第25話 玉座の間にて

 城内の魔物を次々となぎ倒していき、俺達は予想以上に呆気なく、魔王城の中で一番大きく、派手な扉の前に来ていた。

 この扉の向こうが、魔王の待つ玉座の間だ。扉の前に陣取っていた守衛の魔物達も、先程の戦闘で全て片付けている。あとは、扉を開けて突入すれば最終決戦だ。


「今のところは順調だな」

「ああ、HP体力MP魔法力も、全員問題ない程度だ」


 先頭を行くマリカが冒険者全員を振り返ると、後方の面々が武器を掲げながら応える。俺も大剣を持ち上げながら、返事をしつつ言った。

 今のところ、大きなダメージを受けた者はいない。多少のダメージはどうしたって戦闘中で受けるものだが、そのダメージは治癒士ヒーラーが全て回復させた後だ。

 現時点で、状況は万全と言えるだろう。マリカの言葉通り、まさに順調だ。

 冒険者達が安堵の表情を見せる中で、俺は目の前の大きな扉を見上げて言う。


「それで……ここが、玉座の間か?」

「そのはずだ。この奥に……頑健王ヘイスベルトがいるのだろう」


 俺の疑問を受けてマリカがゆっくりとうなずく。

 魔王城の城内の構造は、実は一定ではない。魔王が代替わりするたびに建て替えられ、内部の構造が組み替えられるのだ。魔王といえども色んな種類の魔物がそうなるわけで、新しい魔王の好みや嗜好が反映されるように作り変えられるのは、当然のことと言える。

 とはいえ、これだけの大きな、かつ装飾もしっかり施された扉は、他の場所にはなかった。守衛の人数も他の場所以上に多く、ここが玉座の間であることは疑いようがない。

 ロドリゴが手に持ったままの弓を、軽く持ち上げながらマリカに聞く。


付与エンチャントしてから入るかい?」

「いや、今はいい。ロドリゴも他の付与術士エンチャンターも、戦端が開いてから一斉に付与エンチャントを行ってくれ」


 その問いかけにマリカは小さく首を振った。それを聞いたロドリゴも、素直に弓を背中にしまう。他の付与術士エンチャンターも、杖や本を取り出す様子はない。

 これも、対魔王の戦闘に入る際に定められた、人間と魔物の間で取り交わされたルールの一つだ。エレンが小さく肩をすくめながら口を開く。


「『魔王と勇者の戦いの際は、互いに真正面から、正々堂々と互いを迎え撃つべし』ってルール、あるものね」

「ああ。だからヘイスベルトも、こちらに奇襲をかけるようなことはしてこないはずだ……もっとも、してくるような奴ではないだろうが」


 エレンの発言に俺もうなずいた。勇者の側も、魔王の側も、互いが直接にぶつかる際には「付与エンチャントトラップを先んじて仕掛けない」というのが互いの守るべきルールとして定められている。勇者対魔王という、非常に重みのある戦いであるために、先んじて策を弄することは認められないのだ。

 もちろん城内での魔物との戦いの中で、付与エンチャントは既にいくつかかかっている。それはしょうがないとして、魔王との決戦の直前に重ねがけすることは許されない、ということだ。

 いよいよその時がやってくる。冒険者達が改めて気合の入った表情をする中で、マリカがいつになく真剣な表情をして皆の顔を見回した。


「そうであろうな。では、各々覚悟はよいか。いよいよここが、人間と魔物のどちらが勝利するかの正念場だぞ」

「「おぉっ!!」」


 マリカの言葉に、冒険者達から次々に返事や雄叫びが上がる。俺も、エレンも、ロドリゴも各々武器を構え、気合を入れ直しながら声を上げた。


「大丈夫だ」

「準備万端よ!」

「ああ、いつでも行ける。マリカのタイミングで入ってくれ」


 俺達の返事を聞いて、マリカがしっかりとうなずく。そして彼女は、玉座の間へと続く扉に手をかけた。


「分かった……では、行くぞ!」


 その言葉を発してすぐに、マリカが扉の取っ手を握る手に力を込めた。バン、と大きな音を立てて開かれる玉座の間の扉。扉のもう片方をパトリツィオが担当し、両開きの扉が一気に開かれると共に、冒険者総勢39名がなだれ込んだ。

 広々とした部屋の中、垂れ幕と旗が何枚か飾られているだけの簡素な玉座。その玉座の間の絨毯じゅうたんが敷かれた床に、椅子を使うことなく腰を下ろしているのは、青い鱗で全身を包んだ一頭の巨大なドラゴンだった。

 巨大な竜は俺達の姿を認めると、その銀色の大きな瞳をぎょろりと動かしながら口を開く。それとともに、額に埋め込まれた深い紫色の魔石がちらりと輝いた。


「来たか、冒険者ども」


 流暢な人間語を話して俺達に声をかけてくるこの竜こそ、当代の魔王、『頑健王』ヘイスベルト・ファン・エーステレンだ。額に埋め込まれている、一等深い色をした魔石からも、それが分かる。

 ここからは、勇者と魔王の間で行われる前口上のぶつけ合いだ。マリカが一歩前に進み出て、大斧の頭を石床に押し付けながら口を開く。


「頑健王ヘイスベルト。今こそ、貴様の暴虐ぼうぎゃくに終止符を打つべく、ヤコビニ王国がいただく『朱斧の勇者』マリカ・ベルルーティがここに至った」


 女性にしては比較的低めのマリカの声が、玉座の間に響き渡る。その間、ヘイスベルトも他の冒険者も一歩も動かない。

 この前口上のぶつけ合いも、勇者対魔王の決戦において定められたルールの一つだ。この口上を述べている間は戦闘行為は禁じられている。こうして言葉を互いにぶつけ合うことで、この後の戦闘にも気合が入るというものだ。

