第60話 秋の行楽
# 秋の行楽
ドライブインを出立したツーリンググループと記者。
バイクと商用軽バンは旧道を渓谷方面へと走っていく。
旧道の木々は鮮やかに色づき、時折極彩色の葉っぱが舞い落ちる。
木々の隙間から顔を覗かせた空は透き通るようなパステルブルーで、秋の行楽には素晴らしい日和だった。
少し行ったところに片側交通規制の看板があり、そこから更に進んだところで、警察車両が左車線を封鎖していた。
商用バンが規制の直前に停まると、警察官が停まらずに先へと進むよう促すが、記者は涼しい顔で言い放った。
「雑誌記者だ。
大森さんに話を伺いに来た」
「また来たのか。バイク、追い越して先へ――」
「今度は彼らも仲間でね。
なあに直ぐ終わるよ」
有無を言わさずバンを降りた雑誌記者は、規制車線をずんずんと進んでいく。
ツーリンググループは規制を超えずに、車線の端っこを歩いてついていった。
下り坂の先にある急カーブでは、鑑識が引きちぎられたガードレールを調べていた。
ブレーキ跡はガードレールの直前からその先へ僅かに残るのみ。辺りは落ち葉に覆われていた。
そこで陣頭指揮を執っていた、大柄で、まるでヤクザみたいな強面の男が、雑誌記者の姿を見て顔をしかめる。
「今度は何の用だ」
「そう邪険にしなくても良いでしょう。
こちらはリストを提供した。
この件については協力者のつもりですよ」
「リストは元々こちらで入手していた。
捜査の邪魔をする奴は協力者とは言わん。
――で、後ろの連中は野次馬か?」
「偶然会った旅行者ですよ。
ああ、こちら大森さん。こんな見た目だけど組対の刑事だ。
――で、彼らと話していたら気になったことがあって。
もしかしたら慈悲心鳥は、標識や反射板を全部隠したんじゃないかって。
まずドライブレコーダーの映像、見せて貰えないだろうか?」
大森はため息をつきながらも、見たら帰れよと言って鑑識を呼び寄せ、映像データを持ってくるよう指示した。
「メモリーカードの規格が古くて映像の修復に時間がかかった。
だが、あまり多くは期待しない方が良い」
鑑識が持ってきたタブレット端末を大森が操作すると、画面に衝突前後の映像が映し出された。
映像はカクカクしていて、ノイズが多く暗所ははっきりとしない。なんとか映像としてギリギリ見られる程度の品質だった。
「でもガードレールの反射は弱くないか?
ほら。残ってるガードレールからすると、この辺りは反射板のはず――いやライトが当たってないだけか?」
雑誌記者がツーリンググループに映像を見せて解説したのだが、ガードレールの反射板が隠されていたことを証明するには、画質がいささか悪すぎた。
とてもではないがこの不鮮明な映像データを元に、慈悲心鳥の犯行を立証など出来ない。
「標識とか反射板とか、全部隠してしまったんじゃないかって考えたんだが、これだけじゃあ分からないな」
「そうであったらこっちの仕事も楽だがね。
生憎、谷底から不審な者は見つかってない」
「本当に? 見逃してるだけでは?」
雑誌記者の問いに、大森は不快感を顔に出した。
「こっちは捜査のプロだ」
「相手は殺しのプロだ」
雑誌記者の返した言葉に、大森は冷ややかな視線を向ける。
「いいか。
もしガードレールを何かが覆っていたとしたら、車にも痕跡が残る。
いくら相手がプロでも、谷底に落ちた車からその痕跡を消し去ることは出来ない。
仮に痕跡を消せたとしても、痕跡を消した痕跡が残る。
車には不審な痕跡も、痕跡を消した跡も無い。
理解できたか?」
雑誌記者は肩をすくめて、ツーリンググループに小さく頭を下げた。
「残念だが、空振りだったようだ」
若い女性がはにかんで返す。
「そうみたいですね。
まだ調査するんですよね?」
「ああ、僕はそのつもりだ」
「そうですか。
頑張って下さい」
若い女性も、流石にこれ以上付き合うつもりはないようだった。
だが真相が気になるという気持ちはなくせない。
