第27話 魔王の秘策

 「かい」。

 耳慣れない単語を発したエレンに冒険者の視線が集中する。とはいえ、戦闘を中断する訳にはいかない以上、ヘイスベルトと刃を交える冒険者は何人もいた。

 しかし「界」なる先程の黒い光に触れるわけにはいかないため、飛んでいく攻撃はどこか腰が引けていた。戦況が膠着こうちゃくしつつある中で、ブリジッタが我先にと口を開いた。


「『界』?」

「エレン、何それ」


 次いで問いかけたカルメンも、目を見開きつつ首を傾げた。

 ちらと周囲に視線を向けると、マンフレットがパトリツィオと顔を見合わせていた。彼らはおそらく、それが何であるかを知っているのだろう。しかし説明は、二人ともエレンに任せる腹づもりらしい。

 果たして、マンフレットと視線を交わして頷いたエレンが口を開いた。


「ファン・エーステレンから聞いたことがあるわ。魔王や後虎院ごこいんには『創界者そうかいしゃ』ってスキルがあって、自分だけの世界……『界』を創ることが出来るんだって」

「えぇっ」


 エレンの説明に、それの実態を知らなかった冒険者達が声を上げた。もちろん、俺も驚きに目を見張る。

 世界を創るとは、相当なレベルを要求されるスキルだ。さすがは魔王、あるいはその直属の幹部と言えるだろうが、そこまでのことを為せるとは恐ろしいというほかない。

 噂で耳にしたことだが、魔王と後虎院の面々は任命の時に儀式を行い、その際に「創界者」のスキルが授けられるため、後からの補充が効かないという。だから後虎院の魔物は真っ先に冒険者に命を狙われるのに、後から後から補充されていく魔王軍の兵士と同じように追加で任命、とはいかないのだろう。


「世界……」

「それで……それが、ヘイスベルトの防御力の高さと、どう関係するんだい?」


 俺が呆気にとられたままで言葉を漏らすと、ロドリゴが俺の方に顔を向けながら声をかけてきた。もちろん、俺に対してではなくディーデリックに対しての問いかけだ。

 エレンから視線が外され、俺へと冒険者達の視線が向く。そんな中で、ディーデリックは重々しい口調で話しだした。


「ヘイスベルトはボーンであった頃から、その鱗の硬さと魔法への耐性には定評があったが、『界』を創ることを身に着けてからそれが飛躍的に高まった、と聞く。何人たりとも触れることをすら許さないほどに、な」


 いわく、ヘイスベルトが魔王となる以前から、ヘイスベルトの防御力の高さは並々ならぬものだったということだ。それが魔王になってから、余計に高まったとディーデリックは話す。

 人間よりレベルが上がりやすい魔物と言えど、ステータスの上昇具合にはある程度の制限が存在する。既にかなりの力を持つ魔物が、力をつけてレベルを上げたとして、そのステータスがぐんぐんと数値を伸ばしていくかと言ったら、そうではないのだ。

 つまり、ヘイスベルトのその防御力が頭打ちにならず、飛躍的に伸びたのには、カラクリがあるのだ。

 冒険者一同が視線を交わし合う中、ディーデリックはきっぱりと言った。


「つまりあやつは、『界』をおのれを守ること、あるいは防ぐことに特化・・させたのだ」


 彼の発言に、ますます冒険者達がお互いに顔を見合わせる。「界」を創るとして、それを「自分の守りに特化させた」とは。


「守ることに特化させた……?」

「どういうこと、ノールデルメール」


 マンフレットとエレンが一歩前に踏み出しながらディーデリックに問いかける。ギュードリン自治区の魔物である彼らからしても、ヘイスベルトの「界」の使い方は特殊らしい。


「ふむ、そうだな」


 ディーデリックは少し考えると、さっと周囲に視線を向けつつ目を光らせながら、冒険者達に問いかけた。


「貴様ら。もし自分が結界を張れたとして、その結界をどのように張る」


 その問いかけは、どちらかというと魔法使いソーサラー付与術士エンチャンターに対して向けられたもののように思う。

 魔法系のスキルの中には、「結界魔法」というものが存在する。文字通り、結界を張る魔法を扱うためのスキルだ。魔法使いソーサラーの中でもこの魔法に習熟している者は多くないが、熟達すれば一度の魔法で多人数を護ることが出来るため、大規模戦闘レイドの参加者に使い手が一人いると、非常に戦闘が有利になる魔法だ。

