4月の章 -Ⅵ-


 4月末。私は今月の返済分として6万フォルを捻出し、王宮に返済に訪れていた。


 すっかり顔なじみとなった従者さんにお金の入った袋を渡し、中身を確認してもらう。


「……では、確かに6万フォルをお預かりしました」


「よ、よろしくお願いします」


 その確認作業が終わったあと、私は一礼して王宮を後にした。


「はぁぁ……緊張したぁぁ……」


 無言で門を出て、見慣れた商店街まで戻ってきたところで、ようやく全身の力が抜けた。


「もー、王宮の中って、なんであんなに緊張するの? 見張りの兵士さんだらけで、妙な圧力感じるしさ!」


 思わず不平不満を漏らした後、胸に手を当てながら大きく深呼吸をする。はー、この商店街の空気、最高だね!


「あら、クルルじゃない」


 その時、背後からモネットの声がした。振り向くと、彼女は配達用の大きなバスケットを手にしていた。


「モネット、配達の途中?」


「ううん。今終わったところ。それより今夜、楽しみにしててね?」


「え、今夜?」


 唐突に言われて、私は面食らう。今日はこの後、特に予定は入っていないはずだけど。


「……あれ? もしかして、ブレンダおばさんから聞いてない?」


「何も聞いてないけど……?」


 思わず視線を泳がせると、モネットは感づいたように「ああ」と声をあげた。


「じゃあ、日が沈んだら、ブレンダおばさんのお店に来て。待ってるからね」


「え? ちょっと、モネット!?」


 彼女はそこまで言うと「わたし、配達があるから!」と、足早に去っていった。


 えー、配達、さっき終わったって言ってたのに! 明らかに逃げたよ!? どういうこと!?



 ……というわけで、私は理由もわからないまま、ブレンダおばさんの食堂にやってきた。


 いつもならこの時間は酒場になっていて、にぎやかな声が聴こえてくるのだけど、今日は灯りこそついているものの、静かだった。


 扉の鍵は開いているようなので、おそるおそる店内へと足を踏み入れる。


 ……その直後、大きなクラッカーの音がいくつも鳴り響いた。


「へぁっ!? な、なになに!?」


 一瞬驚いて室内を見渡すと、そこには商店街の皆が集まっていた。そして天井付近には大きな横断幕がある。


「……借金錬金術師・クルルちゃんを励ます会?」


 そこに書かれた文字を読み、開いた口が塞がらないでいると「このタイトル、俺が決めたんだぜ」と、得意顔のティッドがやってきた。


「わたしは止めたんだけど、鍛冶職人さんたちも皆乗り気で……ごめん。クルル」


 ティッドに続いて、申し訳なさそうな顔をしたモネットがやってくる。


「いや、それは別にいいんだけど……励ます会?」


「そのままの意味さ。一ヶ月間、頑張ってお店を切り盛りしたクルルちゃんを励まそうと、商店街の皆で企画したんだよ」


 そう言ってカウンターの奥から姿を見せたのは、この店の店主のブレンダおばさんだった。


 それに続くように、洋服店を経営するステラさんや大工のダンさんも料理を手に現れた。


「お、お気持ちは嬉しいですけど……それはエレナとか、色んな人に助けてもらった結果で、私一人の力じゃ……」


「クルル、いつまでも謙遜してないで、まずはお礼を言って、それから素直に喜びなさいな」


「本当だよー。僕の資金だけでこの場所を貸し切るの、なかなかに大変だったんだから。喜んでくれないと困るよ」


 私が反応に困っていた時、背後から声がした。振り向くと、そこにはエレナとレナンドさんの姿があった。


「レナンドさん!? いつ王都に戻ってきたんですか?」


「少し前だよ。いやー、グットタイミングだったねぇ」


 レナンドさんはそう言って軽快に笑ったあと「クルルちゃん、一ヶ月間、お疲れ様」と言ってくれた。


 それを合図にするように、他の皆からも、「お疲れ様ー」という声が飛んできた。


「あ、ありがとうございます……でもあの、どうしてここまでしてくれるんですか? 私、半人前の錬金術師ですし、マスターの代わりなんて全然できてないのに」


 嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになりながら言葉を紡ぐ。お祝いしてくれるのは嬉しいのだけど、商店街の皆がここまでしてくれるほどのことをした記憶は、私にはない。


「そうだねぇ……確かにクルルちゃんにルタークの代わりは務められないと思うよ。だけどクルルちゃんのお店は、既にこの商店街にとってなくてはならない存在になってるんだ」


 皆の顔を見渡したあと、レナンドさんが静かにそう口にした。


「そういうことだよ。クルルちゃんが作る錬金炭がなけりゃ、料理も作れない。うちは商売あがったりだよ」


「うちだってそうだ。パンが焼けねぇ」


「うちの工房もだぜ。研磨石グラインダーがなきゃ、刃こぼれした包丁すら直せねぇしな!」


「私のお店もよ。いつも上質の錬金布、納品してくれてありがとう」


「……錬金薬ポーション、いつも助かってる」


 レナンドさんに続くように、ブレンダおばさんが、モネットやティッドのお父さんが、ステラさんやニーナさんが、次から次に私へお礼を言ってくれた。


 ……私は気づかないうちに、これだけ多くの人の役に立っていたのだ。


 そう実感すると、胸の奥から温かいものがこみ上げてきた。それは次第に大きくなって、目の縁からあふれ出す。


「ちょっとクルル、泣いてる場合じゃないでしょう」


 エレナが耳元で言って、ハンカチを手渡してくれた。それを受け取ると、急いで涙を拭く。


 ……そうだ。泣いてる場合じゃない。


「……まだまだ未熟な私ですが、店長として、これからも頑張ります! だから皆さん、これからも応援、よろしくお願いします!」


 ……そして私はしっかりと顔を上げると、皆の前でそう宣言したのだった。




 ――私の錬金術師としての道のりはまだ始まったばかりで、借金もまだまだたくさん残っているけど。



 ――これからも皆に支えてもらいながら、お仕事を頑張っていこう。そう、思った。


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借金錬金術師のアトリエ 川上 とむ @198601113

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