第24話 魔王城

 その日の夜のこと。暗くなってなお濃い紫色をした空が頭上に広がる中、ドーン、という大きくも軽い音が耳に聞こえてきた。


「むっ」

「あっ、あれ」


 音に気が付いて俺が顔を上げると、より敏感にそれを感じ取っていたのだろう、エレンがまっすぐに音のした方を見上げて指をさしていた。

 魔王城の方角だ。城の手前にたなびく煙、色は。事前に討伐隊で打ち合わせていた信号弾だ。青色は、安全確保の合図。


「青色の信号弾よ!」

「掃討完了だ、出れるぞ!」


 すぐに全員が立ち上がった。あの信号弾が上がった、ということは魔王城に突入できる状況が整ったという、第一隊からの明確な報告だ。この機を逃すわけにはいかない。

 マリカも愛用の大斧を背負いながら、前線基地を飛び出しつつ声を上げる。


「第二隊、すぐに出るぞ!! 遅れた者は置いていくからぐずぐずするな!!」

「「おぉっ!!」」


 彼女の言葉に、第二隊に所属する冒険者達がすぐさま立ち上がって後を追いかけた。仲間を大事にして、規律を重んじるマリカがあそこまで言うのだから、時間を無駄にするわけにいかないのは火を見るよりも明らかだ。俺達ものんびりとしてはいられない。


「いよいよだな」

「ああ、行くぞ」

「一発かましてやろうじゃないか」

「ええ、決戦よ」


 まず声を上げたディーデリックにうなずいて、俺も、ロドリゴも、エレンも前線基地を飛び出そうと地面を蹴る。

 と。


「ライモンド!」

「ん?」


 後方から声をかけてきたのはイザベッラだった。なにも、こんな時にと一瞬思うが、彼女は俺の妹だ。そして俺は、これから死地に乗り込んでいくわけである。声をかけたい気持ちも、分からなくはない。

 ただ、それはそれとしてタイミングが最悪だ。エレンもロドリゴも見るからに眉間にシワを寄せている。


「なに、イザベッラ。文句なら聞いてやれないわよ」

「これから魔王討伐に向かうんだ。邪魔するつもりじゃないだろうね」


 普段は飄々としたロドリゴの言葉にも、わずかに棘があった。その物言いに、すぐさまイザベッラが言い返す。


「そんなわけないわよ! ただ――」


 言い返してきながらも、彼女は一瞬口ごもった。言葉を選ぶように一瞬だけ視線を彷徨わせると、俺に指を突き付けながら言ってくる。


「無事に、ちゃんと帰って来なさいよ!! 帰ってこなかったらぶん殴ってやるんだから!!」


 その言葉は、きっとじっくり考えたものではないんだろう。その場で、勢いで吐き出したに違いない。

 だがだからこそ、その言葉は真っすぐ俺に突き刺さった。顔を覆う着ぐるみの下で笑みを浮かべつつ、トンと自分の胸を叩く。


「上等」


 短く言って、俺は前を向いて一直線に駆け出した。このやり取りでだいぶマリカや他のメンバーに置いて行かれている。全速力で駆けていかねば置いてけぼりだ。


「帰ってこなかった相手をどうぶん殴ろうというのだ、あの小娘は」

「言ってやるな。俺も墓石をぶん殴られるのは収まりが悪い」


 足を止めない俺と一緒に走りつつ、俺の移動速度を支援しながらディーデリックがぼやいた。確かに、俺が帰ってこなかったとして、殴る相手はどこにいるというのか。霊体を殴るなんて芸当、彼女には出来っこないだろうし。

 すると、両手両足で地面を掴みながら猛スピードで走るエレンがくすりと笑った。


「ま、発破をかける言葉としては充分でしょ」

「言えてる。イザベッラ・コルリも自身の兄を、何も言わずに送り出すのは忍びなかったろう」


 ロドリゴも弓に手をかけながら、置いて行かれないように走る。しかし軽口を叩く程度に、余裕はあるようだ。

 既に魔王城の正面扉は開け放たれている。中に飛び込むと、そこには駆けつけてきた獣人型の魔物がたくさんいた。


「人間共メ!」

「ついに城の中に踏み込んできたナ、後悔させてヤル!」


 いびつな声色で人間語を喋りつつ、彼らは各々の武器を向けてくる。剣、槍、斧にメイス。こういう武器を人間同様に、高いレベルで使いこなすので獣人型の魔物は怖い。

 マリカも大斧を背から抜きつつ、周囲の冒険者達に声を飛ばした。


「早速来たぞ、総員作戦通りに動け!」

「「おぉーっ!!」」


 その発破をかける声に、第二隊の冒険者総勢38名が一斉に武器を抜き、雄たけびを上げた。もちろん、俺もエレンもロドリゴもだ。

 早速敵味方入り乱れての戦闘が始まる中、ロドリゴが後方に下がっていきつつ俺達に微笑む。


「じゃ、僕は後方から援護を飛ばすから。頑張ろう、三人とも・・・・

「えっ?」

「ん……ああ」


 ロドリゴが発した言葉を聞いたエレンが、明らかにきょとんとした。俺も一瞬まごついたが、すぐに意味を理解して戦闘に入る。

 三人と言ったか。俺とエレンだけで考えれば二人だが、ここにはディーデリックもいる。彼も含めれば、確かに三人だ。

 黄金の瞳を柔らかく光らせながら、ディーデリックが楽しそうに笑う。


「ふっふ、弓師め、吾輩も頭数に数えての声掛けか」

「あ、そういうこと?」

「まあ、ディーデリックもすっかり仲間だもんな、俺達の」


 その言葉にようやく得心が行ったらしいエレンに、小さく肩をすくめながら俺は返した。

 確かに、自分で言うのもなんだがすっかり仲間として扱っている風はある。彼の力があってこそ俺はこうして、今の実力を得て戦っているし、エレンとロドリゴにも出会えた。加えてディーデリック自身が、結構俺達とコミュニケーションを取ってくる。

