28話 苛烈な沙汰。

★帝国地図

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 繰り返しとなるが──、トール・ベルニクは慈悲深くも無ければ、気高い道徳心を持ち合わせてもいない。


「サヴォイア、トスカナ、ブルグンド──」


 アイモーネ・サヴォイアと結託し、ロスチスラフの葬儀を汚した者達が治める領邦の名を、ベルニク統帥府報道官ソフィア・ムッチーノは険しい表情で告げた。


「恐れ多くも女帝陛下より、トスカナ、ブルグンドについては寛大な沙汰が下された」


 いずれもオソロセア近傍に位置する少領であり、彼等がアイモーネに尾を振ったのも、ロスチスラフ亡き後の混乱に備えた安全保障という側面があった。


「これらの所領は安堵されたうえ、幸いにも継承権のある妙齢の御子息が健在である。道を誤った父の汚名をそそぐべく、陛下と帝国への忠道に益々と励まれよう」


 常になく堅い言い回しの報道官の言葉に、プレスルームに集まったメディア関係者は互いの顔を見合わせている。


 軽妙な語り口が、彼女の持ち味でもあったからだ。


「他方のサヴォイアだが、陛下は御身の慈悲が海より深き事を懸念され──」


 女帝ウルドと最も縁遠い感情が慈悲である。


 スパイスの効いたジョークであろうと解釈した何名かは笑声を漏らしたが、参謀本部から会見に同席したフリッツ・ベルヴィルに睨まれて押し黙った。


の地については我があるじ──、帝国宰相トール・ベルニク閣下に一任するとの断を下された」


 今回の公式会見が、ベルニク統帥府主導で開かれた所以である。


「な、なるほど、一任という事は──」

「既にバルバストル中将とカドガンで合流されたとか──」

「やはり、サヴォイアの武装解除を──」

「いや、混乱を治める為だろう。アイモーネ個人の罪で──」


「お静かに」


 口々に疑問をさざめき始めた人々を、ソフィアが右手を上げて制した。


「声明を発表する」


 これまで特段の意図をおおやけにせず、トールは少女艦隊のみを引き連れてサヴォイア方面に向かっている。


 無論、彼が何を語らずとも、サヴォイアの処遇を決する為であろうとは衆目の一致する所だったのだが、いかなる対応を取るのかについては意見が割れていた。


 正妻と嫡子の極刑は免れ得ないとしても、当面は分家筋の者を臨時代官に据える──といった措置になると目されていたが──。


「アイモーネの罪業は余りに重く、彼奴あやつの死如きでは贖えない。さらには福音の頸木なる怪しげな組織を使い、ロスチスラフ侯の死に関わったばかりか、御息女オリガ嬢に罪を着せた嫌疑が濃厚である」


 実際の所、ロスチスラフはニューロデバイスによる託宣通り自然死だったが、上記の目論見をアイモーネ達が企図し手配を進めていたのは事実である。


「これに厳罰をもって誅する」


 誰もが息を飲み、続く言葉を待った。


「畏くも陛下より賜った大権に基づき、帝国宰相トール・ベルニクはアイモーネ・サヴォイアに対し大逆罪を適用する。また、教皇アレクサンデル聖下におかれては、同人が女神への侮辱と異端を成す様を直とご覧になられた。誠にお労しい事態である」


 アイモーネ一派が、大聖堂で呪わしい小人を使役した事については、メディアを通じ煽情的な論調で報道させている。


「よって、サヴォイアを廃絶するとの結論に達した。アイモーネに連なる四親等までの者達について、帝国内における一切の権利と権益は直ちに失効される」


 領地や財産を失うばかりか、司法手続きすら受ける権利も失った事を意味する。


 継承権を持つ全ての兄弟姉妹を毒殺して領地を手にしたアイモーネは、死してサヴォイア家そのものを滅びに至らせる運びとなった。


「以上の務めを、過分な禄をむ家臣団は速やかに執行すべし。まずは、正妻ヴィオランテと侍医ピルトンの身柄を閣下に差し出す事で陛下への忠義を示せ。邦笏も忘れるな──刻限は、これより五日とし、遅延した場合は家臣共も同罪と見做す」


 トール自らが艦隊を率いてサヴォイアへ足を運んでいる為、身柄の運搬という側面だけで考えるならば実現可能な刻限ではあった。


 とはいえ、受け入れ難い内容だっただろう。


 その上、トールの苛烈な要求はさらに続くのだ。


「また、医療と信仰の融合を標榜する法人、福音の頸木については即日解体させよ。同法人に関わる者達の身柄についても引き渡しを要求するが各人の生死は問わない。なお、資料については厳格に保全し、改竄と逸失が認められた際はさらなる処罰を検討する」


