18話 ロベニカの決意。

★14話 花が咲く。

https://kakuyomu.jp/works/16817330648495045364/episodes/16817330666062527366


状況的には上記の第二段落からの続きとなります。

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 我欲のみを求めるトール・ベルニクが、三人の裏切り者を己が用意した断頭台へ追い込むべく動いていた頃――、


 ヴォルヴァ幼年学校を訪れた旧パープルロッジの面々は校内を案内されていた。


 事前にアポを取っていたとはいえ、帝国葬に伴う休校日にも関わらず一行が客人として迎え入れられたのは、彼等が何れも要職に就いている為なのだろう。


 中でもロベニカ・カールセンの統帥府首席補佐官という肩書は、領邦内においてあらゆる局面で効力を発揮する。


 平身低頭で学長室まで案内した事務局長の背中がそれを物語っていた。


「そ、それでは――ごゆっくり」


 媚びるような眼差しをロベニカに送ってから、事務局長は深々と一礼をして学長室を後にした。


 教育機関への政治介入という色合いを薄めるべく、卒業生として信頼できる学友達と共に乗り込んで来たとはいえ、受け入れる側に立てば圧力と感じるのは当然だろう。


 それはヴォルヴァ幼年学校の学長ジェローム・ホフマンにとっても同様である。


「聖域たる我が学び舎に――」


 ジェロームは不快感を隠す様子もなく、顔をしかめたまま席を立って右手を差し出した。


「郷愁に誘われ、母校を懐かしむ卒業生が訪れたのなら歓迎するつもりだが――」


 だが、誰も自身の手を取らないと見て取り、ジェロームは鼻を鳴らして再び腰を下ろした。


「――まったく――私も忙しいのだぞ――で、用向きは?」

「ジェローム学長」


 まずはロベニカが口火を切った。


「私達を、お迎え頂いた事には感謝しています」

「ふん。門戸を開かねば、鉤鷲共が押し掛けるのだろう」


 鉤鷲とは、ベルニク軍憲兵徽章に由来する呼び名だが、批判的な意図を込めたい時に使われる事が多い。


「ご存じの通り、我が領邦の憲兵は、民間への司法警察権を有しておりません」


 憲兵隊が関与できるのは軍内部に対してのみだ。


 その為、憲兵司令時代のガウス・イーデンは、マリの出自を調べる際に多大な苦労を要したのである。


「なるほど、確かに憲兵令15条に依ればそうなる。だが、治安機構はどうだ? さらに言えば、治安維持法附則に権力者にとって真に都合の良い文言が――」


 ロベニカはうんざりしていた。


 法解釈の議論をしたい訳ではなかったし、保守的性向の強い彼女は、学生時代からジェローム・ホフマンという反権力気取りの教師が嫌いだったのだ。


「既に貴方もその権力者なのですよ」

「いや、私は所詮一学長に過ぎぬ」

「所詮? あなはたヴォルヴァ幼年学校の学長なのです! その意味と責務をお分かりではないと?」


 ヴォルヴァ幼年学校の地位は、ベルニクの飛躍に伴って大いに高まっている。


 もはや、辺境の領邦内のみで名門扱いされる程度の学校ではないのだ。


 さらには他領邦からの留学生が増えた事で、些末な事件が外交問題に発展する可能性すらある。


「――大いに分かっているとも。私は若者達が自由に学べる場所を護らねばならん」

「いったい何から――、何から護ると言うのです?」

「無論」


 ここでジェロームは語気を強めた。


「高圧的な権力者達からだ。君のようなね――ロベニカ首席補佐官殿。授業内容の一言一句まで統帥府でするつもりかね?」


 この下らぬ反権力被れの男が、学長選挙に勝ち得た経緯を調べねばとロベニカは考え始めていた。


 統帥府、治安機構、そして憲兵隊が、強硬派の意見に圧迫されながらも、教育機関に対する不介入方針を堅持してきた苦労を知らないのだろう。


 ――学長になる為に、どんな汚い手を使ったのかしら?