「警察が違うっていうなら違うのでしょうね。
素人が考えるようなことは当然分かってると」
「そうとも限らないさ。
ともかく、慈悲心鳥が道路に細工をしたなら、誰かが目撃しているかも知れない。
その辺り、もう少し探ってみるよ。
付き合わせて悪かったね」
「いえ、こんなこと言ったら不謹慎かも知れませんけど、ちょっと楽しかったです。
雑誌の名前、教えて頂けますか? しばらく買ってみます」
雑誌記者は「しばらくと言わず毎月買って欲しいけどね」と笑いながら名刺を渡すと、若い女性は「ありがとうございます。検討します」と受け取った。
「まあ、良い暇つぶしにはなったよ。
そちらは調査頑張って。
我々はツーリングが目的なのでね」
壮年の男が言うと、雑誌記者の男は「道中気をつけて」と送り出した。
ツーリンググループは来た道を戻りバイクの元へ。
雑誌記者はまだ大森といくつか意見をやりとりさせていた。
「では行こうか」
バイクにまたがり、壮年の男がそう口にした。
しかしまだ、春日井はバイクのエンジンをかけていない。
彼女は落ちている葉っぱを1枚拾い上げて、空を見上げている。
「どうした?」
壮年の男が声をかけると、彼女は葉っぱをジャケットのポケットにしまい込んでヘルメットを被った。
「空が綺麗だったので」
「そうだな。
全く、絶好の行楽日和だ」
ツーリンググループは事故現場を出発し、旧道の先にある渓谷を目指した。
◇ ◇ ◇
一行は渓谷にある食堂で昼食休憩をとった。
渓谷の木々は色づき、一面鮮やかに染まっていた。
「全部隠しちゃった説、良い線いってると思ったんです」
昼食のキノコ蕎麦を啜りながら、若い女性が呟く。
それを壮年の男が笑い飛ばす。
「まだ言ってるよ。
探偵にはなれないな」
「そうですか?
筋は悪くないと思いますよ」
山菜蕎麦を啜り、口元を拭った春日井が横合いから口を挟んだ。
彼女の賛同を受けて、若い女性はちょっと面食らったようにきょとんとして尋ねた。
「春日井さん、興味なかったんじゃないですか?」
「なかったわけではないです。
プリンよりは低かっただけで」
プリンには勝てませんよね、と若い女性も笑う。
「でも車にもガードレールにも変わったものはないって言うんじゃ、隠されてなかったって考えるしか無いですよね?」
春日井はその問いにかぶりを振る。
「まだ可能性はありますよ。
変わったものではないもの。現場にたくさんある物で隠したんです」
「そんなものありました?」
「さあ、どうでしょうね」
春日井はとぼけるように答えて、ポケットから取り出した、鮮やかに染まった葉っぱを見せる。
それが机の上に置かれると、若い女性は素っ頓狂な声を上げた。
「あああああ! 落ち葉だ!
確かにあの辺り、妙に落ち葉が多かったです!!
これなら変じゃないし、後から回収する必要もないです!!!!
――どうして教えてくれなかったんですか?」
興奮する若い女性と対比して、すっかり落ち着き払った様子の春日井は、指先で落ち葉をくるくると回転させながら答える。
「昨日は雨が降った。
それで偶然張り付いただけかも」
「えー、そんな偶然あります?」
「そういう季節ですから。
それに、落ち葉が張り付いて居たとしてもガードレールや標識が無くなるわけではありません。
その桐山という人が注意深く運転していれば防げた事故です。
つまり――」
「つまり――?」
春日井の言葉に、若い女性だけではなく他のツーリング仲間も聞き耳をたてる。
彼女はそんな彼らの期待を裏切るように、至極真っ当な、当然のことを言い放った。
「結局は彼が飲酒運転をしていたのが最大の要因です。
だからこれは事故死。
飲酒運転による交通事故に他ならないんです」
殺し屋 慈悲心鳥 来宮 奉 @kinomiya
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