第23話 魔王城への道筋

 魔王城前にキャンプは設営できたし、第二隊の俺達も問題なく到着して、城への突入に向けて体調を整えているが、その間も第一隊は戦っている。

 今もキャンプ周辺の魔物の掃討に出ていた「噛みつく炎モルデレフィアンマ」が戻ってきて、マリカに状況を報告していた。


「『噛みつく炎モルデレフィアンマ』、周辺の掃討を終えて戻ったわ」

「ふむ、どうだ」


 イザベッラへとマリカが先を促すと、イザベッラはがしがしと頭をかきながらため息を吐いた。


「だいぶ数は減らせたと思うけれど……魔王城の中から次々魔物が出てきているわ。そう簡単に突入状況は整えられなさそうね」


 曰く、魔王城から出てきて冒険者に打って出ている魔物の数がかなり多く、倒しても倒しても次から次から補充されるので、なかなか第二隊の突入まで持っていけないのだそうだ。

 別に「噛みつく炎モルデレフィアンマ」や、他のパーティーが弱いわけではない。明らかに、向こうの戦力が尋常ではないのだ。マリカが腕を組みながら問いかける。


「他のパーティーの動きは?」

「『泳ぐ猛犬カーネヌオターレ』と『爆ぜる花フィオーレエスプローデ』が魔王城の前に留まって戦っているわ。もう二パーティーほど回せれば、攻め込むチャンスも生まれると思う」


 マリカの問いかけにイザベッラが、姿勢を正しながら答える。確かに彼らの言う通り、4パーティーで押し返せれば城の前はクリアに出来るだろう。「泳ぐ猛犬カーネヌオターレ」と「爆ぜる花フィオーレエスプローデ」も当然弱い連中ではない。そうすれば、第二隊の突入も整えられるはずだ。

 ただし、ため息交じりに彼らを見るマリカの言葉は冷たい。


「貴君らに、その役目を担ってもらえれば、と期待していたのだがな」

「う……」

「くっ……」


 期待外れだ、と言わんばかりの勇者の言葉に、イザベッラもエジェオも言葉に詰まる。彼らもマリカの期待に応えるべく、魔王城前の魔物を綺麗に片づけて戻ってきたかったのはあるだろうが、現実は非情だ。

 うつむく彼らに、マリカがこくりとうなずいて言葉をかける。


「だが、よく働いた。『光の守り手カストーデルーチェ』と『豪雪フォルテネビカータ』を魔王城前に回す。道が開き次第、第二隊が突入だ。貴君らは前線基地の防衛に当たれ」

「は、はいっ!」

「ありがとうございます!」


 気合を入れるマリカの言葉に、4人が改めて背筋を伸ばし、居住まいを正して応えた。「光の守り手カストーデルーチェ」はレベルの高い5人パーティーだし、「豪雪フォルテネビカータ」は第二隊入りもあり得た実力の高い集団だ。彼らが集うなら、きっと仕事を成し遂げるだろう。

 一旦の休憩に入る「噛みつく炎モルデレフィアンマ」の4人に、俺とエレンは声をかけに行く。


「お疲れさん」

「全員生きて戻ってきたのね、よかったわ」


 俺達二人の言葉を聞いて、あからさまにイザベッラがムッとした表情をした。眉間にシワを寄せながら、すんと鼻を鳴らしつつ言う。


「『ガッビアーノ』、嫌味のつもり?」

「君達はいいよな、魔王城に突入するまでは仕事をしないでいいんだから」


 ステファノも憎まれ口を叩きながら俺達をにらみつけるが、しかし俺達は動じない。エレンが腕を組みながら口角を持ち上げた。


「あら、ご挨拶ね。あなた達だってあたし達が魔王城に突入したら、周辺で湧き出す魔物の相手をしてさえいればいいんだから、仕事は少なくて済むんじゃない?」

「確かにここは魔力が濃い。魔物も大量に湧くだろう。だが、自然発生する魔物など、訓練されて統率の取れた動きをする魔王軍の足元にも及ばない」


 エレンの言葉にうなずきながら、ロドリゴも口角を持ち上げて言う。

 二人の言う通りだ。今でこそ第一隊の面々には城から出てきてこちらを中に入れまいと働く魔王軍の魔物を相手してもらっているが、第二隊である俺達が城に突入したら、向こうの標的はこちらに移る。結果、第一隊の残る仕事はこの前線基地の維持のみになるわけだ。

