第16話 パーティーの力

 大剣を振りかぶり、一気に振り下ろす。戦士ウォリアーのスキル『兜割かぶとわり』を発動させた俺の剣は、ルーロフの背の鱗を砕くだけでは留まらず、振り下ろした先の洞窟の岩盤すらも砕いてみせた。

 冷や汗をかいた様子で跳びのいたルーロフだったが、それでひるむようなら魔王軍の一員などやってはいない。すぐに動き出して俺の視界から消えた。

 どこだ。気配を探る俺に、後方からエレンの声が飛ぶ。


「ライモンド、左!」

「よし!」


 左方。回り込んでいたらしいルーロフに対応するように、俺は大きく一歩を踏み出して体を入れた。出来たスペース、空いた射線。そこにねじ込むようにエレンが一声吠える。


「ワオンッ!」

「く、子犬人コボルト風情が小癪こしゃくなマネを!」


 吠え声が聞こえると同時に、ルーロフがその場でたたらを踏んだ。上あごのど真ん中に魔法を食らったらしく、その部分の鱗にひびが入っている。

 さすがは魔獣語魔法、発動の速さと威力の高さの両立は、人間式の魔法では到底及ばない。


「すごいな、魔獣語魔法」


 俺は小さく口笛を吹きながら、次々に吠えては魔法を炸裂させていくエレンの動きに感嘆していた。

 威力の高い魔法を詠唱するためには、どうしても立ち止まって魔力を練らないといけないのが人間の魔法使いソーサラー。しかしエレンは、一瞬で高位の魔法さえも練り上げてしまう。故に自身が動き回っての魔法攻撃を可能としていた。

 エレンの動きに目を向けていたディーデリックも、感心した様子で話す。


咆哮弾ボイスバレットだ。魔獣語魔法の中でも根源魔法に属する高度な魔法ゆえ、扱えるものは多くない……あの子犬、やはりかなりの使い手か」

「さすが魔法使いソーサラーながら一人でここまでのし上がっただけのことはある、ってことか」


 ディーデリックに同意しながら、俺も小さく息を吐いた。

 咆哮弾ボイスバレットは声に魔力を乗せ、発した声を弾丸として文字通り音の速さでぶつける魔法だ。魔法に属性を乗せるわけでは無く、魔力そのものをぶつける形だから、どんな敵にも効果を及ぼす。当然、並大抵の魔法使いソーサラーで出来ることではない。

 ステータスを見せてもらったところ、エレンは特に根源魔法を得意としているようで、根源魔法のスキルレベルが最高の10まで到達していた。それは、単独で行動していてもどうにか出来るはずだ。

 果たして俺も再び動き出したところで、今度は左方から声が飛んでくる。


「ライモンド、付与エンチャント行くよ!」

「助かる、撃ってくれ!」


 声の主はロドリゴだ。既に弓を引き絞っている。魔法発動の構えだ。

 俺が声を返すと、すぐにロドリゴが弓の弦を離した。


「それっ!」


 彼が声を発すると同時に、微かな風切り音と共に俺めがけて魔法の矢が飛んでくる。俺が動いても、方向を変えて後を追ってくるおまけ機能付きだ。その矢が俺の肩口に突き刺さり、微かな痛みと共に魔法が俺に作用する。

 両腕に力がみなぎるのを感じながら、俺はもう一度『兜割り』を発動させた。


「うぉらっ!」


 一息に振り落とされた俺の大剣が、ルーロフの前脚を強かに斬りつける。その刃は骨まで届き、ガキンと硬い音と共にやつの前脚を叩き切った。


「ぐ、お……!」


 前脚を切り落とされて、さしものルーロフも痛みに悶える。地面に血をまき散らし、切り口から炎を散らしながらのたうち回るルーロフを見ながら、俺は驚きに目を見開いていた。

