21話 サヴォイア道中にて……。

 ロスチスラフの帝国葬を終えたトールは、ウルドとの愛を育む間もなく再び艦上の人となっていた。


 三名の領主がテロ行為を企てたうえに死亡するというセンセーショナルな事件となったが、帝都フェリクスに大きな動揺は生じていない。


 女帝の安否を気遣う民衆の集まったオリヴィア宮の自由広場へ、近衛兵と共に姿を表したウルドは直接に語りかけたのである。


「大禍ない」


 突然の降臨に沸いた民衆へ、軽く手を振りながらウルドは告げた。


「余に尽くした功臣の送葬を汚そうと企図した不心得者は死んだ」


 その不心得者が、アイモーネ・サヴォイアを筆頭とする三人の領主であることは既にメディアを使って流布させていた。


「下々は案ずるな。残る始末は、権元帥に一任しておる」


 そう告げて女帝ウルドは、片頬のみを上げて笑んだ。


「権元帥の──、我が夫の苛烈さを知らぬ者はおるまいな?」


 この全てを演出したソフィア・ムッチーノは、子飼いのメディアを使って映像として配信することも忘れていない。


 かようにして、帝都フェリクスはウルドに任せ、さらにはヴォルヴァ幼年学校の対応にロベニカを配したトールは、少女艦隊を率いてサヴォイア領邦を目指していた。


 少女艦隊の旗艦ブリッジに座るトールの傍らには、グリンニス・カドガンが立っている。


 新生派帝国、三公の武官として、トールに付き添う役目を担っているのだが、本人にとっても都合が良かった。


 とはいえ──、


「え? カムバラ島──」


 彼女が念のため尋ねた質問に対して、トールの口から出た地名を聞き、己の記憶を辿りながら呟いた。


 話の発端は、帝国葬に招待したはずのロベニカやマリの姿が無かった点を、グリンニスがトールに尋ねたことにある。


 ──単なる体調不良なら良いけれど……。

 ──女達の妄執が悪しき萌芽となりつつあるのなら、ベルニクの長手と協力して隠密里に始末を……。


 貴人であるピュアオビタルは妾を置くことを許されているが、女帝ウルドがそれを受け入れる性格ではないとグリンニスは理解していたのだ。


 さらには王配という立場もある。


 ──トール伯には末長く生きて頂かないと。


 それこそがグリンニス自身の成長、つまりは正常な老化を果たすための必須用件なのである。


「ヒントは、グリンニス伯がくれた映像だったんです」

「私が?」

「ほら、あの、クルノフから帰る際ですよ。グリンニス伯の素晴らしい水着姿が──」

「トール伯っ!」


 全てを思い起こし、グリンニスは幾分か頬を朱色に染めた。


 自身の奇病を癒すべく、トールの気を引こうと送った過去の映像である。


 ──焦りがあったとはいえ、我ながら浅薄だったわ……。


 この程度のことを恥じらう感情が己に残っているとは意外だったが、肉体が再びの第二次性徴期を迎えたためだろうかと思えた。


「貴方から場所は思い出せないと言われたので、デルフォイに調べてもらったんです」


 トールの依頼を受けて、グリンニスも自身の航宙記録を情報部に調べさせたことはある。


 だが、経由地がベネディクティウス星系の記録に限っては、帝国公領時代にデータが抹消されていたのだ。


 その為、特務機関デルフォイが、トールの指示を受けて調べ上げたのである。


「僅かな映像データから各地を探し回ってもらったわけですが、実は足元にあったんですよね~」

「足元?」


 何のことだろうかと思いグリンニスは問い直した。


「ボク等の母なる地球ですよ。地球の地表世界にありました。カムバラと呼ばれる島なんですが──」

「え? カムバラ島──」


 考え込む様子を見せたグリンニスに気付いたトールは、邪魔をしないようにと考えたのか話を中断した。


「──やはり、記憶にありませんわ。いえ、そもそも地球を訪問したことなど無いはずです。あんな辺境にわざわざ──あ──」


 思わず出た言葉に、慌てた様子でグリンニスは口許を押さえた。


 新生派勢力勃興以降ベルニクの躍進ぶりは目覚ましいといえ、従来の太陽系は長らく辺境という立場に甘んじてきていたのである。


 彼女が健康的な成人女性であった時代に、ベルニクの──しかも地球の地表世界を訪れようなどとは考えなかっただろう。


「いえいえ、お気になさらず」


 特務機関デルフォイも、調査地として地球を除外していたほどなのだ。


「まあ、そんなわけで、カムバラ島を調べることにしたわけです」

「マリーア卿の亡くなったご母堂の足取りを──?」


 自身が送った過去の映像に、マリの母親と姉が写っていたとは聞き及んでいる。


 ──女男爵とはいえ元メイドのために、情報機関まで動かして調べたということなのかしら……。

 ──だとすると、あまり良い傾向とは思えないわ。