 マンフレットとロドリゴ、カルメンが互いに顔を見合わせて口を開く。


「結界魔法で、ってことかい? そりゃあ……」

「自分の身体を囲むように、張るわよね」

「第二位階の防護殻シェルターが、そんな感じだ。基本的な考え方はそうなるはず……」


 ロドリゴ、カルメン、マンフレットが互いに頷きながら話す中、ずっと考え込む姿勢を取っていたマリカが、はっと顔を上げて声を上げた。


「む……待て、『黄金魔獣』。まさかやつは」

「察しがついたか、勇者」


 マリカの言葉に、ディーデリックがキラリと黄金の瞳に光を灯す。そして彼は、なかなかに信じ難いことを口から吐き出した。


「あやつは自身の周囲に『界』をまとっている・・・・・・のだ。物質を遮断し、消滅させる『界』を……加えて、魔法を遮断する『界』もあろうな」


 その言葉に、冒険者達が一斉にざわついた。

 「界」を、身にまとう。それはつまり、俺達とあいつの間に、別の世界という極厚の結界が一枚挟まっているようなものだ。

 おまけに、彼は今なんと言ったか。


「遮断し――」

「消滅させる!?」


 声を上げたのはマリカとパトリツィオだった。二人の声色にも絶望の色が見える。

 それはそうだろう、魔法を遮断する結界というだけでも驚異的なのに、それに加えて物質を遮断するどころか消滅させる結界まであるだなんて、手詰まりもいいところである。

 エレンも信じられないと言いたげに、尻尾をしゅんと垂らしながら言った。


「そんな」

「それじゃあ、攻撃は一切合切、効果がないってことかい?」

「落ち着け、弓師」


 顎が外れんばかりに口を開けて問いかけてくるロドリゴ。彼に向かってゆるゆると首を振りながら、ディーデリックは口を開いた。


「あやつとて、常に消滅の『界』をまとっているわけにはいかん。呼吸すら覚束おぼつかなくなるからな。恐らくあやつは近接攻撃の際……それも易易と防げない攻撃にのみ、その『界』を張っていよう」


 ディーデリックの言葉に、冒険者達も小さく頷いた。

 ルフィーノの攻撃の際に身にまとっていた「黒い光」が消滅の「界」だとすれば、この戦闘中にそれをまとっていたのは一度しかなかったはずだ。ヘイスベルトとしても、その「界」を使わざるを得ない状況でなければ使うつもりはないのだろう。

 ゆっくりと足を踏み出しながら、ディーデリックが言い含めるように話す。


「魔法で攻めるとして、弓師の魔法のように穿つ形では貫けぬ。小犬のように広範囲で浴びせても効果は薄かろう。妖精竜の魔法でも同様だ」


 ディーデリックの言葉に、魔法を使う面々が小さく下を向いた。

 ヘイスベルトは大抵の攻撃は自慢の鱗と素のDEF防御力で防げばいい。魔法については素のDEF防御力に加えて魔法遮断の「界」でどうにかすればいい。よほど強力な魔法で攻めるとして、位階の高い魔法を使うにはMP魔法力も必要だし詠唱の時間も要るから、それを使わせなければ問題はない。

 まさに盤石というわけだ。高い攻撃力を持っていなくても、魔王として君臨するには十分と言える。


「確かに……生半可な攻撃は通らない、強力な物理攻撃は消滅の『界』に消される。矢で射るとしても同様だろう。しかし魔法を遮断する『界』を常にまとっているなら、攻撃の手段がないのでは?」


 マリカが確認するように、憮然として問いかけると、足を止めて振り返ったディーデリックがきっぱりと口を開いた。


「通常ならな。だからこそ残る手段は一つ。攻撃魔法を・・・・・近接武器に乗せ・・・・・・・引き裂くように放つ・・・・・・・・・のだ」

「えぇっ」


 ディーデリックの発言に、今度こそ驚愕の声が冒険者の間から上がった。正直、彼の内側で俺自身も声を上げた。

 攻撃魔法を武器に乗せるなど、原理的に不可能だ。付与エンチャントで武器に魔力を付与するのとはわけが違う。武器への魔力付与は魔力をまとった武器で攻撃するから、結局武器での攻撃になるのだが、彼が言うのはつまり武器で攻撃すると見せかけて魔法で攻撃する・・・・・・・ということなのだ。

 そもそもからして、攻撃魔法は武器に乗せるどころか、一箇所にとどめておくことすら難しい。そういうものはトラップの仕事だ。とはいえトラップでは火力不足、有効打を与えるには足りない。

 理屈は通っている。しかし不可能としか言えない。


「嘘だろ、そんなの不可能じゃないか」

「武器に乗せた魔法で引き裂くように? どうすればいいのよ」


 ロドリゴが肩をすくめて両手を上げると同時に、エレンも呆れを含んだ声を発した。マリカも他の面々も、どうすればいいと言う風に顔を見合わせている。

 そんな中で、ディーデリックの瞳が一瞬、悲しげな色を帯びた。


「……」


 僅かな沈黙の後、静かな口調でディーデリックが声を上げる。


「戦士」

「なんだ、やぶから棒に」


 呼びかけるのは、俺だ。まさかここで俺に声がかかるとは思わず、驚きながら俺は返事をする。

 そして僅かな間を置いて、ディーデリックが口を開いた。


「貴様、魔物になる・・・・・覚悟はあるか」

「……なんだと?」


 発せられた言葉に、俺はますます目を見開く。

 魔物になる、とは。真意がつかめないまま、俺はディーデリックの黄金の瞳をただ見つめるのだった。

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