 ――それとも、ヴォルヴァの理事会と選考委員会が汚染されているのか……。


 全てが順調に見えるベルニク領邦だったが、意外なところに――教育という足場に深刻な亀裂が入っているとロベニカは痛感させられたのだ。


 ――この男は潰すとしても、きっと第二第三のジェロームがいるはずだわ。


 ヴォルヴァ幼年学校に集うエスタブリッシュメントの子息達に求めるべきは、権力の否定ではなく覚悟と矜持である。


 ――いいわ――。

 ――もう――こうなったら、根本的に変えましょう。


 ジェロームの反骨は、期せずしてロベニカの心内に昏い炎を灯してしまった。


 が、表面的には落ち着きを取り戻した様子を見せる。


「ふう――。学長が懸念されているような意図は、統帥府に――と、強く申し上げておきます」


 上司に倣い、彼女は嘘を言わない。


「ほう。信じて良いのだな?」

「ええ」


 ロベニカは瞳を細め、笑みを浮かべて頷いた。


「さて――」


 言いながらロベニカは踵を返し、ジェロームに背を向けた。


「他の者からの意見も学長にはお聞き頂きたいのですが――私は所用がありますので失礼いたします」


 ここを訪れる前から、ロベニカは挨拶だけをして立ち去り、残るパープルロッジの面々が学長への申し入れを続けるという段取りだったのである。


 予定では、もう少し友好的な別れを想定していたのだが――。


「ん? ならば迎えを――」

「結構です。独りで帰れます」

「そうか――では――また。会う機会があればだが」

「あるでしょうね」


 背を向けた彼女の表情をジェロームは生憎と目にしなかったのだが、連れ立った同窓生のうち何名かは秘かに喉を鳴らして唾液を飲み込んだ。


「きっと」


 ◇


 ヴォルヴァ幼年学校の広い敷地には校舎だけでなく、聖堂、スティッキ場、馬場、そして大劇場まで、凡そ学業とは無関係な施設も備えられていた。


 独りで帰る――と告げたロベニカが向かったのは学生寮である。


 休校日となった為か、学生寮近辺には多数の生徒達が行き交っていた。


 ――制服じゃないし、目立つわよね……。


 ロベニカは多くの視線を浴びている事に、少しばかり居心地の悪さを感じながら歩いていた。


 ――っていうか、お、お、ば――だから? いや、違うわッ!

 ――で、でも、昔の私が同じ状況だったら――うう、私も……。


 などと、彼女が珍しく益体も無い事を考えていると、


「ロ、ロベニカ先輩っ!」


 小柄な少年が、幾分か緊張した面持ちで声を掛けて来た。


「あ――ええと――」


 声を掛けて来た少年の顔貌が、ディオから伝えられていた案内人の特徴と合致する事に気付く。


 ――確かに、良く似ているわ……。


 ロベニカの脳裏に浮かぶのは、飄々としながらも食えない上司の姿だった。


「リヒト・ケンプ君――かしら?」

「は、はい」


 少年リヒトは眩しそうにロベニカを見上げ、そして頬を少し赤らめる。


「良かったわ。直ぐに会えて――。ええと、今日はよろしくね」

「はいっ!」


 ――ホント、トール様と違ってカワイイわ。


「では、ご案内します」


 ロベニカは先程の接見で身体に纏わりついたジェロームの汚物が洗われるかのような思いを抱いていた。


「花園へ」


 ◇


「全て剝いだ」


 少しばかり火照った表情の少女Aが立ち並んでいるが、そのうちの一人が代表してトールに報告を上げたのである。


「――いやぁ、ご苦労様です」


 タロウと少女Aの戦いは、実に一方的だった。


 ソルフェジオ周波数に導かれ溢れ出たタロウ達の中で、螺旋階段を下り前室へ辿り着いた個体は存在しない。


 念の為にと前室と身廊の間を扉で閉ざし、トジバトルと近衛隊で守らせる事までしたのだが、それすらも不要だったのだろう。


 ――こう弱いんじゃ兵器としても使えないし……、

 ――何の為に存在するんだろう?


 天蓋部から螺旋階段まで至る各所に積み上がったタロウの死骸と、不気味な額印がくいんを見比べながらトールは思いを巡らせている。


 ――少女Aの特技がタロウ退治ってのも不思議だしなぁ。

 ――カッシウスさんなら知ってたのかな?


「閣下、そろそろ式が終わりそうです」


 何名かの近衛兵を連れてトジバトルが螺旋階段を上がって来た。


 天蓋部に拡がる惨状に一切の動揺を見せないのは、予てより想定された事態だったからである。


「こちらも終わりましたよ」

「では、例の三人は?」

「あんまりグチャグチャにされる前に――ほら」


 トールが指差す円柱の脇には、アイモーネ達の死骸が無造作に転がされていた。


「後、これが――」


 少女Aから剥いだ額印がくいんをトジバトルに手渡す。


「彼等の裏切りを証するものです。ヴォルヴァの方はロベニカさんが動いてくれていますよ」


 ヴォルヴァ幼年学校にも、アイモーネ達の関与を示す証拠が残っているのだ。


 トールが懸念したのは、帝国葬における目論見の失敗を知った学長のジェロームが、校内の証拠隠滅を図る事態だったのである。


「そうですか。ちなみに、この死骸はどう――?」

「燃やしましょう」


 トールはあっさりと告げた。


「花も、タロウも。あ、でも、アイモーネ伯と他二名は――残しておきましょうか。断罪しないといけませんからね」


 罪状と背後関係を明らかにした上で始末をつける必要がある。


「さて、これから忙しくなりますねぇ」


 ベルニク領邦内だけでなく、新生派にも少なからず動揺が起きるだろうし、呼応して復活派と青鳩達も表立って動き始めるだろう。


「まだまだ、お礼が足りてませんから――」

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