43話 もののふの乙女。

 ゲオルクポータルより三十光秒の相対距離を取り布陣するベルニク艦隊の元へ、量子観測機ボブより速報値が送出された。


 戦艦級三万、駆逐艦級五千、戦闘艇級五千、総勢四万という大艦隊である。


 通常、一個艦隊は、一万から一万五千隻で構成される為、敵勢は連合艦隊と呼ぶべき編成となろう。

 尚且つ、大火力を備える戦艦を主力としていた。


「アラゴンの全艦隊なのでは……」


 ケヴィン・カウフマン中将は、内心の怯えを押し殺して告げる。


「守備艦隊一万を邦元に残したのみでしょうね。マクギガン領邦が復活派である以上、どこからも攻められる余地がありませんから」


 ――おまけに天秤衆が向かっているしね。


 トールの如く天秤衆を葬るなどいう暴挙にでるはずもなく、マクギガン領邦は天秤衆への対応に追われているのだ。


「それより、光学映像はまだ――おおっと、来ましたね!」


 ブリッジ中央に浮かぶ巨大な照射モニタに、ポータルを抜けて来た大艦隊の様子が映し出された。


「蒼蒼蒼蒼――」


 ぶつぶつと呟きながらトールは食い入るように映像を見詰めている。


「いた!いましたよっ、ケヴィン中将!」


 トールは嬉しそうな声を上げて、映像の一部を指差しながらケヴィンの肩を叩いた。


「は、はあ」


 何が嬉しいのか理解に苦しむケヴィンは、不可解そうな表情を浮かべる。


「正式名称はヴァルキュリア強襲打撃群なのですが――誰が呼んだか、通称は蒼槍そうそうのヴァルキュリア」


 同打撃群は駆逐艦と戦闘艇のみで構成されており分艦隊規模の編成とされる。深みのある蒼で統一された艦艇群の一糸乱れぬ艦隊運動は観艦式の華でもあった。


「おまけに、これを率いるフランチェスカ准将は、なかなか見事なむ――」


 ◇


 トール・ベルニクが蒼槍のヴァルキュリアに見惚れていた頃より暫し時を遡る。


 ヴァルキュリア強襲打撃群を率いる旗艦ブリッジにて、フランチェスカ・フィオーレ准将は艦長席に座り、照射モニタに写る戦慄すべき光景を見据えていた。


 顔立ちはモンゴロイド系ではないのだが、艶やかな漆黒の髪を背に流す彼女の姿は、古典文明で語られる伝説の戦士「もののふ」を思わせる。

 あるいは、ジャンヌ・バルバストルと通底するものであったかもしれない。


「お、お嬢――こりゃまた――」


 フランチェスカの傍に立つ若い男は、信じ難い光景を前に思わず副官という立場を忘れてしまい、幼少期より傍で仕え続けた者としての癖が出た。


「――さすがに、無惨が過ぎますな」

「ええ」


 もののふ、否――フランチェスカは涼やかな声音で頷くが、後に続けた言葉は些か不穏なものとなる。


「ですが、因果応報とも言えましょう」

「おほっ――いや――こほんこほん」


 あまりに直截な物言いに吹き出しそうになった副官は、ブリッジで働く下士官達の耳がそばだてられている事に気付き、慌てて咳払いをして表情を改めた。


「司令官殿のご発言は、教皇聖下の刺激的な声明が全て真ならば――という事ですな」


 プロヴァンス女子修道院焼き討ちに先立ち、教皇アレクサンデルは声明にて天秤衆の罪を告発し、尚且つ聖教会として明確な悔悛かいしゅんの意を表していた。


 これらが事実であるという前提に基づいての発言であるという点を、聞き耳を立てている部下達に周知したのである。


 機微が必要となる問題に対して、上官の立場を守ろうとしたのだろう。


「聖下は――、大食漢で金銭に目が無く法螺を吹いては他者をけむに巻き、挙句の果てには私の叔母とも通じておりました」


 実に碌でもない男である。