 火蜥蜴サラマンダードラゴンでこそないものの、曲がりなりにも竜種・・である。その鱗の硬さも骨の硬さも、並みの剣の腕で歯が立つものではない。ましてや『兜割り』で力任せに叩き切れるようなものでは絶対にない。


「すごい……全身から力が溢れ出てくる」

「凄まじい強化具合であるな。吾輩でもここまでの強化は出来ん」


 これだけのことを成し得たのは、明らかにロドリゴの付与エンチャントのおかげだ。第一位階の筋力上昇ストレングスアップ、単純なSTR筋力へのバフだとしても、上昇値がものすごい。

 ようやく片手をついて立ち上がったルーロフが、らんらんと光る目でこちらをにらみつけた。


「おのれ……この『業火の爪』をこうまでも、やすやすと……!」


 その言葉に先程までの力はないが、まだまだやる気は充分だ。俺達も気圧されないよう、言葉尻を強めながら言い返す。


「あたし達がここに来たのが運のツキよ、ルーロフ」

「俺達をただの冒険者パーティーだと侮られては困るな」


 エレンの言葉に同調しながら大剣を構え、ロドリゴも無言で弓を引く。と、視線を落としたルーロフの肩が、微かに震えた。


「ふ、ふ……これで勝ったと思われるのは心外だ……! 後虎院ごこいん直属の力、見せてくれる!!」


 そう言うや、溜め込んでいた力を開放するかのようにルーロフが吠えた。同時に、彼の全身から放たれる強烈な熱波。その熱量は先程までの比ではない。環境遮断が効いていてもなお、全身が炎に焼かれているかのようだ。


「うわ、っぷ」

「凄まじい熱量だね。山頂の雪が全部溶けてしまうんじゃないか?」


 エレンが鼻を抑えながらうめくと同時に、ロドリゴも帽子を押さえながら呆れた様子で言った。

 こんな力を隠し持っていたとは。さすがは魔王軍幹部の直属・・・・・・・・

 熱にうめきながら、ディーデリックが苦々しい声を漏らす。


「後虎院の下につく者か。頑健王も面倒な連中を送り込んできたものよ」

「魔王軍の魔物の中でも強い部類に入るものな……それは、イザベッラ達が敗走するのも仕方がない」


 ただの魔王軍の魔物ならともかくとして、後虎院直属の魔物。現在の魔王軍の中でも上位どころか、魔王に次ぐくらいの実力があるわけだ。それは、並大抵の冒険者では敗走もやむなしだろう。

 だが、ここに立っている俺達は、誰がどう見ても並大抵ではない・・・・・・・


「だけど、俺達ならやれる」

「そうとも。見せてやれ戦士」


 そう、俺の本来の目的は、まだ達成できていないのだ。ここぞとばかりに俺は詠唱文句を唱える。



「人よ、そのかいなで悪に鉄槌てっついを! 筋力上昇ストレングスアップ!」

「なにっ」


 俺がロドリゴにかけてもらったのと同じ、筋力上昇ストレングスアップを自分に唱える。ロドリゴの分の魔法はまだ効果が残っているから、俺のSTR筋力はさらに上昇、全身の筋肉がわずかに盛り上がったのを感じる。きっと、付与の上限値・・・・・・まで達していることだろう。

 だが、これで終えてやるつもりはない。大剣に手を添えながら、続けて魔法を唱える。


「まだまだ! 刃よ、冷気をまといて氷刃ひょうじんと成せ! 氷雪付与エンチャントアイス!」

「な……っ!?」


 続けて俺の唱えた魔法と、俺の大剣が魔法をまとったのを見て、ルーロフが明らかにたじろいだ。それはそうだろう、氷雪付与エンチャントアイスを含む属性付与の魔法は、付与魔法の中でも上位に位置する魔法だ。

