第5話
天井を突き破り、ブルーシートを纏いながら勢いのまま上昇するパッチワークを出迎えたのは、澄み切った空気と埃っぽい八番街の匂い。
それから門出を祝うかのような陽光。
輝かしく澄んだ朝の空気を異形の
吹き抜ける冷たい風が、興奮を高めてライゼに叫ばせる。
「今から大穴開けてやるからなァ! ははは!」
壁に向かって指を向ける。
それをヴィリロスは半眼で見下ろす。
「ライゼ、うるさい」
「なんでお前はそんなこと言うかなー! 今、サイコーにノッてるところでしょうがー!」
「そういうのはよくわからない」
「なら、教えてやるよ。こういう時は叫ぶんだよ、心の底から思ったことをな!」
「……考えておくよ」
「よっしゃ。そんじゃ、いっちょぶちかまそうぜ!」
パッチワークで大通りへ着地。迅速にライゼはパッチワークを走らせる。
急がなければならない。都市管理委員会に気がつかれるまでそう時間はないのだ。
気がつかれてしまえば、カウティのような執行部が出てくる。
都市管理委員会の法を破った者を、彼らがどのように扱うかは兄の末路からライゼは良く理解していた。
だからこそ、急ぐ。
フルスピードで、わき目もふらず。
「おい、ライゼ、なにやって――」
仕事へ向かうおやっさんとすれ違う。
止まって何か言うか迷う暇も惜しかった。
「おやっさん! 今までありがとう! 俺、行くよ!!」
だから、すれ違いざまにそう言った。
パッチワークの巨大な駆動音で聞こえたかはわからないが、きっと届いたと信じるしかない。
「ねえ、ライゼ。あの人、ライゼの知り合い?」
「両親と兄貴が死んだ時に、俺を育ててくれた親みたいな人だよ」
「親……」
「お前はどうだ? 別れを言う相手はいんのか?」
「もういない。だから、大丈夫」
「そっか」
ライゼがしんみりしていると、ヴィリロスが警告を投げる。
「それより、前」
「は、前?」
前を見れば、そこには以前会った都市管理委員会執行部の女――カウティ――がいた。
カウティの視線は、まっすぐにライゼの上、ヴィリロスを見ている。
「見つけました。まさか、屋根壊れの少年が匿っていたとは。権限に基づき任務執行です!」
彼女はパッチワークの進路からトンッと、軽く飛びのくと、脇に置いてあった自身の重着へ向かう。
ライゼが使っていた作業用重着ではなく、軍用のすらりとしたスマートな白い装甲の重着だ。
一瞬にして起動した白重着が、通り過ぎたパッチワークを猛追する。
腰にマウントされていたアサルトライフルを警告もなく、迷うことなく射撃。
今の所当たってはいないが、何時当たるかわからない戦闘状態へとライゼたちを叩き込む。
ヒュンヒュンと真横や頭上を飛んでいく弾丸の音跡に都度、身が縮こまる。
「どわああああ、やべえやべえやべえ」
「ライゼ、うるさいよ」
「なんで、お前はそうも冷静なんだよ! 今、俺たちは執行部に追われてるんだぞ!」
「追いつかれなければ良い話でしょ。ボクがこれのエンジンになってるんだから、できるでしょ」
「その自信はなんなの。本当にあの怯えてた奴なの? 力持ったら、急に人が変わるタイプ? あと、これじゃねえよ、パッチワークだ」
「うるさいよ。良いからもっとスピードあげなって」
「はぁ、もうわかったよ!」
どの道、武器などないのだから逃げるしか選択肢はない。
相手が使っているのが、赤缶であろうともその残量には限度があり、出せる出力にも同様に限界がある。
それに比べてパッチワークの方には、都市動力炉そのものが載っている状態だ。
出力差は馬鹿にできない。
「軍用重着が追い付けない!?」
ぐんぐんとパッチワークとカウティの距離はひらいていく。
「いや、追いついて見せます!」
