第6話

 落ちている。

 暴力的なまでの加速度が顔に叩きつけられて痛みを感じさせる。

 目を開けば、風が吹きつけ、すぐに閉じてしまいそうになる。


 それでも、目を閉じることはできなかった。

 ライゼの目の前に広がるものは、それほどまでに美しく、雄大だった。


 これまでライゼの世界は壁に囲まれた都市そのものでしかなかった。

 それが今、果てなどないようにどこまでも広がる大地がある。


「はは。すげえ」

「いや、そんなこと言ってる場合ですか!?」


 感嘆にむせび泣き笑うライゼにツッコミを入れたのはどうにかこうにかパッチワークに張り付いているカウティだった。

 風に吹き飛ばされないように大声で叫んでいる。


「このままじゃ、地面にたたきつけられて死ぬんですよ!」

「そうだったああああ!?」


 そう言われてライゼもようやく状況を正しく認識する。

 落ちている。

 それもシャレにならない高度から。


 このままではぺしゃんこになって死ぬだろう。


「そうだ、あんた準備が良い女って言ってただろ? なんかないのかよ!」

「ああ、そうでした。私、準備が良い女なんでした。きっと何かあると信じて……ってあるわけないでしょう!? あなたこそ、こんなことしでかしているんですから、何か準備してないんですか!」

「行き当たりばったりに決まってるだろ!」

「誇らしげにいうことですか、それが!」


 そんな無様極まりない言い争いを傍目に、ヴィリロスは自分自身の内側にわき上がる衝動を感じていた。


 外に出た瞬間。

 何に遮られることもない青を見た瞬間。

 今、風を全身に感じている、この瞬間。


 ヴィリロスは確かに感じた。


 飛びたい。

 飛べる。


「仕方ないな、ライゼは」

「ヴィリ?」


 ヴィリロスはすっと立ち上がった。

 たちまち、彼の身体が風に巻き上げられてパッチワークから離れて行く。


「何やってんだ、ヴィリー!!」


 叫んで手を伸ばすが遅い。

 彼の身体は遥か上にある。


 そして、次の瞬間、莫大な青が爆ぜた。


 瞳の中を巨大な影が通ってゆく。


 それは翼を広げたドラゴン。

 陽光を受けて煌めく大いなる伝説。


 空色の鱗が、黒曜の爪がきらりと輝き、ドラゴンの赤い瞳とライゼの空色の瞳が交差した。


「ヴィリ、なのか……?」


 ライゼの問いに頷いたドラゴンは、そっと落下するパッチワークを受けとめた。


「はは。すげえ、これが本当の姿か! かっこいいぜ、ヴィリ!」


 腕だけよりも、完全に変身した姿の方が何倍も美しいとライゼは思った。

 当然だろ、とでも言わんばかりに口角をあげたヴィリは、そのまま地上へ向けて高度を下げていく。


 地面に辿り着き、パッチワークを綺麗に置いたところでヴィリが元の姿に戻る。


「ふぅ……――って、うわあ!?」


 一息つくヴィリにライゼが抱き着いた。


「はは。ヴィリこの野郎! あんなに凄いなら先にやれよ! 完全に俺いらなかったじゃねえか!」

「いや、ボクだって無我夢中で、まさか飛べるだなんて思わなかったんだよ。翼があっても飛び方も知らないし、一度も飛んだことなかったんだ」

「なんだそりゃ。はは、でも見ろよ、ついてに来たんだぜ、外に!」

「うん、すごくきれいだ」


 ライゼたちが降り立ったのは、荒野の端。

 切り立った崖の上だった。


 そこから見えるのは広い世界だ。


 青々とした広大な森。

 天へと続いているかのような巨大な山脈。

 切り裂かれた大地に折れた巨大な剣が突き刺さる大渓谷。

 紫色に染まった湿地。

 キラキラと輝く青い宝石の海。

 遠くには深い雪に覆われた大地がある。


「よーし、まずはどこから行く?」

「ボクは、あの紫色のところが気になるかな」

「あそこかぁ。何があるんだろうな! オレはあっちのでっけー剣が突き刺さってるとこ!」

「すごいよね、どうやって作ったんだろ」


 これから先の冒険に心を躍らせるふたり。

 そんな彼らの背後で、カウティがゆらりと立ち上がる。


「任務執行! というか、私を都市に返してください!!」

「やっべ、逃げんぞ!」

「ああ、待ってよ、ライゼ!」


 即座にパッチワークを着込み、走り出すライゼ。

 ヴィリロスは、それになんとか飛び乗る。


「まーてえええ!」


 彼らの背後をカウティが追う。


「……ねえ、あの人から逃げる必要あった?」

「あー、なかったかもなぁ、でも執行部の人だしなぁ」


 ついつい反射で逃げてしまった。

 仕方ない、さっきまで追われる立場だったのだから。


「どうするの?」

「うーん、とりあえず、逃げてから考えるか!」

「まーてええええ!」


 前を行くふたりと追うひとり。


 どこまでも広がる世界に胸を躍らせながら、荒野を走る。

 今はどこまでも行ける。


「ふたりでどこまでも行こうな、ヴィリ」

「うん、ボクたちならきっとどこまでも行けるよ」


 ふたりは、自由だ。

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ドラゴンパンク・フリーブラッド 梶倉テイク @takekiguouren

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