスベルトにかけ、こちらと向こうの能力差を縮めてから叩く、という想定だった。

 しかし、そう上手く事が運ばないのが魔王との戦いというものだ。


「はぁぁっ!」

「やぁぁっ!」


 今も、俺とブリジッタが二人同時に武器を振るい、ヘイスベルトに切りかかった。二人とも付与エンチャントは十分にかかって能力が上がっている。いくら魔王と言えども、一太刀を入れて多少のHP体力を削る自信はあった。


「ぬんっ!」


 だが、ヘイスベルトが腕を振るうや、ガキンと硬い音を立てながら俺の大剣とブリジッタの片手剣が弾かれる。明らかに向こうの鱗とぶつかった音がしたのに、鱗には細い傷が一本走っているだけだ。

 どう見ても、ほんの少しのHP体力しか削れていないだろう。俺の人外じみたステータスでさえこうなのだから、DEF防御力の高さが分かるというものだ。


「くそっ、ダメか!」

付与術士エンチャンター付与エンチャントは!?」


 俺がうめくと、後方に振り返ったブリジッタが悲鳴じみた声を上げた。

 後方ではロドリゴを始めとした付与エンチャント要員が、切れ目なしに魔法を詠唱している。これだけ魔法を重ねがけをしているのだから、いくら頑健王といえども傷の一つくらい負わせられそうなものだが、現実は非情だ。


「さっきから何度もかけている! もう上昇値も最大だ!」

弱体化デバフはどうだ!?」


 ロドリゴが汗を拭いながら声を発する。彼の隣りにいたパトリツィオが周囲を見回りながら彼らしからぬ大声を上げると、魔法使いソーサラー集団の統括をしていた『微笑む処刑人ソッリーデレボイア』のマンフレット・オーシンハが、妖精竜フェアリードラゴンらしい愛らしい顔を憎々しげに歪めながら返した。


「かけようとしているんだが、ダメだ! RES抵抗力が高すぎるのか通らない!」

「攻撃魔法も通らないし……どうしたらいいの!?」


 弱体化デバフと同時並行で攻撃魔法を放っていた『蒼き翼アリブルー』のカルメン・サッシが悲痛な声を上げた。

 物理攻撃も魔法攻撃も、まともにダメージが入らない。こちらのステータスは付与エンチャントで極限まで上げている。弱体化デバフが入れば多少はダメージが通りやすくなるんだろうが、通らない。

 これでは、完全にジリ貧だ。ヘイスベルトを倒し切る前に、俺達のHP体力が尽きるか、MP魔法力が尽きるかするのが先だろう。


「やれやれ、ここまでとは予想外だね」

「『頑健王』の名の通り、DEF防御力VIT生命力RES抵抗力には特に優れた魔物であることは疑いようもないことだ。だが……これはよろしくない」


 ロドリゴが弓を引いて回復魔法を放ちながらぼやくと、マリカも小さく舌を打ちながら同調した。破壊力という点では俺に次ぐくらいの力を持っているマリカの大斧も、今のところ有効打を与えられていない。俺の剣ですらまともに斬れていないのだから、そうもなるだろうが。