 俺の「仲間」という言葉を聞いてか、ディーデリックはふんと鼻息を漏らした。


「一介の装備品に過ぎない吾輩を仲間、か。これだから人間は度し難く、理解しようがない」


 いかにも文句があるという感じで、ディーデリックは吐き捨てた。だがその瞳には、未だ柔らかな光が灯っている。本心でないことなどもう、俺にだって分かる。

 果たして、一層声色を緩めながら彼は言った。


「だが、悪くない・・・・


 その発言に、ついつい俺もエレンも頬が緩む。

 なんだかんだと、ディーデリック自身も仲間意識は持っていたわけだ。俺の装備品だから、装備品の矜恃として、だなんて言いつつも、すっかり立場はこちら側なわけである。『黄金魔獣』の称号が形無しだ。


「完全にほだされやがって」

「いいじゃない、いくらか前まで人間と魔物は友達だったんだから」


 俺が皮肉ると、エレンもくすくす笑いながら言葉をかけてきた。戦闘中だというのに、我ながらのんきなものである。

 そうこうする間にも戦闘は続き、後衛からは回復と付与エンチャントが飛んでくる。ロドリゴはその間にずっと弓を引いていたようで、先程からもの凄いバフが俺達に乗っていた。


「ライモンド、エレン! 喋ってる暇があったら戦ってくれよ! 僕の付与エンチャントだって無限じゃないんだ!」

「おっと」


 そりゃあ彼だって文句の一つも言いたくなるに決まっている。俺達だって、せっかく力を発揮する舞台に上ったのに、仕事をさぼっていてはよくない。

 握った大剣の柄に力を籠める。俺の持つ剣の刃が、淡い光を帯びた。目の前の獣人達を斬り捨てて、なお余りある威力だと実感できる。


「さあ戦士、見せてやれ! 貴様の力、その全てを!」

「言われなくても! おぉぉぉ――」


 ディーデリックに背中を押されながら、俺は一気に飛び出した。冒険者達の頭上を一息に飛び越えて、廊下の天井すれすれから一気に刃を振り下ろす。


「らっ!!」


 気合の声と共に振り下ろされた刃は、ちょうど最前線にいたイノシシの獣人を、文字通り脳天から真っ二つに切り裂いた。肉体だけではない、身につけていた金属製の重厚な鎧も、構えられていた大楯すらも、すべてだ。

 刃はそのまま廊下の石材を砕き、俺の大剣は床にめりこむようにして止まった。石材に入ったヒビは廊下の壁にまで達している。その威力は、押して知るべしだろう。


「ナ、なんダッ!?」

「ありえン、強すぎるゾ!?」


 獣人達もにわかに慌て始めた。当然だ、こんな威力の一撃を、人間が出せるはずがない。俺のステータスを人間と見ていいのかは、はなはだ疑問だけれど。

 目が覚めるような俺の一撃に、後方でエレンが口笛を吹いた。


「やるぅ」

「さすがは『黄金魔獣の友』。目を見張る活躍ぶりだ」


 最前線で戦っていたマリカも、俺の一撃に感心していた。斧を使う彼女だって、勇者の中では指折りの攻撃力を持つと有名だが、たったの一撃で彼女がそう言うのだから、どれ程の威力かとすぐに分かるだろう。

 魔物達は明らかに怖気づいておののいている。これはチャンスと、前に飛び出したのはエレンだった。


「じゃ、あたしも仕事しなくちゃ! ワワワワンッ!」

「グワ――!?」


 矢継ぎ早に発せられた吠え声。その声が弾丸となって、魔物達の身体を貫いた。しかも一発二発ではない、何十、何百という数の見えない弾丸が、嵐のように襲い掛かる。

 その猛攻に次々と魔物達が倒れ、城の廊下を血で染めた。あっけないほどの戦況の変化に、いよいよマリカがため息を吐く。


「やれやれ、これは私の出る幕が無いな」

「『ガッビアーノ』……すごいな……」

「さすがは、第二隊の最大戦力・・・・・・・・ってことか……」


 他の冒険者達も、ぽかんとしながら俺とエレンの活躍を見ていた。後方では後方で、ロドリゴが距離の遠近など一切関係なく、激烈な付与エンチャントと回復をばらまいているわけで、こちらもこちらでとんでもない。

 「第二隊の最大戦力」なんて言われているとは思っていなかったが、まぁ、否定する気は無いわけで。


「よし、このまま玉座の間まで道を拓くぞ!」

「おぉーっ!」

「うむ、やってやろう!」


 気合を入れながら、俺は先に進むべく声を上げる。エレンと共にディーデリックも気合の入った声を返してくる中、俺は魔物の死体を飛び越えて廊下を走り出した。

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