14話 花が咲く。

★ちょっとだけ、キャラ再紹介

<ディオ・ニクシー>

テルミナが後見人。元浮浪児。


<キャロル・ロイド>

カドガンのロイド家当主ハロルド・ロイドの孫。


<ミハイル・ロマノフ>

オソロセアのロマノフ家子息。銀冠。エカテリーナとの関係性は後程。

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「控え目に言って、私は天賦の才と、何より類まれな執着心に恵まれていますの」


 トジバトルは、控え目との定義について問い直したかったが、少女の――キャロル・ロイドの怜悧で切れ長な瞳には不思議な説得力が宿っている。


 何より彼女がもたらした情報は、事実ならば由々しき状況を招きかねない。


「例のモノを見付けるまでは名を伏せますけれど――」


 大聖堂の天蓋部へ至る螺旋階段を登りながら、キャロルは興奮気味に話し続けていた。

 先頭に立って歩くシモンは、不穏な話の内容に時折不安そうに振り返っている。


「――忌まわしい青鳩あおばとに唆された愚か者が、栄えある合唱団に紛れ込んでいます」


 つまりは、名門ヴォルヴァ幼年学校の生徒に、ダニエル・ロック率いる青鳩あおばとの思想に感化された者がいるという事だった。


「彼等はセキュアプロトコルを使い怪しげな企みを巡らせていたようですが、私達が全てを解読してのけましたわっ」


 無論、彼女だけの功績ではない。


「ツールのメイン開発者はディオですけど――まあ、私の部下みたいなものですわね!」

「――まったく」


 小さく呟いたディオは、隣を歩くミハイルと顔を見合わせた。


 ともあれ、通信の傍受と記録からセキュアプロトコルの脆弱性解析並びにツール開発を、現パープルロッジの面々がキャロル主導の許に成し遂げたのである。


 唯一の難点は、その何れもが校則違反であり、さらには明確な犯罪であるという点だろうか――。


「す、すげぇな。じゃあ、そのツールがあれば――」

「いえ」


 法令遵守を脇に置いたトジバトルの素直な賛辞に、ディオは落ち着いた様子で首を振った。


青鳩あおばと本体との通信は無理なんです。あくまでヴォルヴァ幼年学校の生徒同士の通信だけですから――ええと、また聞きの様なものですかね」

「へえ」

「ふぅ――あの、皆さん」


 螺旋階段を登り切ったシモンは、少しばかり息切れしていた。


「こ、ここが天蓋部です。――そして上が、くだんの鐘塔になります」


 大聖堂の天蓋は細微な装飾の施されたドームとなっており、その頂点には朝の訪れを鳴り響かせる鐘塔が屹立していた。


 鐘自体は機械式となっているので、年に一度の整備日以外は人の出入りが無い。


「鐘塔へ入るには?」

「――ふぅ」


 シモンが再び溜息をつきながら天蓋部の太い円柱に近付き、幾つかの箇所を指先で軽く触れると柱の一部がスライドして空洞が現れた。


「またも階段です」


 天蓋部までと同じく、螺旋階段が鐘塔へ伸びている。


「では、お先に――え? ひぃぎゃあああっ!!」


 奥へ進んだシモンが悲鳴を上げて尻餅をつき、そのまま手を使い滑るように後ろへ下がった。


「シモン殿!」


 腰に下げた剣を抜いたトジバトルは、シモンと入れ替わって進み出た。


「――まじかよ――おい」


 円柱へ入り鐘塔に至る螺旋階段の前に立ったトジバトルは、驚きの声と共に上を見上げた。


「何だ、こりゃ?」


 彼の後に続いたディオ、キャロル、ミハイルの三人も、事前知識を得ていたとはいえ奇妙な光景に言葉を失った。


 円柱の中は一定層以上が蔦で覆われており、螺旋階段も同様である。


 そして、所々に花が咲いていたのだ。


 やたらと大きな真白い花弁が、ぬめり気を帯びた無数の突起を水瓶状に覆うさまは、ラフレシアと呼ばれる寄生植物を想起させる。


 ディアミドのバラ園とは異なり、それは美の対極にあった。


 ◇


 オビタル帝国の政治制度は、言うなれば選挙君主制である。


 女帝は絶対権力者として君臨し帝国基本法には拘束されないが、選帝侯などに代表される有力諸侯が監視機能の役割を果たしており時として女帝は掣肘せいちゅうを受けた。


 なお、各領邦の差配は帝国基本法の範囲内で領主に一任され、何れの領邦も君主制、あるいは寡頭制を採用している。


 貴族に重きを置かないヴォイド・シベリアとて、十賢人と称する者達による寡頭政治なのだ。


 だが、領邦内で絶対的な権力を握る彼等領主も、不埒な暴君として振る舞うのは困難だっただろう。


 女帝と帝国基本法の枠組みに置かれていた上、自勢力圏の拡大を虎視眈々と窺う他諸侯の存在故にである。


