第六話 旅は道連れ

 アリシアが何か物思いに耽っている所、半魚人、マーマンに襲われている人を発見した。

「いくぞ。アリシア。」

「はい。」

 短く会話し、刀を抜いて走り出す。

 手で軽く合図し、自分は右から。アリシアは左から斬りかかる。

 全部で三体。

 そこまで多いわけではないが、新大陸のマーマンということもあって、警戒してかかった。

 しかし、その必要もなかったようだ。

 二人で二体の心臓を貫き、アリシアがで三体目の頭にナイフを投げ、膝から崩れ落ちた。

 返り血を浴びると面倒なので、最小限に抑えるためにある程度避けた。

 その後、アリシアに背を向けて聞いた。

「背中に血ついてないか?」

「一、ニ、三、四滴ですね。」

 自分の背中に付いた血を数えてアリシアが言う。

「マジか。」

 魚類の血はマジで臭いから嫌だったんだが…。

「あ、あの…。」

 と、目の前の少女が話しかけてきた。

 さっきの悲鳴の主だろう。

 声をかけられた方に目を向けると、アリシアとはまた別のベクトルの美少女がいた。

 そういえば、アリシアの外見にあまり触れてなかったが、白髪ボブカットに白い肌で、どこか大人びた印象を受ける。

 対して、彼女は薄い水色のロングヘアーで少し垂れ目で幼い印象だ。

「…助けていただいてありがとうございます。」

 彼女の今の状況を知るために質問する。

「名前は?なんでこんな所に一人でいる。」

「…私、仲間と逸れてしまったんです。名前は

レイ・ワグネル。16歳です。」

「どこで逸れた。」

「洞窟のひらけた所ら辺でしょうか?」

 かなり曖昧だ。

 しかし、洞窟に開けた場所なんてほとんどないので、さっきフルボッコにされた所だとわかる。

 上層まで送ってもいいが、水分や食料…はなんとかなるかもしれないが、一番の懸念点は時間を食われるという事。

 マーマンに勝てないほどに戦闘ができず、上に行きたいのに下に来ているところを見ると、正直時間的にきついところがある。

 どうしたものかと、頭を悩ませている所、アリシアが言った。

「あなたには、この人に一生ついて行く覚悟がありますか?」

 え?なんでそうなった?

 即座に訂正する。

「…そこまで深く考えなくていい。ただ、ついてくるかの選択は任せる。俺たちの目的は下層に行く事だ。しかし、君の行きたい場所は上層だろう。だから、状況にもよるが下層に行く覚悟は必要かもしれない。一生とまではいかないが。」

 そうすると彼女は悩みに悩んだ末、付いて行くと言った。

 キャンプを設営し直して、焚き火で鍋を煮込みながら、

「絶対に足手まといにならないでくださいね。」

 と冷たくアリシアが言うと、彼女はコクっと小さく頷いた。

「……よし!特訓に行きますよ!鍋、任せます!」

 アリシアはそう言って、アルミ製のおたまを雑に手渡し、レイの手を掴み走っていった。

「変なのにあったらすぐ逃げろよー。」

 しかしアリシアのことだ。

 特訓といっても、上級からやる気じゃないよな。

 下手したら死ぬぞ?

 心配になって、少し覗いてみたらきちんと初級からやっていた。

「鬼モードのアリシアに良心が…。」

 こっちに気づいたアリシアが、微笑みかけているのに、なぜか身震いしてしまった。

「綺麗な花にはなんとやら……。」


 鍋の前に戻ってシチューを混ぜていた所なんか足の長いムカデ…いやゲジゲジがいた。

 にしてもデカイな。全長2mはあるんじゃないか?

 どうしようか考えていた所、紅茶でも飲もうと沸かしてあったお湯をかけた。

 …どうやら絶命したようだ。

「これは……キモいな。」

 知ってた事だが、足が胴体と切り離されて、地面にくっついたままだ。

 食欲が失せて、その日は晩飯を食べられなかった。特に足の断面がヤバい…。

 今日は量が多い!とアリシアは喜んでいるようだった。


 眠気が増してきた頃、アリシアが懐中時計を眺めながら言った。

「今、朝7:00みたいですね。休まれてはいかがですか?」

 なるほど、もうそんな時間か。

 それで旧大陸で働いていた時のような気持ちになったのか。

 朝帰りがほとんどだったのは、今やいい思い出…なのか?

