第17話 狼の主を探して

 先に下山した仲間を追いかける形で、カミロ、テレンツィオ、エジディオ、ドナータの四人が下山するのを見送って、俺達は再び洞窟の中に戻ってルーロフの死体周辺で状況を確認していた。

 回収できる素材はあらかた回収したし、他にこの場所に魔物がいる気配もない。安心して話が出来たが、問題はそこではない。


「彼らも下山していったし、これでオッケーだね。どうする?」

「うーん、どうせならハルム殿の様子も見てから帰りましょうよ。放置していくのはさすがに申し訳ないわ」


 ロドリゴがルーロフの死体が転がっていた辺りに目を向けながら言うと、エレンが腕を組みつつ返した。

 確かに、この山の本来の主である『凍牙』のハルムが、無事であるかどうかの確認は必要だ。ルーロフを倒したことの報告もしたい。


「そうだな、どこにいるだろうか……」


 そうつぶやきながら、俺は視線を巡らせた。

 先程も言ったが、この場所に他の魔物がいる気配はない。ハルムがこの洞窟の中にいるなら気配がするだろうが、ここにいる様子はなさそうだ。


「ふむ。アンスガルの息子なら、本来はこうした洞窟内をねぐらとしているだろうが……ここにはおらんな」


 ディーデリックも不思議そうな声色で言葉を継いだ。彼がそう言うということは、この洞窟にハルムはいないと言うことだ。この山頂近辺に洞窟があるならそちらにいる可能性もあるが、先程冒険者達を見送ったついでに覗いてきた。そこにいなかったから、またここに戻ってきたのだ。


「洞窟って、この近辺にいくつかあったよな?」

「あったけど……でも、さっき軽く見て回ってきたじゃない」

「じゃあ、どこにいるって言うんだい?」


 俺とエレンが顔を見合わせながら首を傾げ、ロドリゴが両腕を広げて肩をすくめると、ふと洞窟の入り口から吠え声が聞こえた。


「冒険者!」

「えっ?」


 吠え声とともに洞窟の中に駆け込んできたのは、一頭の氷狼アイスウルフだった。先程魔獣語で呼びかけてきたのはこの個体らしい。


氷狼アイスウルフ?」

「何か言いたげだね。エレン、分かるかい?」


 この中で唯一魔獣語スキルを持っていないロドリゴが、首を傾げながらエレンに声をかける。うなずいたエレンが氷狼アイスウルフのそばに寄って話を聞き始めた。


「ん、えっと……えっ!?」


 と、不意にエレンが大きな声を上げた。何事かと目を見開くと、エレンがゆっくりこちらを振り返りながら言う。


「あの……ハルム殿、今は山を下りて、麓の村にいるんだって……」

「へっ!?」


 その言葉に、ロドリゴが素っ頓狂な声を上げる。

 氷狼アイスウルフの話はつまりこうだ。「ハルムは一頭の氷狼アイスウルフに乗り、子を伴って御山を下りた。今は人間の村で休んでいる」。

 それを俺が説明すると、急にロドリゴが眉間にシワを寄せながら目を閉じつつ言った。


「んん……待てよ。エレン、あの氷狼アイスウルフ討伐の依頼が発行されたのはいつだったかな」


 ロドリゴの言葉に、俺とエレンが顔を見合わせる。

 あの依頼票は、そういえば随分長い間掲示されているようだった。Sランククエストでおまけにフィオーレ山の氷狼アイスウルフ、普通の冒険者なら、まず手に取らないだろう内容だ。

 まぁ、ルーロフ討伐のクエストもSランク、おまけに魔王軍の後虎院直属とあって、依頼票は人気がなかったのだが。

 記憶を引き出しながらエレンが口を開く。


「確か、4日前くらいだったと思うわ」

「4日前か……そういえば、俺達がフィオーレ村に到着した時、村は荒らされてこそいたけど静かだったよな。片付けの村民が出ていたくらいで」


 エレンの言葉に俺も首をひねった。そういえば確かに、フィオーレ村に到着した時は随分と村が静かで、魔物に襲われた村に特有のピリピリした空気がなかった。

 もちろん、村の中は氷狼アイスウルフに荒らされて柵やら倉庫やら壊されていたけれど、村の周辺に彼らがうろついているようなこともなかった。魔物に襲われている村なら、大体周辺に対象がうろついているはずなのに。

 ロドリゴも難しい顔をしながら、俺とエレンに話す。


「もしかしてだけれど、氷狼アイスウルフが村を襲ったことがハルムの耳にも入って、そうする必要が無いように山を下りたんじゃないかな。そうすれば、わざわざ村を襲撃して食料を奪ってくる必要もない」


 その言葉に、俺もエレンも納得してうなずいた。確かに村から奪って山にいるハルムに届けるより、ハルムが村に行って直接村人から受け取った方が、氷狼アイスウルフも無駄に村を荒らす必要がない。そもそもからしてこのフィオーレ山の主であるハルムを、ふもとの村人達が拒絶するはずもないのだ。