「とはいえ、私の母は大いに認めていたのです」


 フィオーレ家は銀冠こそ戴いていないのだが、帝国開闢にまで祖を遡れる武門の名家であり、また女系一族でもあった。


 家督は必ず女が継承する。つまり、フィオーレ家の家長は、かの悪漢をひとかどの人物であると評価していたのだ。


「アルジェントは、あの御方を疑っているのですか?」


 名を呼ばれた若き副官は、頭を掻いて応えた。


「滅相もございません。とはいえ、総長殿であられた往時は、御屋敷の片隅よりご尊顔を拝むだけの下男でして――」


 聖骸布艦隊を率いた聖兵総長時代に、アレクサンデルは足繫くフィオーレ家を訪れていたのだ。

 その用向きが、果たしてフランチェスカの叔母にあったのか否かは分からない。


「そうでしたね、ふふ」


 当時を懐かしむかのようにフランチェスカは頷いた。


 落ち着き払った現在の姿からは想像も出来ないが、悪戯好きであった我が身と、それに付き従っていた少年の様子を思い浮かべていたのかもしれない。


「ともあれ、聖下が申された話は真なのでしょう。故にプロヴァンスに大罪があったのは間違いありません」

「左様で――おっと、そろそろで御座いますよ」


 危険な話題を終わりにしたい思いのあるアルジェントは、努めて明るい声音で告げた。


「艦隊を根こそぎ引き連れた御仁が、宙域に入られたようです」

「あら」


 と、応えるフランチェスカの表情は、悪漢アレクサンデルを語る時よりも幾分か冴えないものとなった。


「当代殿が参られましたか」


 ヴァルキュリア強襲打撃群を統率するフランチェスカ・フィオーレには、好ましく思っていないものがふたつある。


 ひとつは、苺である。


 朱色の表面に小さな種の散らばる様が、どうにも薄気味悪い。この点、女帝ウルドと面通しの機会があれば、意気投合する可能性はあるだろう。


 今ひとつは――、


「黙って聞いていれば良いのですよ。ニコニコと」


 浮かぬ主人の顔を見て、副官アルジェントは励ます様に告げた。


「ええ」


 ――高祖母様は、なぜこの地を頼られたのかしら……。


 これが、フランチェスカが抱く幼き頃からの想いである。


 フィオーレ家は、その開祖よりアラゴンを棲家すみかとしていた訳ではない。高祖母の代に別の星系より移り住んだと伝え聞いていた。


 以来、アラゴン家の直参となる要請は固辞しつつ、当主の跡継ぎが軍属となり武門としての務めを果たしてきたのだ。


「まずは、出迎えましょうか」


 そう言ってフランチェスカは、艦長席から立ち上がった。


 余談となるが、アラゴン領邦軍の制服は、クラウディオに代が替わりデザインが一新されていた。


 白を基調としたゴシック風味の意匠で、身体のラインが強調される点は、期せずしてベルニク領邦軍とおもむきを同じくしている。


「――クラウディオ選帝侯――総司令官より通信入ります」


 オペレーターが告げるに合わせ、フランチェスカと副官アルジェントが敬礼をした。


「僕が到着する前に、パーティを始めてはいないだろうね?」


 燃え盛るプロヴァンス女子修道院の像が消え、代わって軍服を纏うクラウディオ・アラゴンが照射モニタの中で答礼をしている。

 それは、屋敷の女官達が見れば嬌声を上げそうな絵姿にも見えた。


「いえ」


 フランチェスカは、必要最低限のいらえを返す。


 副官のアルジェントは言葉を補足したいような思いを抱くが、この場において出過ぎた真似は却って主人の立場を悪くする。


「それは良かった」


 互いの温度差には気付かぬ様子で、クラウディオは満足気に頷いた。


「知っての通り、歴史的蛮行を冒したベルニクを捨て置く訳にはいかない」


