28話 秘密の部屋。
「くっそ、ここどこだよ?」
オリヴァーと鉢合わせになるのを避けるため、行きとは異なる通路に入ったテルミナであった。
歩くうちに、良く分からないエリアに入ってしまったようだ。
「広すぎんだよ。税金泥棒じゃねーか」
領主の住まい、そして統治機構としての機能を併せ持った建築物である。
家臣団及び陪臣達の執務室が有り、官僚組織の一部も担当官を敷地内に置いていた。
加えて、巨大な屋敷を支える使用人達の居住エリアまである。テルミナが迷い込んだのが、まさにそのエリアであった。
この時間帯、当然ながら使用人達は出払っており人の気配など無い。
そのため、道を尋ねようにも相手が居ないのである。
「ん?」
通路の先――T字路の壁面にある扉が、内側から開こうとしている事に気付く。
助かった、とテルミナは通路を駆けつつ相手に呼びかけた。
「おーい」
「え?」
扉から出て来たのは、家令のセバス・ホッテンハイムである。
先代から預かったキューブが破損した件について、ロベニカ達の責任を追求しようと出て来たところだった。
だが、ここでセバスは、唐突に現れた見知らぬ女に狼狽える。
彼の背後には、誰にも知られてはならぬ穴があるのだ。
元来が気の小さいタイプであった。
慌てて後ろ手に扉を閉めようとしたところで――、
「おっと」
テルミナは扉を閉めさせまいと、つま先を差し込んでいた。
「え、いや、し、失礼致しました。足を挟んでしまいまして――」
足を抜けるよう、少しだけ扉の隙間を作る。
だが、彼女の足は一向に動く気配が無い。
「ど、どうされましたか?」
セバスは一刻も早く扉を閉めたいと焦っている。
そんな様子を、テルミナは職業的な眼差しでジッと見詰めていた。
――怪しいぜ、このジジイ。なんか隠し事があんだろ。
憲兵とは、つまるところ軍内部を取り締まる警察である。
人の隠し事、ウソ、動揺には、ことのほか敏感になるよう訓練されていた。
――ガウスの野郎は、領主の周囲が騒がしいとか言ってたな。
――護衛にモグラもいるらしいし……。
――ひょっとして、コイツも?
一方のセバスは、色々な意味で震えあがっていた。
テルミナの袖で鈍く輝く
ベルニク軍憲兵隊――。
セバスの少年時代、領邦では反体制派勢力による武装蜂起があった。
小規模であったため、さほどの血を流す事もなく短期間に鎮圧されている。
だが、その後に訪れたのは、一般領民に対する思想的な締め付けであった。
多くの人々が、あの
先代エルヴィンの治世となり、憲兵の捜査、及び逮捕権は、軍関係者と軍関係者に対する犯罪に限られるようにはなった。
「あ、足をどかせて頂ければ――と」
その先代と約した秘密を、最大限の努力で守らねばならない。
全身の勇気を振り絞り、自身の希望を伝える。
だが、テルミナに通じるはずも無かった。
「や~だ。おじさまのお部屋見せてもらおっと。きゃは☆」
見かけによらず鍛えられている腕力でセバスを押しのける。
「お、お待ちくださいッ!」
悲痛な声を上げ扉を抑えようとするが、すでに遅い。
テルミナは扉を全開にして、セバスの部屋へと押し入った。
「何を隠してんのかなぁ――ああ?」
タイミングが良いのか悪いのか――。
今回も、トール・ベルニクが、穴から顔を覗かせていた。
◇
「仕事がひと段落しまして」
薄暗い通路を歩きながら、トールが頭をかいている。
「セバスさんを呼びに行ったんですよ。いやはや奇遇ですね、テルミナ少尉」
「――つうか、どこ行くんだよ?」
じゃあ一緒に行きましょう、トールから軽い口調で誘われ地下通路を歩いていた。
後ろを歩くセバスは、先ほどからずっと謝罪の言葉を述べている。
「次から次へと知られてしまい――このセバス一生の不覚でございます。これではエルヴィン様に――」
「いいじゃないですか」
トールは気にする様子も無いが、この先に隠された事実を知っているセバスは不安で仕方が無かった。
憲兵隊にアレを見られたらどうなるのだろうか?
「ふう、着きましたね。ではセバスさん、こちらへ」
地下通路は意外に広く、幾つかの角を曲がりようやく目的地に着いた。
成人男性の二倍ほど高さのある巨大な両開きの扉がある。
「面白い事に、二人揃うと――」
左側にトールが立ち、右側にセバスが立った。
両開きの扉が軋むような音を立て奥へと開いていく。
「――なんと開くんです!」
「バカみてーだな」
そう言いつつも、少しばかりテルミナも心が湧きたつのを感じた。
まだ彼女が幼かった頃、辛い夜に読んだ物語を思い起こす。
「お宝でもあんのかよ」
「ふふ、どうぞご覧ください」
二人の背後から、部屋の中を覗き込む。
「――こ、こいつは――!?」
大きな空間を有していた。
そこに数多くの棚が立ち並び、隙間なく書籍が収められている。
書籍など、先史時代からその価値を失っていた。
全てはEPRネットワーク上に揃っているのだ。
だが、テルミナの視線が釘付けになったのはそこでは無い。
両開きの扉から赤絨毯が真っすぐ奥に向かって伸びている。
その先にある壁面には、見間違えようのないシンボルが描かれていた。
サークル内に十字を持つ徴――。
「グノーシス」
帝国から見れば、それは異端の証しであった。
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