27話 救いの手。
〜またまた更新間隔が空いたので、あらすじ〜
<トール、ジャンヌ、グリンニス及び少女艦隊>
ロスチスラフの遺志を引き継ぎ、サヴォイア領邦の毒殺部隊を根絶やしにすべく進軍中。
<マリ、オリヴァー、コルネリウス>
カムバラ島にてアンドロイドMICOと
<テルミナとイヴァンナ>
青鳩の本拠地であるグリフィス領邦へ向かっている。
<フェオドラ、エカテリーナ>
オソロセア領邦にて領邦内の混乱を収拾中。
<ダニエル、ニコライ、青鳩上層部>
さらなる混乱の種を仕込むため、ファーレン経由でトスカナ領邦へ向かっている。
<サヴォイア領邦>
夫を失い、息子がフェリクスに拘禁されたヴィオランテは、迫るトール艦隊を前にして隣邦のフォルツ選帝侯領のウォルフガングを頼ろうとする。
◇
「──サヴォイアのピルトン殿か」
部下からの報告を聞いたウォルフガングは、思慮深そうな眉を寄せて暫し考え込む様子を見せた。
ウォルフガングは選帝侯領を長年差配してきた代官であり、出自の悪さを揶揄されながらも領主アダム・フォルツ──というよりアダムの妻から篤い信任を得ている。
一夫一妻制を信奉するイーリアス学派に傾倒するアダムの妻は、代官ウォルフガングの知る女が妻のみであることを大いに快く思っていたのだろう。
ともあれ、近しい者にとっては総じて実直な男だった。
「火急の要件につき、まずはEPR通信にてお目通し願いたいと」
医療関係者が重用され権力中枢にも入り込んでいる邦柄のサヴォイアで、ピルトンと言えば政治と『福音の頸木』なる組織を繋ぐパイプ役である。
無論、ウォルフガングにも面識はあった。
ケルンテンの奸臣ホルスト・ジマを操っていたのと同様、サヴォイアのピルトンや毒殺部隊を擁する『福音の頸木』と
全てはフォルツ選帝侯領の安全保障を盤石とする為である。
アダム・フォルツが復活派勢力中枢の権力を掌握出来たのも、また小煩い奥方から逃れて旧帝都エゼキエルで漁色に勤しめるのも──、名代官ウォルフガング・アンデルセンが国許に在ったからこそだろう。
「どうなさいますか? クラウディオ選帝侯をお待たせしておりますが──」
クラウディオ・アラゴン。
公爵位と選帝侯の立場を若くして継承した客人は、当然ながら待たされることに慣れていない。
さらには、ベルニク艦隊から手痛い敗退を喫して以降、益々とその精神に歪みを来たすようになっていたのだ。
「何れも用向きが分かるだけに、実に面倒だな」
アラゴン、ファーレン、
帝国宰相となった彼の主人アダム・フォルツは、この謀略に反意こそ示さなかったが、協力も関与も拒んでおり、ウォルフガングにも距離を置くよう言い含んでいた。
──ウォルフガングよ、あれは不味い。おそらくは失敗するぞ。
──私も愚かな浮薄者だが、アラゴンの無能には敵わぬ。
──無能、強欲、共和主義、おまけに狂信者の裏切り者が手を結んだとあっては、いかなる
──で、それはそうと、ウォルフガング。愛人の件なのだが、奥方にば──、
とはいえ、イドゥン太上帝の掲げる不戦の誓いを歯痒く思う諸侯も多く、彼等の不満を減ずる効果はあると考えて動きを止めはしなかった。
臆病な浮薄者のアダム・フォルツだったが、エヴァンやレオのそばにあって、常に手傷を負わない立場を守り続けてきた男は愚かではない。
──確かに、我が主の懸念された通り、謀略は半ば失敗に終わった……。
奸雄ロスチスラフは没したが、オソロセアで継承権を巡る争いは起きていない。
臨時代官となった長女フェオドラは、いち早く軍部を抑えたばかりか、ロスチスラフの残した遺言に従い領邦軍を統べるエカテリーナ・ロマノフへの禅譲を進めている。
次女レイラはオリヴィア宮で喪に服したままだ。
三女オリガに至っては、ヴォイド・シベリアの病院に幽閉されていた。
また、葬儀における呪われた秘儀を用いた撹乱も、裏切り者達以外に傷を負わせる事は叶わず、当のサヴォイア領邦は迫るベルニク艦隊に震えて助けを求めてきているのだ。
「尻拭いをフォルツにさせるつもりだろう」
つまりは兵を出せ──という話に帰結する。
「──が、無下にも出来まい」
特にクラウディオ・アラゴンは、無能であれども軽んじて良い相手ではなかった。
「まずは若造──いや、クラウディオ選帝侯に会おう。サヴォイアのピルトン殿へは、暫し待たれるよう伝えよ」
◇
「ベルニクの無法伯は、むしろ好機と考えていよう」
昨今のクラウディオ・アラゴンは、好戦派の諸侯や高官の集うファーレン領邦を訪れ長逗留する事が多くなっていた。
彼の地で仲間達と共に政治や軍事を語らい、謀略を巡らせるのは心地の良い全能感をもたらすのだ。
故に、アイモーネの失態と、例によって迅速なベルニク艦隊の動きをクラウディオが知ったのはファーレン滞在中の事となった。