「なるほどー。確かにそうだわ、だからあの子達、あんなに落ち着いていたのね」

「それは、氷狼アイスウルフ達も襲い掛かって来ないわけだな……山の頂上にいるのは自分の主人じゃないわけだから」


 話を聞いて、俺もようやくこの山をすいすい登ることが出来たことに納得がいった。実際、山に入ってからというもの、一度も氷狼アイスウルフと戦闘をしなかった。エレンに先んじて話をしてもらうように動いたのもあるが、そもそも連中は俺達に敵意を見せなかったわけで。

 当然だ。連中は自分のすみかを守るために、山頂にいるルーロフを倒してもらおうと冒険者達を待っていたのだから。

 ともあれ、もうこの山頂に留まっている理由はなくなってしまったわけだ。


「どうする?」

「まあ……山を下りるしかないんじゃないか? だって、このままここにいてもしょうがないだろう」

「ちょっと、あたし氷狼アイスウルフ達にハルム殿がどこの村に降りたのか聞いてくるわ」


 顔を見合わせながら俺が言うと、ロドリゴが大きく肩をすくめる。その間にエレンがさっさと走って、洞窟の外にいる氷狼アイスウルフに話を聞きに行った。

 ハルムがどの方角に降りていったのか話を聞いて、その方向に下山した俺達。たどり着いたのはフィオーレ山の西側に位置するイゾラ村だ。下りた時には、すっかり日も傾いていた。


「本当にここにいるのかい?」

「降りていった方角が確かなら、ここで間違いないだろうが……」

「確かよ。ほら、見てあそこ」


 俺とロドリゴが視線をさまよわせると、エレンが一点を見つめながら断言した。視線を向けた先を見ると、宿屋の獣舎に大きな狼が鎮座している。

 氷狼アイスウルフだ。その方向に歩いていきながらエレンが話す。


「……」

氷狼アイスウルフがいるわ。それも宿屋の獣舎に。従魔の契約印はないけれどあそこで大人しくしているってことは、間違いなくハルム殿はあそこの中よ」


 話をしながらまっすぐ宿屋の扉に向かったエレンが、迷いなくその扉を開ける。扉を開くと初老の男性店主が、俺達を出迎えた。


「お邪魔します」

「いらっしゃい……おや」


 店主は俺とエレンの姿を見て、一瞬目を見開いたが、すぐににこやかな笑顔に戻った。やはり場所柄、魔物は見慣れているんだろう。


「冒険者さんか。御山おやまの主様に会いに来たのかな?」

「ええ、そうよ。ここにいるのよね?」


 店主の言葉に、俺の肩に飛び乗ったエレンがうなずく。エレンを見つめた男性店主は、階段を指し示しながら告げた。


「3階、突き当り右側、一番奥の部屋だ。入り口にいる獣人ファーヒューマンに声をかけるといい」

「ありがとう」


 店主に礼を言いながら、エレンが俺の着ぐるみの頭を叩く。促されつつ階段を上る俺達だが、それにしても獣人ファーヒューマンが人間の村の中に普通な感じでいるとは、よその村ではなかなか見ないことだろう。


「さすが地元、獣人ファーヒューマン程度の人化転身でも、村の中に入れるんだねぇ」

「地元民との繋がりが深いと、結構大丈夫なものよ。山とか森とか、そういうところに長く住んでいる魔物は、村の人もよく知っているしね。人化転身出来てないあたしが言うのもなんだけど」


 ロドリゴが感心した様子で言うと、エレンが首元をかきながら返事をした。確かに神獣が近くに住んでいる村だと、その神獣や子供が村に下りてきて住民と仲良くしていることも多い。ヤコビニ王国の南部にあるオルネラ山とオルニの町が、魔狼王ルングマールとその家族が住んでいて、住民と仲良くやっているということで、特に有名だ。

 言われた通りに3階に上がり、右側の廊下へ。一番奥の部屋を見ると、確かに白銀色の毛皮をした狼の獣人ファーヒューマンが椅子に腰掛けている。

 近づくと、その獣人ファーヒューマンが鋭い眼差しで俺達を見た。


「何者ダ」

「冒険者よ。御山の頂上にいる魔王軍の魔物を倒したから、ハルム殿にその報告に来たの」


 いびつな人間語で問いかけてくる獣人ファーヒューマンに、エレンが返事をする。それを聞いた獣人ファーヒューマンは驚いたのだろう、椅子から立ち上がって目を見開いた。


「倒シタト」

「本当よ。ほら見て、あの魔物の魔石」


 相手の言葉にエレンが、アイテムボックスに収納していたルーロフの魔石を取り出して見せる。それをまじまじと見つめた獣人ファーヒューマンが、静かに部屋の扉を開けた。


「入レ。主ハシテオラレル」

「ありがとう」


 獣人ファーヒューマンに礼を述べて、俺達は宿の部屋の中に入る。そこには確かに、頭に白銀の狼の耳を持った、狼人ウルフマンの壮年男性がベッドの中から俺達を見つめていた。

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