 余人の想定を超える内容に、報道陣は声を失った。


 戦無き平和な均衡状態で人々は忘れかけていたが、柔な表情を片時も崩さない帝国宰相は、数万の天秤衆と数千の聖職者を殺戮した為政者なのである。


 聖都アヴィニョンで剣斧を振るう事も厭わないのだ。


「以上が、トール・ベルニク閣下のお言葉です」


 ようやくソフィアは普段の口調に戻り、声明の幕を閉じる。


 これで良かったのか──という表情で、脇に控えていた参謀本部のフリッツに視線を送ると、彼は唇の端を軽く上げて頷いた。


「では、これより──」


 と、必然的に白熱した質疑応答を終え、ソフィアがプレスルームを引き上げたのは一時間後となった。

 

「はぁ、肩が凝ったわ」

「お疲れさん」


 ご機嫌な様子のフリッツが、執務室に向かうソフィアの元に駆け寄って並んだ。


「上出来だったぜ、ソフィアの姉御」

「──ふぅ。あなたの怖い原稿もね。でも、ホントに閣下はあそこまで仰ったの?」

「へへへ、ようはニュアンスだ。ニュアンス」


 参謀本部でそれなりの立場を得た現在も、フリッツは鼻の下を得意気に擦る癖が治っていない。


 いつの頃からか、ソフィアには好ましく映る仕草となっているが──。


「ともあれ、これで俺達はお役目を果たしたわけさ」


 ◇


「怒りにしろ怯えにしろ、震えが止まらないでしょうね」


 補給を終えカドガンのマビノ基地を発ったところで、トールとグリンニスは旗艦ブリッジに並び立ってくだんの声明を見ていた。


「いやぁ、ボク──あそこまで言ったかなぁ」


 後一押しが必要だとというトールの依頼に、任せろと胸を叩いた友人の顔貌を思い浮かべて苦笑した。


「フフフ」


 可笑しそうにグリンニスが口許を抑える。


「さすがは高名な海賊の血を引かれた参謀殿ですわ。妥協の余地が一切無い声明でサヴォイアの選択肢は一つだけになりましたもの」

「ええ」


 全ての要求に従ったとしても、旧家臣団が無事で済むはずもない内容である。


 また、仮にそうした動きがあったとしても、処罰の範囲が四親等に至るまで及ぶ為、多数の利害関係者が妨害するだろう。


 かといって、サヴォイアの手持ち艦隊のみでベルニクを迎え撃てるはずもない。


 カドガン方面からは少女艦隊と中央管区第二艦隊が迫り、ケヴィン・カウフマン大将旗下の第一、第三艦隊も月面基地に控えている。


 また、ノルドマンに駐留させた老将率いる火星方面管区艦隊が、緩衝地帯であるクルノフ方面からサヴォイアに睨みを効かせていた。


「生き残るには、死物狂いでフォルツを引き込むほか有りません」


 トールが欲しているのは、いかなる事情があろうとも、不戦の誓いを破り戦を始めたのは復活派勢力であるという歴史的事実なのだ。


 継承権問題でオソロセアを敢えて揺さぶり、同領を付け狙うファーレンを引きずり込むという戦略も参謀本部で検討されたが、ベルニクの裏庭は安らかなるべし──というトールの言葉で立ち消えとなっている。


「黙って動いた方が怖いかと思ったんですけど、はっきり言わないと駄目なんですね〜」


 ベルニク襲来に慌てたサヴォイアの高官達が、ピルトンを筆頭にフォルツ詣でを始めた状況は把握していたが、トールが予想した以上にウォルフガングは慎重だったのである。


 ──噂通り、なかなかの人物だよね。


 とはいえ、追い込まれたサヴォイアは最大限の手土産を用意して、フォルツを巻き込もうとするだろう。


 それを聞きつけたクラウディオやファーレンといった好戦派は、代官ウォルフガングに動くよう圧力を強めるはずである。


「都合が良いことに、クラウディオ公も同地に居合わせているそうです」


 狙った訳ではなく、これは偶々の事である。


「あら、面白い。帰れなくなったと駄々を捏ねる様が浮かびますわ」


 抗エントロピー症により背丈が逆転したグリンニスに対し、心無い嫌味を幾つか口にした男の窮地は実に心地が良かった。


「特に今は早く帰りたいでしょう。何と言ってもフィオーレ家が──」

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