 プロヴァンス女子修道院焼き討ちという衝撃の前に、些か色味が薄くなったとはいえ、ベルニク艦隊は天秤衆数万人を宇宙の藻屑としたのである。


「はい」


 その点については、フランチェスカとて異論はない。


 教皇アレクサンデルは天秤の罪をもって擁護をしていたが、無法である事実は揺るがないのだ。


「正統を尊ぶアラゴンは、これを誅する」


 フランチェスカが率いるヴァルキュリア強襲打撃群の五千隻、そしてクラウディオが引き連れて来た艦艇を合わせれば四万隻の大艦隊となる。


 敵勢は一万隻程度と分かっており、フランチェスカにも必勝の状況と思えた。ポータルを抜けて、火力任せに押せば良いだけなのである。


 だが、フランチェスカは幾つかの懸念を抱いていた。


 まずは、かねてより参謀本部に具申をしていたのだが、艦隊編成の偏重ぶりである。


 クラウディオが引き連れて来た陣容の通り、大半が火力を優先した戦艦級で占められているのだ。

 この点、正統という美名の元、やたらと沽券に拘るアラゴンらしいとも言える。


「ただ、残念な事に――」


 フランチェスカが危惧するのは艦隊編成だけではない。


「――今次の戦いにおいて、蒼槍そうそうのヴァルキュリアの出番はないだろうね」


 栄光のクラウディオ・アラゴンは、母の腹より出でた日から、絶対的な自信に包まれ生きて来た。


「アラゴンの誇る弩級戦艦群が、無法な田舎者を焼き尽くすのだから」


 この言葉に兵卒達は歓呼でもって応えたが、唯の一度も戦争を経験した事の無い男が語る大言を、フランチェスカは冷えた思いで聞き流していた。


 ◇


「ホントに戦艦ばかりで助かりましたよ。やっぱり本を読むって大切ですね」


 ヴァルキュリア強襲打撃群を除けば、敵艦隊の大多数は戦艦であった。


 ――戦艦好きのアラゴン閣下――って、書かれていた通りだなぁ。


「は、はあ。ですが、これほどの数の戦艦を揃えているとは――」


 他方のケヴィンは、畏怖の念と共に呟いた。


 建造費、維持費、そして人件費、とかく金喰い虫となるのが艦艇の花形ともいえる戦艦なのである。

 大火力、重装甲を誇り、敵陣に与える威圧感も大きい。


 ――やはり、給料も良いのだろうか……。


 少しばかり羨む気持ちの湧くケヴィンであった。


「戦艦は、足が遅いです」


 それを嫌っての事か、目下増強中とされるベルニク領邦軍であるが、駆逐艦を中心に新造と購入を進めていた。


「今回のボク等は、駆逐艦と戦闘艇だけで来ましたからね。駆けっこなら負けません」

「か、駆けっこ――」


 重弩級艦ともいえる旗艦トールハンマーは、みゆうによる決戦兵器を搭載しているとはいえ、通常火力は戦艦より遥かに劣っていた。


 但し、機動力だけは駆逐艦に等しい能力を持っている。


 この一事こそが、女神?みゆうへの好意、決戦兵器の存在と共に、同艦をトール・ベルニクが旗艦とし続けた根本的な理由であった。


「じゃ、やりますかぁ」


 トールは、閉域EPR通信にて総司令官としての訓示を述べるべく、ご機嫌な様子でシートから立ち上がった。


「皆さん、敵の大艦隊が来ましたっ!いやはや、怖いですねぇ」


 古来より、指揮官という要職にある者は旗下兵卒の士気を鼓舞する為に、苛烈で劇的な言葉選びに苦慮したものである。


「ですから、頑張って――」


 その点について、トール・ベルニクは些か成長すべき余地があるかもしれない。


「――ともかく逃げ回りましょうっ!!」

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