 マリカの口上はまだ終わらない。彼女は胸に拳を当てながら言葉を続ける。


「貴様は魔王たる称号、ファン・エーステレンをいただくにはあまりにも独善的だ。あまりにも独りよがりだ。貴様の存在は、人間にとってだけではない、魔物にとってもいいものではない」


 マリカの発した言葉を聞いて、ヘイスベルトがわずかに目を細めた。こうして言葉をぶつけられて、彼としても何かしら感じることはあるのだろう。

 ここでマリカが斧を持ち上げ、その刃をヘイスベルトへ向けながら、力強く宣言した。


「貴様が如何に強靭な鱗を持っていようと、我々の刃が貴様のそれを打ち砕く! 貴様の命運もここまでだ!」


 マリカの口上に、俺達冒険者も声を上げて、武器を上げて応える。その玉座の間を震わせるほどの大声を聞いて、ヘイスベルトがばさりと背の翼を動かした。


「ふん」


 そうしながら鼻を鳴らし、声を漏らすヘイスベルト。それを聞いた冒険者達が、一斉に声を抑える。ここからはヘイスベルトの口上だ。

 絨毯からゆっくりと立ち上がりながら、ヘイスベルトが口を開く。


「人間風情に我が鱗を砕けると思うてか。笑止千万しょうしせんばん……と言ってやりたいところだが」


 口上が始まり、マリカが表情を固くする。が、ヘイスベルトの視線は早速、マリカから外れた。

 わずかに顔を動かしたヘイスベルトが見つめるのは、俺だ。


「魔物の間でも知られた名があるな。『黄金魔獣』ディーデリック・ノールデルメール。ノールデルメールをいただくおのれが、そちら側に立って我の前に立ち塞がるとは、どんな心変わりだ?」


 ヘイスベルトが明確に声をかけてきたのは、俺、というよりもディーデリックだった。まさか勇者マリカを差し置いてこっちに声がかかってくるとは思わず、目を見開く俺。俺の隣りにいるエレンもロドリゴも、驚きながらこっちを見ている。

 冒険者達の注目が集まる中、ディーデリックの黄金の瞳が一層強く輝いた。


「魔王の位に座すようになって、年長者に対する敬意すら忘れたか、ヘイスベルト・ボーン。いや、今はヘイスベルト・ファン・エーステレンであるか」


 マリカの隣に歩み出しながら、ディーデリックがヘイスベルトに話しかける。年長者、と言い出すあたり、やはりディーデリックよりヘイスベルトは年若い魔物なのだろう。過去の称号も持ち出すあたり、そうした関係性がうかがえる。

 だが、今はディーデリックは俺の装備品であり、ヘイスベルトは魔王である。そうある以上、過去の関係性や所業は意味のないことだ。ディーデリックが俺の胸に手を当てながら続ける。


「吾輩は魔物である前に装備品である。これまでは魔物として人間共を喰らってきたが、たまには装備品としての矜持きょうじを重んじるのもよかろうと思っただけのことよ。その持ち主が貴様に相対あいたいすることを決めた、それだけだ」


 ディーデリックの発言に、隣に立つマリカが目を見開いたのが見えた。

 とはいえ、そうだろう。『黄金魔獣』ディーデリック・ノールデルメールの名前は、長きに渡って人間の脅威として人間の間に伝えられてきた。その魔物が、人間の味方をして魔王の前に立つなど、後世の歴史家が見たら絶対に驚くだろう。

 確かに俺は幸運と、ディーデリックの気まぐれによって命を助けられ、力を貸してもらった。その結果が、今だ。この結果を、ディーデリックの心に決めたことを、無駄にすることは出来ない。

 するとヘイスベルトが、明らかに不満げに鼻を鳴らした。


「酔狂にも程がある。人間などという脆弱ぜいじゃくな生き物に力を貸して、何の得がある」


 ヘイスベルトの明らかにバカにしたような言葉に、ディーデリックがわずかに瞳を輝かせる。その色は、先程までの黄金色よりも、若干暗い。


「今に分かろうよ」


 短く告げると、ディーデリックの瞳の光が消えた。話すことは十分話した、ということなのだろう。ヘイスベルトの方も、言葉を重ねてくる様子はない。頃合いだ。


「マリカ。もう行けるか」

「前口上は互いに充分だよね」


 俺とロドリゴが声をかけると、マリカもこくりとうなずいた。

 前口上の段階は終わりだ。ここからは、いよいよ武器と武器、魔法と魔法をぶつけ合わせての戦闘だ。


「ああ、もういいだろう。貴君ら、構えろ!」


 マリカの号令に、彼女と俺の後ろにいた冒険者達が一斉に武器を構え、魔法を構える。既に魔法の詠唱を始めているものもいた。いよいよだ。

 ヘイスベルトも既に戦闘態勢を整えている。こちらを真っ直ぐに見据え、その大きな翼をばさりと広げた。


「いいだろう……おのれらの全てを、このヘイスベルト・ファン・エーステレンが防ぎ、はじき、打ち砕いてくれる!」


 互いに気合は十分、準備も万端。とうとう、互いの命を懸けての、人間と魔物のどちらが勝利者となるかの戦いが始まるのだ。


「来いっ!!」

「いくぞっ!!」


 短く、言葉が交わされると同時に。マリカの足が、乾いた音を立てて玉座の間の石床を蹴った。


「「おぉぉぉぉぉーーーっ!!」」


 裂帛の気合が発せられる。ここに、戦端は開かれた。

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