 先程から走り回って魔獣語魔法をばらまいていたエレンも、俺の足元に飛び込みながら苦々しく言う。


「魔獣語魔法の通りも悪いわ。これ、ただRES抵抗力が高いってだけじゃないわよ」

「ああ、何か……この防御力を支える手段が向こうにはあるはずだ」


 エレンの言葉に俺もうなずく。さすがにここまで攻撃が通らないと、何かしらのからくりを疑うより他にない。

 ただ、そのからくりを見極めるには、まだまだ判断材料が足りない。マリカも冒険者達を鼓舞しながら、自身の斧を高く掲げた。


「諸君、諦めるな! どんどんと魔法を撃ち込み攻撃を続けろ!」


 その言葉に再起した冒険者達が、再び魔法と物理攻撃の雨あられを降らせていく。しかしヘイスベルトはなおも、意に介さない様子で耐えてきた。

 腕が大きく振るわれる。前衛の、ヘイスベルトに近い位置にいて攻撃を加えていた戦士ウォリアー拳闘士グラップラーの数名が吹き飛ばされた。

 と。


「……ふむ」

「ディーデリック?」


 俺と一緒に行動しつつ、しかし一言も発さず、静かにヘイスベルトの姿を見ていたディーデリックが、小さく声を上げた。

 何か、思い至ったような声色だ。俺が彼に声をかけると、ディーデリックは俺の足を動かして数歩下がった。マリカをかばうように前に立ちながら、ディーデリックが口を開く。


「勇者」

「なんだ、『黄金魔獣』」


 ディーデリックが呼びかけたのはマリカだった。何でもないことのようにマリカが答えると、ちらと彼女に視線を向けながらディーデリックが問いかける。


「貴様は『魔王』という存在について、どこまで知っている」

「む?」


 彼の問いに、マリカが小さく目を見開いた。

 魔王について、どこまで知っているか。随分と抽象的で曖昧な問いかけだ。マリカも戸惑った様子で、彼に答える。


「魔物の中でも特に優れたる魔物であり、魔王軍を統べる存在。人間に仇なすもの。そう把握しているが」


 マリカの回答に、ディーデリックが小さく頷いた。

 魔物の中でも特に優れたもの、魔王軍を統べるもの、人間の敵。間違いではない、概ねの認識として。もちろん神魔王ギュードリンみたいな例外はいると思うが、基本的に魔王というのはそういうものだ。

 ディーデリックも、そこを否定するつもりはないらしい。頷いてから小さく振り返って彼女に言った。


「違いはない。だが、一つ足りない『認識』がある」


 と、そこでディーデリックは言葉を区切った。思わせぶりに一息つきながら、彼は言う。


「魔王とは、世界を創る・・・・・存在である、ということだ」

「世界を……」

「創る?」


 ディーデリックの発言に、きょとんとした声を上げたのはマリカとパトリツィオだった。

 世界を創る。そんな話、俺は耳にしたことがない。そもそも世界を創るなんてこと、魔王であってもできるのだろうか。

 と、進展のない現状にしびれを切らした様子で、ルフィーノが思い切り前に飛び出した。彼は拳闘士グラップラー、全力で前に出ないと相手に攻撃が出来ないが、それにしたって前に出すぎだ。もう、激突せんばかりの勢いである。


「くそっ、ふざけんじゃねぇぞ!!」

「ルフィーノ!」

「待て、早まるな!」


 ブリジッタが叫ぶように言うと同時に、マンフレットが慌てながら声を飛ばした。しかし、それでもルフィーノの身体は止まらない。止めようがなかったのかも知れない。

 その拳が、一直線に前へと突き出され、ヘイスベルトの鱗を叩こうとしたその瞬間だ。


「ぬんっ!!」


 ヘイスベルトの声と同時に、彼の身体全体が黒い光・・・で覆われた。膜のように彼の身体を覆うそれに触れたルフィーノの拳が、光に吸い込まれるように消えていく・・・・・

 比喩ではない。文字通り、彼の手が、腕が、消えていた・・・・・


「あ――あ……?」

「ルフィーノ!!」


 そのまま慣性によって突っ込んでいったルフィーノの身体が、力を失ったようにばたりと倒れ込む。彼の身体は、まるで消し飛ばされたかのように半身が失われている。当然、理解できないと言った風な力ない声を漏らした以降は、ぴくりとも動かない。ブリジッタの呼びかけに、応えるはずもない。

 死んだのは、誰の目にも明らかだった。


「ふん、人間風情が我に素手で触れようなど、無謀と言う他ない!」


 ヘイスベルトが黒い光を消すや、勝ち誇ったかのようにそう言った。

 その様子を見て、冒険者、特に前衛陣が震え上がった。あの黒い光に触れたが最後、どうなってしまうのかをルフィーノがこれ以上ないほどにはっきりと実演したからだ。


「うそだろ……!?」

「ルフィーノの身体が……消えた・・・……!?」


 信じられないものを見るかのように、『冬の鉄フェッロインヴェルノ』のバルトロメオや『微笑む処刑人ソッリーデレボイア』のヘロルフが引きつった声を漏らした。

 これはもう、DEF防御力が高いとかRES抵抗力が高いとか、そういう次元じゃない。

 そんな中で、ディーデリックがため息混じりに言った。


「やれやれ、実例を見てしまったか」


 ディーデリックの言葉に、幾人かの冒険者の視線が集まった。

 明らかに彼は、何かを知っている。ヘイスベルトと旧知の仲だったようだから、何かを知っていてもおかしくはないが。そもそもからして、古くから生きている強大な魔物なのだ。

 と。


「あ……」

「エレン?」


 何かを思い出したかのようにエレンが声を上げる。そのまま難しい表情をして考え込む彼女に俺が声をかけると、エレンは疑念を顔に浮かべながら、はっきりと言った。


「もしかしてだけど……『界』なの、あれ?」

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