「ん〜、おはようございます。」

 レイが簡易テントから、目を擦りながら出てきた。

「朝練の時間です。」

 アリシアはレイに、干し肉を渡して木剣を持たせ、連れて行ってしまった。


 朝ご飯にお粥を作って、訓練終わりの2人に手渡し、座りながらアリシアに尋ねた。

「修行は順調か?」

「はい。今は中級の序盤ですね。」

 これは驚異的なスピードで、通常なら初級の訓練は基礎である体を作るため、3ヶ月という時間を要する。

 しかし、どうやら初級回復魔法のヒールを駆使して、筋肉細胞を壊しては回復し、壊しては回復しを繰り返したようだった。

 一晩で。

 つまり、上級と同じくらい危険だ。

「何やってんだ。」

 というような言葉しか出てこなかった。

 だが、訓練の甲斐あってか、筋肉はそれなりについているようだった。

「ワグネル、大丈夫か?」

 多少呆れ気味に聞くと、

「はい。アリシア師匠のお陰で、この先もついて行けそうです。」

 と、答えた。

 そういうことではないのだが、まぁいいか。

「そういえば、あなたはなんて名前なんですか?」

…突然に聞かれて口籠る。

「…残念だが名のれるような名はないな。」

 そう濁すとアリシアが、

「はい、パッパと食べる。」

 とレイに言った。

 その同時にお粥を全て流し込んで、しばらく噛んでから一気に飲み込んだ。


 テントを片付けて、更に下に降りてゆく。

 人間の気配がして、全員岩陰に隠れる。

 

 どうやら、俺をフルボッコにしてくれた奴らのようだった。

「レイのやつ、どこ行きやがった。先生に責任持って見つけてこいとか言われたけど、んなの知るかよ。あいつが勝手にどっか行っただけだよな。」

「だよなー。」

 バトルアックスの青年と、蜘蛛にとどめを刺していた青年が下まで降りてきた。

 正直ここで、彼女を引き渡してもいいのだが、と思い彼女の方に目をやると怯えた様子で震えていた。

(おい、どうした。)

 小声でレイに話しかけてみても、返事はない。

(おい!)

 肩を揺すってようやく反応があった。

(すみません。取り乱しました。)

(どうした。酷く怯えた様子だったが。)