 さらには功罪あれど、ラムダ聖教会という信仰の重しも、専制君主たる領主の軽挙妄動を防ぐ枷となっていた。


 かように、オビタル帝国とは総じて安定した体制だったのである。


 それ故、種としての制約を受けるまでもなく、共和主義などという古典的なイデオロギーを墓場より持ち出す者は現れなかったのだ。


 富と権利の偏在はあったがパンと水に困る事は稀であり、最底辺のオビタルとて自尊心を保てるようさらなる下等種が存在した。


 未だ地平を這うほかにない古典人類、ホモ・サピエンスである。


「まったく、共和制などと――下らんな!」


 ロベニカが鳴らしたカンパニュラの音色はEPR通信にて伝搬し、同窓のパープルロッジメンバーの脳内に響くと同時、彼等の郷愁を強く呼び覚ました。


 その結果、帝国葬当日、喪に服する為に休日となっているにも関わらず、ヴォルヴァ幼年学校を見下ろす高台に何名かがつどったのだ。


 ロベニカ自身もフェリクス行きを諦め、こちらの所用を優先させたのである。


 三日前にフェリクスから入った情報により、ヴォルヴァ幼年学校の重要性と懸念が高まっていた。

 

「ホント。でも、あの老闘士らしいと言えばわね」

「授業中に良く聞かされたよ」

「ええ――、ジェローム先生お得意の――」


 ここで何人かの声が重なった。


「血涙のバスカヴィ事件」


 遥か先々代のベルニク治世時代、相次ぐ失政に業を煮やした反政府系組織が、バスカヴィ地区にて武装蜂起したのである。


 体制転覆を企図する程のものではなかったが、武装蜂起を鎮圧した後にベルニク領主は、思想統制を強めるべく憲兵隊と密告を大いに活用した。


 また、教育機関への圧力も高まり、中でもヴォルヴァ幼年学校などの名門校は、さらなる保守主義の徹底が求められ、軍と治安機構の厳しい監視下に置かれたのである。


 つまりは、先代エルヴィンの治世が始まるまで、ベルニクでは大いに強権的な支配体制となっていたのだ。


 後年、穏健派領主エルヴィンによって、憲兵隊の権限が著しく制限された点については以前述べた通りであるが、併せて教育機関に対する政治介入も多分に抑制的となっていた。


 理性的で控え目な専制君主とは、大方の局面において、浮薄な大衆に選ばれた指導者に優るという証左だろう。


「折角、念願の学校長になったというのに――反政府どころか共和制とは!」

「ご両親が悲惨な末路を遂げたのも原因の一つでしょうね」

「ふん」


 名門ヴォルヴァ幼年学校に対し、青鳩あおばとの影響力工作が及んでいる――。


 特務機関デルフォイより、注視すべき情報が上がって来たのは一年前の事だった。


「しかし、生徒達まで巻き込むとは、真に度し難い」

「教育者の片隅にも置けんぞ」 

「いいえ――。正確には、一部生徒達の動きを見逃しているに過ぎないわ」


 公平性を期すべくロベニカは訂正を入れた。


「けど、ロベニカ。私達が学校長に是正措置を申し入れて――なんて迂遠な方法より、統帥府なり治安機構で締め上げちゃった方が早いんじゃないの?」

「――それは――難しいのよ。現時点では」


 統帥府としても状況を軽視してきた訳ではないのだが、エルヴィン・ベルニク治世から続く教育機関に対する政治的配慮が二の足を踏ませ続けていた。


 尚且つ、学校長ジェローム・ヴァレンヌは過激な行動に及んでいる訳ではない。


 青鳩あおばとに感化された生徒達の集会や、他生徒に対する勧誘活動を黙認しているだけの事である。


 少なくとも、今日までは――。


「でも、いよいよ見過ごせない状況になって来たの」


 現在の状況を複雑にしているのは他にも事情がある。


「ただ、そこはまだ詳しく言えない。ごめんなさい」


 ロベニカが頭を下げると、旧友達は右手を差し出して互いに重ねた。


「謝るな。我等の友情は永遠とわだろう」


 誰もが少しばかり童心に還り、心に湧き立つものを感じていたせいか、歯の浮くような台詞も場に馴染んだ。


「これだけの人数が揃ったなら学校長への申し入れを長引かせるなどお手の物さ。後は、君の好きなだけ――」


 ロベニカも右手を差し出して、彼等に重ねた。


「――動け! ベルニクの為に」


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★ベルニクにおける思想犯の取り締まりについて


[起] 28話 秘密の部屋。

https://kakuyomu.jp/works/16817330648495045364/episodes/16817330649742389628


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