番外編1 憧れ
ある日、私の世界は彩られた。
それは、小さい頃に誰もが耳にする英雄譚。
でも、私はそれを初めて聞いた時に、虜になってしまった。
たまらないくらいに愛おしく、いつか同じ景色を見て、英雄達のような華々しい旅をしてみたいと夢見た。
だが、現実は非常だ。
いつも訓練やら勉強やらと、そうやって退屈な日々が過ぎていくばかり。
「英雄譚の主人公は、今頃旅に出てるのにな…。」
そんな感じのことを親の前で呟くと、いつも説教をされていた。
8年経った今でも昔と変わらず、旅に憧れを抱いていた。
8歳の頃から大切にしている英雄譚を眺めながら、ボーッと外を眺める。
広い庭では、庭師が草を刈っていた。
こちらに気づくと、ペコリと頭を下げて仕事に戻る。
時計を確認すると、そろそろ親が王都に向けて出発する時間が迫っていた。
外していた第一ボタンをかけて、ピシッとした紺色のベストを着る。
動きやすいスカートが捲れているのを直して、ドアを開ける。
馬車の前で、乗る準備をしている母親と父親に話しかけた。
「もう出発ですか?」
「えぇ。見送りありがとね。」
と、母は私に微笑んでくれた。
次は父が話しかけてきた。
「アリシア。私たちが王都に行っている間、きちんとした生活を心がけるんだぞ。」
「はい。お気をつけて。お父様。お母様。」
礼儀正しくそう言うと、2人は少し遠い目をした。父が、
「行ってくる。」
と、一言。
私も言葉を発そうとしたが、すんでのところで言葉が詰まった。
そして、馬車の扉は閉まり、遠くなっていった。
門の手前で、言おうとしていたことのメモをくしゃくしゃにして、放り捨てた。
そして、領地内の村に顔を出すことにした。
どうやら、ウィースマーという村で何か問題が起きたらしい。
救いの手を差し伸べるのも、貴族の役目だろう。
そんな思考をしながら、馬を湿地近くに走らせる。
「ここか…。」
馬小屋に馬を預け、そこら辺を歩いていた釣り師に話しかける。
「そこの釣り師。聞きたいことがある。ここらへんの変な噂を知らないか?」
すると、男は明らかに悪い顔をして言った。
「ん?あ〜何だったかな?銀貨5枚くらいあれば思い出せそうなんだがな〜?」
そんな事だろうとは思ったが、馬鹿らしい。
「はぁ。ほら、満足か?」
「オモイダシター。そこらの女子供が海の方で変な影見たって言ってたな。」
「そうか。どこだ。」
すると、男は村から降っていく方を指差した。
ある程度村から離れると、微かながら殺気を感じた。
「この殺気の主が、例の影ってところか。」
腰の後ろ側に据えてあったナイフを抜く。
あたりを警戒しながら一歩一歩、慎重に歩く。
だが、海が見えてきた頃で首に衝撃が走り、記憶が途切れた。
そして、次に目が覚めたのは、薄暗く照らされた洞穴だった。
壁に磔にされていて、服装は下に着ていたシャツとショートレザーパンツのみになっていた。
すると、洞穴の出口の方から足音が聞こえた。
私のナイフを手に持って、村を出た時とは比べ物にならないくらいの殺気を感じた。
全身泥に、覆われているような見た目で、目のような物は赤く光っている。
顔の輪郭をもはっきりしない。
これでは男か女かの区別もできない。
いきなり、右上腕部に痛みが走る。
奴がナイフを投げてきたようだった。
かすり傷程度だったが、刃の手入れを怠っていたせいか、切傷が綺麗ではなかった。
そのため、痛みが激しい。
「いッッッ!」
こんな事なら、来るのではなかったと後悔する。
だか、そんなのはもう遅い。
こんな時に英雄が助けに来てくれたらな。と、なぜか思ってしまっていた。
「がッッ!あぁ。」
何の恨みか知らないが、奴は全力で腹を殴ってきた。
意識が飛びそうだ。
次は太ももにナイフが突き刺さる。
そして、下に向かって張り切られたナイフは血で真紅に染まっていた。
ふと、床を見ると血溜まりができ始めていた。
すると、奴は這いつくばって血を舐め始めた。
ゾッとした。
血を飲み終えた化物は、勢いよく私の顔を殴った。
闇に引き込まれるような感覚に襲われる。
次に目が覚めたのは何日後のことかわからないが、男の人が私の顔を覗き込見ながら言っていた。
「おい、生きてるか。」
と、
言葉を搾り出そうとする。
「あ、あぁぁ。」
喉が痛い。
意識がはっきりし始めるにつれて、痛みが増していく。
どうやら、私が寝ている間にも奴に殴られたりしていたようだ。
喋れない私の様子を見て、男は喉にヒールをかけて、水を飲ましてくれた。
そして、言葉を発する。
「助けて。お願い、あいつを…殺して。」
一拍おいて彼が言う。
「なぁ、あんたはここら辺にある村の者と関係のある者か?」
「えぇ…そうよ。」
体が寒くなってきて弱々しく答える。
彼は一歩私から離れて、刀を構え、そして私の手首と手足にあった拘束具を切った。
それと同時に、私は崩れ落ちた。
そこからは、記憶がほとんど無い。
次の記憶は、宿屋で医師が診断の結果を説明している所だった。
「特に異常ありません。とても腕の立つ術師さんか、医師の方に治療をしてもらえたようですので傷も残りませんよ。」
と、優しく言っていた。
その説明相手は、王都に行ったはずの私の親だった。
私の目が覚めたことに気がついて、父と母は、私に抱きついてきた。
「心配したのよ。4日前にはこっちに手紙も来てね、アリシアが行方不明だって。それから兵を出したり、冒険者達に声をかけたり。でも、無事に戻ってきてくれてよかったわ。」
父が続けて言う。
「本当に良かった。民の役に立つのは統治する人間の仕事だが、もうこれからはこんなことはするなよ。アリシア。」
二人とも目尻に涙を溜めてそう言った。
だが、私は母親達には謝らなければいけない。
なぜなら、私はたった今「憧れ」という恋に落ちてしまったから。
この世界で、たった一人の強き者に。
次の日、その村の前で荷物整理をしている彼を見つけた。
そして話しかける。
「もしよければ私も連れて行ってくれませんか!」
と。
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