 俺の後方で、エレンが勝ち誇ったように声を上げる。


「やるぅ」

「僕のに上乗せしての筋力上昇に、武器への属性付与か。これを自前で出来るのはライモンドの強みだね」


 ロドリゴも弓を下ろしながら、すっかり俺に任せる心算のようだ。気楽なもんだが、この一撃で決めてやるつもりだから問題はない。

 大剣を低く構えながら、俺はまっすぐにルーロフを見据えて告げる。


「お前が水魔法に弱いことは知っている。ならこれが、お前を殺すには一番いい」

「馬鹿な、付与魔法・・・・を扱える戦士ウォリアーなど……!?」


 俺が高ランクの付与魔法を使ってみせたことに、ルーロフは驚きを隠せないようだ。まあそうだろう、戦士ウォリアー付与術士エンチャンターの二刀流など、この世に存在するはずもない。

 しかし、疑問に思う隙など俺は与えてやるつもりはない。『獣牙一閃じゅうがいっせん』、渾身の一撃をルーロフの喉めがけて繰り出す。


「はぁぁっ!!」

「か――」


 俺の大剣の刃がルーロフの、わずかに白さを帯びた鱗に覆われた喉にめり込む。そのままバキバキと鱗を砕き、肉を裂き、血管を切り、振り抜いた大剣が喉の鱗の何枚かを弾き飛ばした。ついであふれ出す熱湯のような血液。

 喉が裂かれ、血を噴き出し、吐き出す息に血しぶきが混じりながらも、ルーロフはその足で立っていた。わずかにHP体力が残っているのか、ぜいぜいと荒い息をしながらもまだ生きている。

 ままならない呼吸のまま、ルーロフが口から血のかたまりを吐き出した。


「か、ひゅ……ごはっ!」

「喉を裂かれてもまだ息があるか」

「さすがは後虎院直属ってところかしらね」


 ディーデリックが感心したように言葉を漏らすと、エレンもぺろりと舌なめずりをする。確かにこのHP体力の高さは、並みの魔物では持ち得ないものだろう。さすがは後虎院直属の魔物、という表現は間違いではない。

 しかし、もう後は一撃入れればおしまいという状況だ。エレンもすぐさま俺達に声を飛ばす。


「でも、もう少しよ二人とも! 気を緩めないで!」

「もちろん!」

「これでトドメにするぞ!」


 エレンが腹に力を入れると同時に、俺とロドリゴも動きだした。ここで緩慢に戦い、逃げられでもしたら意味がない。ここでルーロフの命を断つのだ。

 振り抜いていたままの大剣を下から斬り上げるように振る。それと同時にエレンが大声で一声吠えた。俺の剣と、エレンの声に乗った魔力が、同時にルーロフの顔面めがけて炸裂する。


「はぁっ!」

「ワンッ!」


 その攻撃の、どちらがルーロフの命を奪ったかは定かではない。しかし今度こそ、間違いなく、ルーロフの頭上にある簡易ステータスのHP体力ゲージが空になった。

 目を大きく見開いたルーロフが、攻撃の衝撃でもんどり打って洞窟の地面に倒れ込む。


「あ……ガ……」


 小さく声を漏らすと、ルーロフの身体から漏れ出ていた炎が小さくなって、そして消えた。

 「業火の爪」ルーロフ、これにて討伐完了だ。


「ふう」

「これで死んだわね」

「魔石の輝きも消えた。間違いないだろう」


 俺が大剣の血を払って背中に負うと、エレンが素材回収用のナイフを取り出しながらうなずいた。ディーデリックも転がっているルーロフの死体に目を向けながら、納得したように言葉を漏らす。

 そうして素材回収を始めようとしたところで、がさりと洞窟の端の方で物が動く音がした。そちらに目を向けると、先程までルーロフの手によって死に瀕していた冒険者数名が、恐怖の眼差しで俺達を見ている。