「好機──ですかな?」
ウォルフガングの上座に腰掛ける事に何の遠慮も感じない客人は、邦許へ戻るついでにフォルツ領邦に立ち寄ったのだという
だが、実際には立ち往生していたのだ。
苦手とする姉の方伯夫人が治める所領を通過せず帰ろうとするなら、サヴォイア、クルノフという経路を辿る必要がある。
こまれでならば、裏切り者のサヴォイアは大手を振って通過できたが、現在は領内が混乱しているうえに因縁のあるベルニク艦隊が差し迫っていた。
「血に飢えたベルニクの
アイモーネ如きがベルニクの若獅子を御せるはずがあるまいに──と、ウォルフガングは心中で失笑したが表情には出さずにおいた。
「選帝侯の何れもが、動きたくとも動けないのだ。我等の勇者ファーレン殿は──」
仇敵オソロセアと相対するファーレンは、フェオドラからエカテリーナへの禅譲で一波乱が起きることを未だに諦めていない。
他の宙域へ艦隊を差し向ける事で、オソロセアの後背を衝く好機を逃すのを恐れていた。
「他方のバイロイトは不干渉主義に拘る偏屈な老人だ。銀獅子を擁する帝都エゼキエルとて、グリフィスに巣食う
その
「となれば、やはり──」
クラウディオの端整な顔貌に、小狡さと媚びの入り混じった表情が浮かんだ。
貧しい家に生まれたウォルフガングの幼少期、住み込みで働いた屋敷の息子が、僅かな駄賃と引き換えに宿題をやらせる時の顔に瓜二つだった。
つまりは、不快なのである。
「なるほど──常の事ながら、誠に公は彗眼ですな」
「だろう」
世辞を聞いて無邪気に
なればこそ、少しばかり甚振る事も許されよう。
「とはいえ、僭越ながら申し上げますと、公の──アラゴンが誇る大艦隊は、無法伯を罰するべく再戦を一日千秋の思いで待っているのでは?」
「む──そ、それはだな──」
途端、クラウディオの表情が曇った。
「そして何より、世に名高き蒼槍のヴァリュキリアが──」
◇
「彼は動けません」
ジャンヌ・バルバストル並びに中央管区第二艦隊と合流する為、トール率いる艦隊はカドガン邦都に在るマビノ基地へ寄港していた。
同基地にて補給のみを済ませサヴォイア進軍を急ぐ──という名目で、ロイド家当主からの招待は丁重に断っている。
結果、基地の無機質な会議室にて、首脳陣を集め軽食を取りながら雑談をしていた。
「──失礼ながら」
帝国宰相にして権元帥トール・ベルニクへの挨拶というより、思慕するグリンニスに会うためだけに屋敷から基地を訪れた代官フォックス・ロイドも場に同席していた。
グリンニスを侵す時の遡行が治まるのは喜ばしいが、トールの傍を離れられないという不条理は彼の舌鋒を鋭くさせる傾向にある──。
「クラウディオ公こそ動くのではありませんか? 先の戦いで虚仮にされたと今も恨んでいると耳にします」
「アハハッ」
恨まれていると聞いたトールは、なぜか楽しそうに頭を掻いた。
「いや〜、今はもっと恨まれてますよ」
「──と申されますと?」
いったい今度は何をしたのだろうかと、フォックスは細い目をさらに細めた。
「少し前の事なんですけどね──」
ロスチスラフの帝国葬に先立ち、トールはフリッツを伴ってノルドマン領邦に属する惑星テウタテスを訪れていた。
嘗てのアヴィニョンよりは慎ましい、新たな聖都とされた軌道都市である。
そこでアレクサンデルと面会したトールは、とある頼み事をしていた。
「ふぅ──誰しも、青春時代ってあるじゃないですか」
「え? は、はあ」
「アレクサンデル聖下だって例外じゃありません」
「聖下?」
話の行方が読めず、フォックスとしては戸惑うばかりである。
「世に名高き蒼槍のヴァリュキリア──フィオーレ家に連なる女性と、聖兵時代にそれはもう絵物語のような恋をしたんです。あ、もうちょっと今より痩せていた頃らしいですけど」
人って分かりませんねぇ、と付け加えたトールは、悪戯な笑みを浮かべて片目を閉じた。
「なんとその女性こそ、当代フランチェスカ・フィオーレの叔母様なんです。どうにも逆らえない恐ろしい御方だと──当代ご本人から聞いた事があります」
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★アレクサンデルとフィオーレの関係性については
【乱】43話 もののふの乙女。
https://kakuyomu.jp/works/16817330648495045364/episodes/16817330659872021480
★帝国地図
https://kakuyomu.jp/users/tetsu_mousou/news/16817330664816296412
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