「おい!いたぞ!さっきのクソも一緒だ!」

 ッチ

 見つかりたくないタイミングで見つかった。

 少し遠くの水晶に写ってしまっていたようだ。

 前に作っておいたクロスボウを撃ってそこらへんの巣を刺激したところ、一斉に巣穴から虫が飛び出した。

「うわっキメェ!」

「クソが!」

 虫たちに火球を放っているのを横目に、更に奥に進んで行く道を全力で走った。

「これじゃ死刑囚待ったなしだな。」

 あんな力を持つやつの仲間を連れ去るなんて、ただの大馬鹿者だ。

 最近では簡素だが、銃なる物が出てきて王国等は更なる力を付けつつある。

 あいつらが国に協力を仰げば、俺を指名手配犯にすることなんて造作もないだろう。

 下手すれば軍人を派遣しかねないだろうな。

 大体の国は、人口増加のお陰で人的資源に困ってないだろうからな。

 そして、それは人生の終了を意味する。

 ふとレイの服に目を向けると、肩の辺りに小さく、あいつらと同じ紋章があった。

 その下にデルード王国と書いてあった。

 完全に彼らから逃げ切るために、パルクールのような軽い身のこなしで岩から岩へ飛び移りながら酸素濃度が低くなってきたくらいのところまで、一気に降りていった。

 そこら辺までくると、彼らは追ってこなくなった。

 自分とアリシアは、上級訓練をこなしていたからあまり問題はなかったが、中級の序盤までしか訓練をできていないレイは苦しそうだった。

「大丈夫か?」

「…はい。」

 と、息苦しそうに答えた。


「ここらで一休みしましょうか。」

 と、アリシアが提案したのは歩き始めて4時間後のことだった。

 その提案に頷いて、荷物を下ろす。

 レイの顔は青ざめていた。

 周りを見渡すと、続いていく道の中にはクモの巣がびっしり張り巡らされていた。

 火球を手につくって、その道に放つ。

 とたんに燃やされた巣から、米粒のような子蜘蛛が数万匹と洞窟の壁の隙間に入っていった。

「どうしたんですか!?」

 アリシアが急いで走ってきた。

「あぁ、心配ない…とは言い切れないが、セドゥクティアの様な子蜘蛛が巣を作っていた。」

「ですが、幼体にしては小さいですし、色も独特。亜種…でしょうか。」

 亡骸をつまみながらアリシアが言う。

 どうにも気がかりだ。

「ワグネルにも、セドゥクティアのことを伝えておいてくれ。」

「了解しました。また、クモの巣を調べておきますので、なにか情報を得ることができた場合、報告に参ります。」

「あぁ。」

 たぶんアリシアは軍人に向いていると思う。


「ここに二日滞在する。アリシアはともかく、レイは肺活量や体力が圧倒的に足りないためここで集中訓練を行う。」

 酸素の薄い洞窟内で、二日間訓練することにした。

 理由としては、これ以上下に行くとレイが酸欠か、体力不足で死ぬ。

 二つ目は、不透明な情報の敵への対応力を高めるためだ。

 まぁ、平たく言えば戦力強化。

 一日目は、痛みに慣れるため五感を研ぎ澄ませる魔法を使った後、魔力不足を起こす訓練を行なったり。(体内の魔力が一定量を下回ると、生物の反射で常に発動されている薄い防御壁が解除される。よって、空気中の魔力によって皮膚や、内蔵が傷つけられ激痛が走る)

 他には、剣術を二人で指南して、自分とアリシア交互に木剣で勝負したり。

 修正点があるときは、集中的にそこをせめて自分で考えさせる。

 そんな訓練を、午前12時から午後10時までぶっ通しでやった。

 レイが就寝したところ、テントではアリシアがヒールをかけて傷ついた内蔵の修復や、筋肉の超回復を行っていた。

 自分は、あたりの安全確保に勤めていた。

 時々役割を交代でやったりもした。

 次の日は、近くの海水溜まりでステンレスフルプレートの甲冑で着衣水泳。

 テントの骨組みにも使える便利物。

 潜水時間13分くらいは昼くらいにできるようになっていた。

 元々ここは酸素が薄いため、昨日の訓練でもかなり肺活量が上がっていた様子だった。

 横でアリシアは27分潜っていたが…。

 若いってすごいな。

 泳いだあとは、水の中で戦闘をした。

 抵抗があるので、剣で物を切るのは非常に難しい。

 そのため、できるだけ無駄な動きをせず、効率のよい動作で切りかからなければならない。

 そして、海水なので目が使えないということは、空間把握を耳と水の流れでしなければならない。

 あとはそれを昼までやって、訓練終了。

 その後、ヒールで体の傷を治し、晩飯の準備に入った。


「今晩は、モモ肉です。」

 アリシアはそう言いながら、もうお馴染みみたいな感じで虫の足を差し出してきた。

 レイは虫を見るや否や、顔をしかめて言った。

「そんなものよく食べられますね。」

「あなたも食べられるようになってください。」

 アリシアがすかさず言った。

「師匠。流石にこれは無理です。」

「そうはいきませんよ?そのうち干し肉も無くなってしまいますから、今のうちに食べて慣れておいてください。」

 アリシアはレイに虫の足を差し出して言った。

 10分に及ぶ説得の末、渋々手に取った。

「助けてください…。」

 レイは足を差し出してきた。

「無理。」

 俺もキツイんだ。

 勘弁してくれ。

「どうぞ、召し上がれ。」

 アリシアがそう言って、虫を追加で持ってきた。

「お前…虫好き過ぎるだろ…。」

 と言うと、彼女はそういうわけではない、と一応否定していた。


 次の日


 懐中時計を頼りに目覚め、テントをたたみ歩き出す。

 自分たちも少し息苦しくなってきた頃、洞窟内の水溜まりや川が増え始めた。

「読み通りですね。」

 アリシアが隣で言う。

「気を抜くな。」

 そう言うと、彼女らは同時に頷いた。

 その途端、闇の中から嫌な気配を感じ取り、刀を構える。

 彼女達も同時に構える。

 そして、自分たちは想像を遥かに超える化け物に遭遇する。

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