 魔王領を巡回する魔王軍の魔物達は、あらかた倒されたか城に戻っている現状、領内をうろつくのは自然発生した魔物だけだ。そんな連中、第一隊の冒険者なら片手間で倒せる。

 ロドリゴが念を押すように、一歩前に踏み出しながら「噛みつく炎モルデレフィアンマ」の4人に言った。


「他ならぬ勇者マリカがそう言った手前で、君達にそれを否定する力はあるのかい? 『噛みつく炎モルデレフィアンマ』」

「く……」


 彼の言葉に、視線を逸らしながらうめく4人。最近加入したばかりのカミロには少々申し訳なく思うところもあるが、連帯責任とはそういうものだ。

 俺も小さくため息をつきながら、4人に視線を向けつつ口を開く。


「イザベッラ、ステファノ、エジェオ、それからカミロ」


 俺の言葉に、ますます視線を逸らす4人だ。そうなるのも分かる、絶対に彼らも居心地が悪いだろうし、この後俺が投げかける言葉がどんなものかも予想は出来るだろうから。

 その予想が裏切られないことを願いつつ、俺は率直にぶつけた。


「いい加減に認めたらどうだ。お前達は魔王軍の魔物を・・・・・・・相手取るには力不足だ・・・・・・・・・・と」

「……!」


 俺の切り込むような発言に、小さく息を呑んだのはイザベッラだったか。

 だが、真実だ。彼らは魔王軍の強力な魔物達を相手取るには足りない・・・・。経験も、実力もだ。

 第一隊に配属されるというのはそういうことだ。ランクやレベルは十分だが、魔王軍の魔物達に立ち向かうには、何かが足りない。だからこそ露払いに徹するのだ。

 俺の言葉に、ロドリゴが眉を持ち上げながら言葉をかけてくる。


「ハッキリ言うねぇ、ライモンド」

「いいのよ、ハッキリ言ってやった方が彼女たちのためにもなるんだから。他ならぬライモンド・コルリの口からね」


 エレンも口を開くが、俺を止めるつもりはないようだ。有り難いと思いながら、俺はさらに言葉をかける。


「これから俺達は魔王城に突入し、山のような魔王軍の魔物と戦うんだ。城の中・・・という逃げ場のない空間でな。そこから漏れだしてきた魔物を押し留めるので精一杯では、この先の戦闘にはついていけるはずもないだろう」


 俺の言葉に、彼らは視線を逸らすを通り越してうつむき始めた。

 そう、今でこそ城の外、遮る物のないだだっ広い荒野で戦っているからまだいいのだ。これが魔王城に突入したら、城の中という遮る物が多く、見通しの利かない場所で戦うことになる。

 第二隊に配属されている冒険者は、ただ強いというだけではない。そういう戦いにくい・・・・・環境でも、問題なく戦えることを見込まれて、そこに属しているのだ。洞窟の中、遺跡の中、街の中など、狭い通路が続くような場所で問題なく戦えるかどうか、魔王城攻略にはそこが重要だ。


「分かっていたんじゃないのか、お前達も。第一隊に配属になったということの意味を」


 きっぱりと、俺がそう締めくくると、ますます4人はうつむき、遂にはうなだれた。もう反論する気力もないらしい。


「……」


 ただただ、下を向いて静かにしている4人。さすがに言い過ぎただろうか、と俺が思ったところで、こちらにやってくる人物がいる。勇者マリカである。どうやらこちらの話を、先程から聞いていたらしい。


「あまり苛めてやるな、『黄金魔獣の友』ライモンド」

「マリカ……」


 彼女が会話に入ってくることで、なんだか一気に気まずい感じになった。すごく、やりすぎてしまった感が否めなくなる。


「その、すまない。言い過ぎた」


 4人に謝りつつ、マリカにも頭を下げると、俺の肩をマリカが叩いて軽く首を振った。


「いや、貴君が謝ることではない。誰もが謝るべきではないことだ」


 そう言いながら、しかしマリカの表情は固い。俺の肩に手を置いたままで、マリカはイザベッラに、「噛みつく炎モルデレフィアンマ」の4人に顔を向ける。


「だが、『噛みつく炎モルデレフィアンマ』。貴君らの仕事は先にも説明したと思うが、魔王領への道を拓くことと前線基地の維持だ。先に『業火の爪』ルーロフとの戦闘において敗走した貴君らのことだ、この討伐で功を上げようとしたのだろうが……」


 マリカの口調は、ことさらに厳しい。俺の肩から手を離し、ゆっくりと4人に歩み寄りながら言葉を重ねていくマリカを見ながら、「噛みつく炎モルデレフィアンマ」の4人は完全に身体を強張らせていた。

 完全に、上司が部下を詰める構図である。


「生き急ぐな。そしてそれは、先走るな・・・・ということでもある」

「ひっ……」


 トドメとばかりにぶつけられた、底冷えするかのような言葉に、4人が小さく悲鳴をあげる。

 気持ちは分かる。そばで聞いていた俺達ですら、背筋がぞくっとしたものだ。


「こわっ……」

「さすがは『朱斧あかおのの勇者』、ヤコビニ王国近衛騎士団筆頭の力は伊達じゃないな」

「やっぱり、騎士の人っておっかないわよね。威厳たっぷりだわ」


 勇者たるもの、集団を統率できる人物であれ、という言葉を冒険者ギルドで聞いたことがあるが、それをまざまざと見せつけられる形になった。

 そのままスタスタと俺達のそばを離れていくマリカを見送り、未だ小さく震えながら逃げるように去っていく「噛みつく炎モルデレフィアンマ」の4人を見送り、俺達は深く息を吐くのだった。

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