舐めるなと言わんばかりにカウティは、軍用重着の速度を上げる。
脚部モーターが焼け付く嫌な臭いと、赤缶が黒缶へ変わる時の黒煙が上がる。
そのおかげかカウティはわずかであるが、ライゼたちに追いついた。
しかし、長くは続かないことは計器を見ればわかる。
そしてカウティにとっては、それで十分だった。
「行きます!」
カウティはあろうことか、自分自身を重着の力でぶん投げた。
「はあ!?」
そんなバカな所業を前に、ライゼは驚愕する。
一歩間違えれば死ぬし、どう考えても届かない。
何をしているんだと、注視していれば――。
「私は準備が良い女なので、鉤縄くらい用意しているんです!」
どこから取り出したのか鉤付きロープをパッチワークにひっかけて、ついにはライゼらのところまでやってきてしまう。
「嘘だろ!? なんでそんなもん持ってるんだよ!」
「ふふん。私は準備が良い女なのです。さあ、違法重着を止めなさい」
「クッソ、こんなところで――なんて、諦めるかよ!」
「えっ、きゃあ!?」
止まるどころか逆にスピードを上げて、カウティのバランスを崩させる。
危うく落下しかけた彼女は、どうにかこうにか必死に左肩のライトに張り付いている。
しばらくの時間は稼げた。
そして、それは十分なものだった。
「行くぞ、ヴィリ!」
目の前に壁がある。
高い壁。
硬い壁。
この都市を護り、兄を嘘つきにした壁。
その壁にライゼは、高回転する右腕の巨大ドリルを当てた。
「くっ!」
感じる感触は硬い坑道の壁と同等か、それ以上。
それでも、まっすぐ壁にドリルを当て続ける。
「クッソォ!」
壁は少しも掘り進められている気がしない。
「無理ですよ。壁に穴をあけるなど。さあ、神妙に重着を止めなさい」
「嫌だね!」
「はあ、仕方ありません。こんなこともあろうかと用意しておいた重着拘束用の手枷で――」
またもカウティがどこからか取り出した巨大な枷にパッチワークが抑え込まれようとした。もうダメかと思ったライゼの背後からヴィリロスの声がした。
「伏せて!」
頭を下げれば、その上を炎が通り過ぎた。
「きゃあ!?」
ライゼはカウティの叫び声を聞くのと同時に、手ごたえを感じた。
顔をあげれば、炎がわずかに壁を溶かしている。
ほんのわずかなものであったが、パッチワークのドリルには十分であった。
ゴリッ、とドリルが入る。
「ヴィリ、お前」
「ドラゴンは火を吐くものだからね。その炎は大概のものは燃やせるよ」
「燃えてねえけど?」
「この壁とか動力炉がおかしいんだ。いつもならちゃんと燃やせる」
「はは。そいつは頼もしいや」
そうこうしている間にもパッチワークのドリルは壁を掘り進んでいた。
向こう側に出るのに、そんな時間はかからない。
光が差し込む。
最後の一押しをきっかけに穴が空く。
風が吹き抜け、蒼天が彼らを出迎えた。
夢にまで見た雲海。
どこまでも広がる世界。
雲間にのぞくのは、緑や茶色の大地だ。
燦々と輝く太陽に照らされ、宝石のように輝いていた。
「な、なんてことを!」
カウティの声などもはや届かず、ライゼとヴィリロスのふたりは目の前の光景に見とれていた。
「はは。見ろよ、外は本当にあったぞ!」
「うん、すごい。これが壁の外!」
「はは。やったあああああ!」
思わず喜びに腕を振り上げて、ゴンッと穴の天井に腕が当たる。
「うわっとっとっと」
パッチワークは、姿勢を崩した。
「あっ」
「あっ」
そして、落下した。
「えっ」
ついでに鉤縄が脚に絡まり、カウティも道連れになった。
「嘘ですよねえええええ!?」
「嘘だろおおおおお!?」
「はあああああ!?」
三人は落ちた。
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