密談

 峰雄さんに案内されて、カフェの席に腰掛ける私たち。

 いつになくハイテンションな峰雄さんを見送り、メニューに目を通した。


「何にする?」

「うーん……アールグレイかな」

「ん、分かった」


 相槌を打つ傍ら、内心でやっぱり子供らしくない態度だと訝しむ。ハーブティーなんて、普通の小学生は頼まないだろうに。

 それだけ、私に心を許してるという事なのだろうか。取り繕うのを止めている、とも取れるが。


「峰雄さん、注文いいですか」

「はいは~い」

「アールグレイと、コーラを一つずつお願いします」

「あれっ!?」


 注文した瞬間、なんか瑠璃ちゃんがビックリした顔してこっち見ていた。そんな顔もできたんだね、ウケる。


「えっ、コーラ? なんで?」

「私、苦いの嫌いだし」

「そういう事じゃなくて!」


 じゃあどういう事よ。


「この流れだったら、雫ちゃんも大人っぽいもの頼む感じなんじゃなくて!?」

「ごめーん。私ってば子供だから、難しいこと分かんなーい」

「とぼけるにしても、もうちょっと可愛くやろうよ!? 真顔は無いよ!?」


 まぁ、私も真顔は無いなと思った。


「あらあら、仲良しなのねぇ」

「唯一ぬにの親友です」

「あれ!? そんな深い間柄だったっけ!? っていうかぬに!? 無二じゃなくて!?」


 なんか可愛いでしょう、語感が。


「うぅ……雫ちゃんと居ると、ペースが乱される……」

「ツッコミの才能あるよ、瑠璃ちゃん」

「嬉しくなぁい!!」


 ま、私はボケとツッコミが両方できるオールラウンダーだがな。相方によって変幻自在に変えられるのだ。


「うふふ、それじゃあコーラとアールグレイね。待っててちょうだい、すぐ持ってくるわ」

「ありがとうございます」

「……水もください」

「は~い」


 これから本命の話をしようというのに、瑠璃ちゃんは既にぐったりしていた。

 ツッコミって疲れるよね。分かるよ、うんうん。


「……真面目な話をするために呼んだんじゃなかったの?」

「もちろんそうだよ。だから今のは前座」

「……前座で体力が尽きるところだった」


 そこは本当に申し訳ない。でも、結構ノリが良い瑠璃ちゃんにも責任はあると思う。

 という訳で、ここは喧嘩両成敗という事で手打ちにしよう。うむ、それがいい。


「じゃあ、さっそく本題に入ろっか」


 少しだけ身を乗り出して距離を縮めると、ピリッとした緊張感が辺りに張り詰めた。俗に言う、空気が変わった、というやつだ。


「昨日の放課後、どこで何してたの?」

「…………」


 牽制もせず、ド直球の火の玉ストレートを投げ込んで見る。

 まずはこれで様子見だ。

 様子見で投げるボールじゃないような気もするけど、そこはほら、攻撃は最大の防御って言うじゃん。


「……やっぱり、昨日後ろからコソコソ付いてきてたのは雫ちゃんだったんだ」

「あ、バレてたんだ」


 これは予想外。

 尾行中、瑠璃ちゃん一回もこっち見てなかったから、気付かれてないと思ったんだけどな。


「じゃあ、そのまま待ち合わせ場所に行ったのはわざと?」

「……まぁね。お得意様だから、ドタキャンする訳にもいかなかったし」


 それは悪いことをした。

 でもあの優しそうなおじさんがお得意様かぁ。やっぱり萌葉ちゃんの言ってた通り、男って皆ケダモノなのかもしれない。


「瑠璃ちゃんが大学生とお付き合いしてるって噂があってさ。それを確かめるために尾行したの」

「……それは嘘だよ。クラスの子たちを煙に巻くため、私が流した嘘」


 そんな気はしていた。パパ活をしているなら、まともなお付き合いをしている時間など無いはずだから。

 まぁ、その大学生が瑠璃ちゃんにパパ活しろって命令するような鬼畜だったなら、話は少し変わってくるが。


「……それで、どうするの? 学校に報告する?」

「そんなことしないよ。私にメリットが何も無い」

「メリットが無くても、他人を貶める為だけに動く人も居るよ」

「それは否定できないね」


 世の中には、他人の泣き顔だけで飯が食えるという精神異常者がたくさん居る。

 私をそういう輩と一緒にされるのは業腹だが、瑠璃ちゃんの気持ちも分からなくはない。


「うーん、じゃあこうしよう」


 今のは瑠璃ちゃんは、言うなれば首筋に刃物を添えられている状態。私の意思一つで、いつでも自分は殺されるーーと、思っている。

 だから、その不安を取り除いてあげねばならない。


「私の秘密も見せてあげる。これで、おあいこ」

「秘密?」


 言うが早いか、私は学校の制服を上だけ脱ぎ捨て、黒いインナー姿になる。


「ちょっ!?」


 唐突すぎる奇行に、瑠璃ちゃんが身を乗り出して手を伸ばしてくる。

 だけどもう遅い。袖から腕を引き抜き、インナーの首部分から生身の腕を出した。


「っ……!?」


 瑠璃ちゃんの息を呑む音が聞こえてくる。その視線は、まっすぐに私の腕へと注がれていた。


「…………」


 瑠璃ちゃんは喋らない。

 目の前に晒された人間の狂気に、言葉を失っているのだろう。


「これが、私の秘密だよ」


 手首から肩にかけて、びっしりと付けられた生々しい傷跡。

 腕だけで五十針は縫っている。全身となると数えたくもない。

 それ程までに凄惨な、およそ小学生とは思えない肢体。


「凄いでしょ」


 これはすべて、あのクソ両親から付けられた傷跡。

 愛のムチだとか、訳の分からない言葉を並べ立てて行われた、残虐非道な虐待の証。


「……惨い」

「あはは、そうだねー」


 我ながら酷い体だと思う。これじゃ瑠璃ちゃんのようにパパ活すら満足に出来やしないーーする気もないけど。

 再びインナーと制服を着込みながら、青い顔をする瑠璃ちゃんに笑いかける。


「私の秘密も、瑠璃ちゃんにあげるね」


 これで、私の首にもナイフが添えられた。一蓮托生、呉越同舟だ。

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小学生だって恋がしたいっ! 九龍城砦 @kuuronn

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