第4話
「それで、どうやってエンジンになるんだ? ペダルでもつけてこぐのか?」
「そんなわけない」
ライゼがアホな想像をしたら、ヴィリロスから心底呆れた顔をされた。
「ボクの血を使うんだよ」
「血?」
「ドラゴンの血は、莫大なエネルギーを持っているんだ。動力精製っていうのはつまり、ボクたちの血を抜くことだよ」
「マジか……赤缶、黒缶って血の種類だったのか……」
「それは知らないけど、これを動かすならボクも入れるところを作って直接血を流せるようにすればいいと思うよ」
「それなら簡単だな。普通のよりデカいからスペースだけはあるし、エンジン載せないでいいなら、そのままそこが使えるからな! ちょっと待ってろ、すぐに改造すっから!」
「今から!?」
ライゼは工具をとってきて即座に改造に入る。
「善は急げって言うだろ? それにお前、追われてるんだし、いつまでも隠れていられないだろ」
「それは、そうだけど……」
ぐぅぅぅと、ヴィリロスの腹がなる。
応じるようにライゼの腹もなる。
「あー、飯食ってからにすっか」
ヴィリロスにも反対はなく、頷いた。
「ドラゴンって何を食うんだ?」
「なんでも食べられるけど、やっぱり肉が一番かな」
「肉かー。缶詰しかねえけど」
「缶詰?」
「缶詰も知らねえのか。あれだよ、えー……これだ」
何も知らないヴィリロスに説明しようかと思ったライゼであるが、うまい言葉が出てこなかったから、缶詰をとってきて投げ渡してやった。
ヴィリロスは缶詰を持ち上げて眺めまわし、すんすんと匂いを嗅ぐ。
「これが肉?」
「その中に入ってんだよ、こうやってあけると、ほら」
「おぉ……」
ヴィリロスは開いた缶詰を再び前後左右、上下から見て匂いを嗅いで、恐る恐ると言ったようで中の肉をつまんで口に運ぶ。
「うん、閉じ込められてたところで食べてた肉の方が美味しかった」
「そういうこと言うか、普通」
「言わない理由がないでしょ」
「うーん……まあいいけど。どうせ缶詰だしな」
ライゼもちゃちゃっとスプーンで缶詰を食ってしまって、作業に入る。
物珍しいのか、ヴィリロスもそばに来てそれを見守る。
しばらく沈黙がふたりの間に横たわっていたが、ややあってヴィリロスが思いだしたように口を開いた。
「そう言えば、ボクはまだキミの名前を聞いてない」
「そうだった。忘れてたぜ。ライゼってんだ、よろしくなヴィリ」
「うん、よろしく――ヴィリ?」
「ヴィリロスってなんか仰々しいだろ? そんなんいつも呼ぶのなんか背中がかゆくなりそうだから、あだ名だよ」
「あだな」
「いいだろ? 呼びやすいし」
ヴィリロスがなんとも微妙な顔をしている間に、ライゼは作業を終えてしまう。
気が付けば、もう夜も更けて朝日が昇るくらいの時間となっていた。
「よっし、できたぜ」
「何か変わった?」
異形の作業用重着パッチワークの姿は、ライゼがごそごそと作業をしていた時から何一つ変わっているようには見えない。
「見た目はな。でも、ここら辺の操作基盤とここの圧力装置と、そっちの動力循環経路はけっこー変わってるぜ?」
変わった部分を並べ立てられてもヴィリロスには、まるでチンプンカンプンだ。
「わからない」
「うーん、簡単に言えば、お前が入れるスペースを作ったって感じだよ。ここな、ここ」
「確かにこれは前のにはなかった気がする」
パッチワークの背面には小さな半分に割れたボックスのようなエンジンルームがせり出している。
中には座席のようなものがあった。
「ここに座ればいいの?」
「おう、んで、ここにある棒を握ってくれ。そうすれば、血を少しずつ吸い上げてこいつを動かしてくれる。体調とかヤバかったら、離してくれよ。そうしたら吸い上げた分だけ動く。まあ、どんなにやっても三分ぐらいが限度だろうけどさ」
とりあえず乗って見ろよとライゼが促せば、そろそろとヴィリロスがエンジンルームに入って行く。
「どうだ? 苦しくないか?」
座って左右を見ていたヴィリロスが頷く。
「大丈夫」
「よっし、なら試運転と行こうぜ」
ニカッとライゼは笑って前方の安全バーをあげてパッチワークを着込む。
パッチワークは通常の作業用重着とは規格も大きさも異なるために、それはもはや着込むというよりかは、乗ると言った方が正しいかもしれなかった。
指定位置で安全バーを卸し、身体がきちんと固定されているかを確かめる。
安全バーと共に目の前に降りてきていた計器類を一瞥してから、ちょうど背後やや上方にいるライゼを見あげる。
「行くぜ」
「うん」
緊張をほぐすように両手を揉んで、ライゼは一度目を閉じてからスターターを押し込んだ。
「クッ……」
起動と同時、ヴィリロスの血が抜かれ、少し苦悶の声が漏れる。
「キツイか?」
「大丈夫。問題ないよ、これくらいなら」
「そうか? キツかったらちゃんと言えよな。ドラゴンがどれくらい丈夫か知らねえけど、お前が倒れたらどうにもなんねえんだからな」
「わかってるよ。これは大丈夫?」
「ああ、行けそうだ」
パッチワークは、ドルンと一度、欠伸でもするように大きな駆動音を立てると同時に計器類のランプが灯り、左肩に装備されていたライトが輝きを発する。
「圧力……問題なし。すっげえな、なんだこの動力圧は。パイプは大丈夫か? よし、良いな。で、動力量は……正常値か。各部関節……異常なし」
ライゼは、慎重に一々指さし確認をして問題ないかを確かめる。
「よし、動かすぞ」
膝立ちの待機状態であったパッチワークをゆっくりと立ち上がらせる。
一瞬、がくりとしたが、それだけで問題なく立ち上がる。
手足を動かしても、アラームが異常を伝えることはない。異音もしない。異臭もなく、赤缶に特有の鉄臭い動力臭のみが感じられる。
全身の駆動系が起こす心地よい振動は規則的で不規則な部分はない。
パッチワークは、ここに起動を果たした。
それを実感したライゼは、万感籠って両手を振り上げる。
「いよっしゃあああああああああああ!!」
ドガンと低い天井を右腕が突き破り、瓦礫が落ちてくる。
「うわっ、ちょっとライゼ!」
「あっ、すまんすまん。つい、な」
ライゼは、異形の右腕が突き破った地下の天井を見上げる。
白みがかった青空が広がっている。
都市の壁をぶち破るには、丁度良い日和に思えた。
感嘆に意識を持っていかれているライゼに、ヴィリロスが笑いかける。
「これで行けるよね、外」
外という言葉に、ライゼの意識が燃え上がった。
「ああ! 行こうぜ、外に!」
爆音とともにふたりが着込んだパッチワークが、床をぶち破り、天井に張られていたブルーシートを身に纏い壁へと突き進んでいった。
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