 グリンニスにとっての最優先事項は、ひとえにトールと女帝の結婚生活が平穏に過ぎていくことなのである。


「ええ、そうなんです。本人の希望もあってマリに行ってもらうことになりまして……」


 尚且つ諸般の事情から、地表世界へ向かう旅程を変更できなかった。


「頼りになる護衛はつけましたけど」

「──そう──ですの──」


 グリンニスにとっては、油断のならない状況である。


「伯がそこまで為さるとは……。一体なぜなんですの? よもやマリーア卿を──」


 マリに対し女としての好意を寄せているならば、何らかの対策が必要と考えている。


「だって当たり前じゃないですか。お母さんは大切ですし──」


 母と子の関係に対して、トール・ベルニクは神話めいた思い入れを抱いていた。


「イドゥン太上帝の弱味を握れるかもしれないんですから」


「え──?」


 虚を衝かれた彼女は、思わず瞳を見開いた。


 ♢


「誓います。それだけは誓って言えることでございますよ」


 カドガン領邦代官であるフォックス・ロイドは、領主屋敷の執務室で必死の思いを告げた。


 EPR通信の照射モニタに写るのは、ベルニク軍の有り様を体現する狂将ジャンヌ・バルバストルである。


 刃を突きつけられているわけではないのだが、白き悪魔に見据えられて嘘など騙れるはずもない。


「ですが、フォックス様」


 ジャンヌ・バルバストルは、未だ淑女の仮面を外してはいない。


「先日、貴方の生家で見せて頂いた風変わりなショウと、帝国葬における逆賊共のやり口が──どうにも因果関係があるように思えるのです」


 今より一週前にロイド家の歓待を受け、再び艦上に戻ったジャンヌの元へも、情報部から仔細が届けられている。


 参考資料として添付されていた写像に写るグノーシスの額印は、まさしくロイド家当主ハロルドに見せられたホモ・サピエンスの復活に使われた呪具を思い起こさせた。


「閣下が対策をご存じでしたので事なきを得ましたが、女帝陛下方々の御身にも類が及んだ可能性があるのです」


 故にこそ、因果関係があるとジャンヌに疑念を抱かれたまま、トールと合流させる訳にはいかないのだ、とフォックスは考えていた。


 合同軍事演習を終えたジャンヌ率いるベルニク艦隊は、カドガン邦都の防衛を担うマビノ基地で休暇を兼ねた補給整備を行っている。


 サヴォイアへ向かうトール達と、同地にて合流するのだ。


 ──久方ぶりに姫様がこの地を踏まれるのは嬉しいのだが……。


 三公に叙されたグリンニスは、代官にフォックスを任じた。


 信任されているのは喜ばしいのだが、本音を言えば側仕えを続けたかったのだ。


「因果関係──と申しますより、確かに額印は同じものです」

「では──」


 ケルンテンで回収された額印は、ベルニク、オソロセア、カドガンで研究解析を進めて来たとハロルド本人も語っていた。


 その為ジャンヌは、ロイド製薬がアイモーネ達に横流しをしたのではないかと疑っている。


 不死兵を商売にしようと考える企業という時点で、大いに悪印象を抱いていたのだ。


「ま、待たれよ、ジャンヌ殿」


 瞳を細めたジャンヌに対して、フォックスは相手の怒りを鎮めようと右手を掲げた。


 幼少期に因縁のある当主ハロルド・ロイドはどうなっても良いのだが、ロイド家自体が揺らぐのは困る。


 ──私にも守るべきモノがある……。


「ロイドが、いえ当主ハロルドがアイモーネと手を組むはずが御座いません」

「あら──なぜですの?」


 益々と冷えてきたジャンヌの声音が、フォックスとロイドに迫る危険な兆候を示している。


「ハロルドは、アイモーネ・サヴォイアに対して積年の恨みを持っております。目先の利益で乗り越えられる関係性ではないのです」


 そしてまた──、


「無論、ハロルドを擁護する為に詭弁を弄している訳では御座いません──」


 この言葉だけで納得するはずもないジャンヌは、話を続けろというていで軽く頷いた。


「なぜなら、私もまたハロルド・ロイドに対し遺恨が──」


 途中で言葉を区切ったフォックスは、心中に飼う獣を抑えるために深く息を吸った。


「──いや、憎悪でも生温い。恨み骨髄とでも申しましょうか」


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■グリンニスの過去映像について


[乱] 37話 お母さん。

https://kakuyomu.jp/works/16817330648495045364/episodes/16817330659515761494

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