「あ……」

「う、ウソ、だろ……」


 信じられない様子で、驚きと恐怖に目を見開きながら、彼らは俺達を見ていた。

 そうだろう、4パーティーが束になっても敵わなかった後虎院直属の魔物が、たった1パーティーによって討伐されたのだ。

 ため息を漏らしながら、俺は彼らに向かって顎をしゃくる。


「あいつらがここにいてくれたから、討伐証明には充分だな」

「そうだね。回復した後に放置する形で申し訳なかったけれど、結果としてはよかった」


 ロドリゴも苦笑を漏らしつつ、俺に対してうなずいた。彼らが生きていてくれたから、回復して端に避けておいた後に動かないでいてくれたから、こうして彼らも生きて、俺達の討伐を証明してくれるのだ。結果オーライだろう。

 素材回収用のナイフをしまって、彼らに駆け寄ったエレンが手を差し出す。


「大丈夫、あなた達? 自分で立てる?」

「あ……だ、大丈夫だ」

「すまないエレン、ありがとう」


 エレンの手を取ることなく、まず最初に立ち上がったのはカミロ・ピッチンニだった。次いで『冬の雷光サエッタインヴェルナーレ』のテレンツィオ・マッツァトルタ、『眠る蝙蝠ピピストレッロドルミーレ』のエジディオ・シモンチーニが立ち上がる。『戦士グエリエロ』のドナータ・アンジェリーニは意識を失っているようだが、じきに目を覚ますだろう。

 立ち上がって頭を下げてくる三人の冒険者に、エレンは胸を張りながら答えた。


「いいのよ、おかげさまで討伐証明にも苦労しないし」

「それに、全員生きて山から帰すことが出来た。それが一番いいことだ」


 エレンの言葉にうなずきつつ、ロドリゴも三人に言葉をかける。本当に、彼らを誰一人死なせることなく山から町に帰すことが出来た。その事実がとても喜ばしい。

 ロドリゴの言葉に、三人は少々面食らった様子だったが、すぐに表情を緩めてもう一度頭を下げた。


「そうだな……ありがとう」

「助かったよ」


 そうして俺達はナイフを取り出し、ルーロフの死体から素材の回収を始めた。討伐証明に使う魔石はもちろん、鱗、尻尾、爪に瞳。取れるものはたくさんある。

 火蜥蜴サラマンダーの鱗は竜種の鱗の中でも、特に火に強い。鍛冶職人のエプロンやグローブなど、使い所はたくさんあるのだ。

 と、素材を回収しているところでカミロが俺に声をかけてきた。


「それにしても……付与魔法も使えるとか、どうなっているんだ、ライモンド?」

「それは……まあ」


 彼の問いかけに、俺は言葉に詰まりながら視線をそらす。正直、うまく説明できる気がしない。

 と、俺の反対側でナイフを動かしていたエレンが、小さく笑いながらこちらに言ってくる。


「ふふっ、『黄金魔獣の着ぐるみ』のすごさ、思い知った?」

「お、おい、エレン」


 エレンの言葉に俺は思わず声を上げた。ここでディーデリックの話を持ち出されると、話が余計にややこしいと思ってしまったのだ。

 しかしエレンの言葉が、逆に俺の魔法に信憑性を持たせたらしい。納得した様子でカミロが息を吐いた。


「そうか……さすがはS級アーティファクトでもある呪いの着ぐるみ」

「桁外れってことか、色々と」


 カミロの隣でテレンツィオも納得したらしくうなずいている。エジディオに至っては何も言わずにうなずくばかりだ。なんか、こうもあっさり受け入れられると始末に困る。さすが、その名を知られた呪いのアーティファクト。

 話がまとまったところで、エレンがナイフの腹でルーロフの死体を叩いた。鱗とナイフがぶつかり、軽い音が響く。


「そういう事。さ、素材を回収したら山を降りましょ。あとは山頂の氷狼アイスウルフの様子を見ていきましょう」

「そうだね、さっきの熱波でバテているかもしれないし」


 エレンの言葉にロドリゴもうなずいて、さっさとナイフを動かしていった。

 そうして素材を回収し終わる頃にはドナータも目を覚まし、俺達は改めて勝利と健闘を称え合うのだった。

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