相談
人間は所詮、他者を食い物にすることでしか生きられない生物だ。
食物であれ、人間であれ、心であれ。
全てを悉く食い散らかして、明日への命を繋いでいる。
だからこそ、私は食べるという行為が嫌いになったのだ。
食べるという行為こそが、人間の獣性の証明であるから。
いつか人間がその獣性を捨て去り、完璧な生き物になった時。その時こそ、私は人間を好きになれるだろう。
神様。
どうか、どうか。
私に、この醜く、愚かで、儚い生き物を愛せる権利をください。
心の底から、人間をーー康太を愛せるようにしてください。
◇◆◇◆
次の日。
無事、何でもない一日が始まったことに安堵しながら、ベッドを降りる。
「ふぁ……」
朝ごはんを作り、一緒に食べ、ランドセルを背負って登校する。
「おはよー!」
「おはよう」
萌葉ちゃんと合流し、学校へ到着し、教室へ行って授業を受ける。
「それでね、昨日お姉ちゃんがね〜!」
「はいはい」
給食を食べ、午後の授業を受け、下校時刻になる。
「……さて」
ここからが本題だ。
私は意を決して、人だかりが出来ている机の方に向かう。
「あの、ちょっといいかな」
人だかりの外から、中心にいる人に向かって声を掛ける。
すると、羽虫のように群がっていた女の子達は、冷ややかな目で道を開けてくれた。
お気遣いどうもありがとう。
「あ、雫ちゃん。こんにちわー」
「こんにちわ」
「そっちから話しかけてくれるなんて珍しいね。私になにか用事?」
「うん、ちょっと……二人っきりで話がしたくて」
私がそう言うと、周りがにわかにザワついた。
そりゃそうだろう。かたや最近転校してきた謎の美少女、かたやクラスの人気者の完璧美少女。
そんな二人が内緒話をしたいなんて言い出したら、そりゃあ騒がしくもなるってもんだ。
「ん〜……いいよ。行こっか」
「あっさり」
「なーに? 駄々こねて欲しかったの?」
「ううん。面倒が少ないのは良いこと」
やっぱり、瑠璃ちゃんは子供っぽくない。話し方とか、立ちふるまいとか、およそ全てが小学生らしく見えない。
ま、私が言えたことじゃないけど。
「というわけでゴメンね皆! 今日は一緒に帰れなくなっちゃった!」
両手を合わせて、周囲の取り巻きに謝る瑠璃ちゃん。周囲からは不満の声が上がるが、それも一時的なもの。
瑠璃ちゃんが『今度いっぱいお話しようね』と一人ひとりに言い含めていけば、不満はすぐに収まって、取り巻き達は教室から出ていった。
凄いな、コレがカリスマってやつか。
「さ、行こっか。どこでお話する? やっぱり図書室?」
「私の知り合いに、カフェを経営してる人が居るの。そこで話そう」
「わ~お、雫ちゃんって結構ヤバい人?」
「そのヤバいにどんな意味が含まれてるのかは知らないけど、私はただの小学生だよ」
ただちょっと大人びてるだけの、ごく普通の小学生だ。
◇◆◇◆
「わ~、オシャレなカフェだね!」
「でしょ?」
電車を乗り継ぎ、数十分かけて峰雄さんのカフェに到着する。
紅い外観の、情熱感を感じるオシャレなカフェだ。
「ここ、ホントに雫ちゃんの知り合いが経営してるの?」
「うん。お義兄さんがオーナーなんだ」
カフェの名前は、
その外観に恥じない名前となっている。
「ところで、こんな遠くまで来ちゃって親御さんに怒られない?」
「あー、大丈夫。ウチの親、私に興味ないから」
そう言って、何でもないように瑠璃ちゃんは笑って見せた。
なんて綺麗な笑顔なのだろう。まるで造り物のようだ。
「…………」
対する私は、真顔で瑠璃ちゃんを見つめていた。推測が確信に変わったからだ。
やっぱり、昨日見たあの光景はーー
「そんなことより早く入ろ。話す時間無くなっちゃうよ」
「そんなに早く無くならないよ」
まだ午後三時半だ。このカフェが閉まるのは午後八時。まだまだ十分な時間がある。
「おじゃましま~す」
「おじゃまします」
早足で扉を開けた瑠璃ちゃんに続くように、私もカフェ・ヒイロの扉を開けた。
「いらっしゃい。あら、可愛らしいお客さんね」
するとカウンターに立っていた峰雄さんが出迎えてくれた。
相変わらずの重低音ボイスだ。外見が女性らしいだけに、ギャップが凄い。
「あら、雫ちゃんじゃない! いらっしゃ~い! 康太は一緒じゃないの?」
「今日は私だけです。代わりにお友達を連れてきました」
「は、初めまして」
峰雄さんの圧に少しだけ押されながら、それでも瑠璃ちゃんは可憐に挨拶を決めた。
うん、始めてみたら戸惑うよね。私もそうだったもん。
「初めまして〜! 私はカフェ・ヒイロのオーナー、ミーネよ! よろしくね〜!」
「何キャバクラみたいな偽名使ってんですか峰雄さん」
「キャ〜! こういう場面では本名で呼んじゃダメなのよ、雫ちゃん!」
「うぉう……」
峰雄さんのハイテンションっぷりに、瑠璃ちゃんが何とも言えない顔になっている。
うん、分かる。キャラ濃いよね。分かるよ、うん。
「……うん、大丈夫。イケるイケる」
「何が」
何がイケるんだ。怪しい発言をしないでください、金髪碧眼小学生。
「それより、適当なとこに座っていいですか? 密談がしたいので」
「イイわよ〜! 角っこの目立たない席に案内してア・ゲ・ル♡」
「……ごめん、やっぱイケないかも」
だから何がだ。
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