4月の章 -Ⅴ-
お店を再開させて、一週間が経過した。
初日こそすごい売上だったけど、その後は一日3000フォル前後の売上に落ち着いた。
もちろん、素材代や食費を差し引いての金額で、この調子で行けば、今月中にそれなりの額の借金を返せるかもしれない。
「……クルル、昨夜もこっそり外食に行ったでしょ。ブレンダさんから聞いたんだからね」
朝食をとっていると、エレナがイチゴジャムを食べながらそう言ってきた。
「バランスの良い食事や人との交流も大事だから、外食禁止とまでは言わないけれど……少し自炊してみたら? 食費の節約にもなるし」
ホムンクルスのエレナは基本、ジャムが主食。正直言って我が家で彼女が占める食費の割合は高くない。高くない、けど……。
「時々、無性にブレンダおばさんのシチューが食べたくなるの……! この衝動は抑えきれないんだよ……!」
「だからって、二日に一回の外食は多いって言ってるのよ……もう少しだけ減らして。お願いだから」
頭を下げられて、私も少し冷静になる。確かに一回外食すると最低でも500フォルはかかるし、塵も積もればなんとやら……だもんね。
「……わかった。今度ブレンダおばさんからシチューの作り方を聞いて、自分で作ってみる。だから、せめて四日に一度は外食させて」
そんな妥協案を出して懇願する。エレナはため息をつきながらも、それを了承してくれた。
「ご無沙汰しております。モネルタ様の使いで参りました」
……私が安堵した矢先、お店の方から声がした。
急いでお店に出てみると、そこには一人の男性が立っていた。
誰だっけと一瞬思うも、すぐに経済担当大臣の従者さんだと思い出した。
「ああ、その節はどうも……今日はどういったご用件でしょう?」
妙に緊張しながら尋ねると「国からの納品依頼を持って参りました」とのこと。
……そういえばあの大臣さん、私の実力を見るために依頼を出す……とか言ってたっけ。それがついに来たみたい。
「そ、それで、何の依頼をこなせばいいのでひょうか」
ますます緊張を強めながら問う。思いっきり舌がもつれていた。
一体どんな依頼なんだろう。爆弾を作れとか? もしくは、植物の栄養剤を用意してこいとか?
「騎士団の剣の手入れに使うので、
「……え? それだけ?」
予想外の依頼内容に、私は思わず脱力してしまった。
数こそ多いけど、研磨石は常日頃から調合しているし、作り慣れている。正直余裕だった。
「わかりました。調合した品は王宮にお持ちすればいいんですか?」
「いえ、明朝、私がこちらまで取りに伺います」
「そういうことなら……って、明朝?」
胸をなでおろしながら話を続けていると、引っかかる部分があった。思わず聞き返す。
「ええ、研磨石30個、明日の朝までにご用意をお願いします」
「明日!?」
そして従者さんの口から出た言葉に、私は耳を疑った。いくらなんでも急すぎるよ!?
「あの、お店の営業もあるので、さすがに……」
「……そうですか。国からの依頼を断ると。では、大臣様にもそのように……」
「ああああ、違います違います! やっぱり受けます! 受けますとも!」
明らかに落胆した従者さんを見て、私は考え直す。本来、これは私の実力を推し量るための依頼だった。断ったら本末転倒だ。
「ありがとうございます。それでは明日、取りに伺いますので」
私の返答に満足したのか、従者さんは一礼すると、お店から去っていった。
「はぁぁ……」
扉が閉じられた直後、私はもう一度脱力して、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「……なんだか大変な依頼を出されちゃったみたいね」
そんな私の姿を見かねてか、エレナがそう言いながら近寄ってきた。
「そんなわけだからさ、今日はお店休みにして、調合に専念していい?」
「それは駄目。閉めちゃったらその日の売上はないのだから。営業しながら調合なさい」
涙目で懇願するも、私の願いは一蹴された。それはそれで色々厳しいんだけどなぁ。
「いざとなれば私が店番してあげるから。クルルは開店準備の前に、必要な素材だけでも揃えておきなさい」
「はーい。わかりましたー」
がっくりと項垂れて、素材が保管された地下倉庫へと向かう。
ここはマスターが作った特別な道具のおかげで、部屋全体の温度が常に低く保たれている。
だから植物や動物の素材も傷まず、長期間保存できるというわけ。
「……って、あれ?」
研磨石の素材となるのは鉄鉱石と白砂。そのうち、白砂の数が全然足りなかった。
「……うそ。マスターが集めてくれてた素材、使い切っちゃった?」
私は慌てふためき、倉庫内の棚や箱の中をくまなく探してみたけど、白砂は見つからなかった。どうやら本当に使い切ってしまったらしい。
「うああ、よりによってこのタイミングー!?」
頭を抱えて叫ぶも、きちんと素材管理してこなかった自分の落ち度だ。どうしよう。
「……どうしたの。上まで聞こえる叫び声出して」
その時、エレナが飛ぶようにやってきた。私が理由を話すと「あらまぁ……」と、呆れた様子だった。
「困ったわね。どのくらい足りないの?」
「お店に並べてる研磨石が15個あるから、それを国からの依頼に回しても……あと15個分足りないよ」
「鉄鉱石ならティッドの工房に行けば譲ってもらえるかもしれないけど、足りないのは白砂のほうなのね。うーん……」
空っぽの箱を前に、私とエレナは黙り込む。こういう時、どうすればいいんだろう。
「……そうだ。商人さんだし、レナンドさんが白砂持ってないかな」
「レナンド様は昨日、別の街に行商に行かれたわよ。それこそ、一週間は戻らないでしょうね」
「そ、そんなぁ……」
名案だと思ったのに。買うこともできないというのなら、残る手段は……!
○ ○ ○
……それから一時間後。
私はお店をエレナに任せ、モネットとティッドを連れて、王都の外へとやってきていた。
「……二人とも、急に呼び出してごめん」
「気にすんなって。ちょうど、工房の中で鉄を打ち続けるのに飽きてきたところだったしさ」
「わたしも朝の手伝いが終わった時間だったから。気にしないで」
三人並んで街道を歩きながら、私はお礼を言う。幼なじみの二人は笑顔を返してくれた。
「国から依頼を受けた時に限って素材不足になるなんてなぁ。クルルもしっかりしてるようで、抜けてるよな」
「うう、面目ない……」
「ティッド、そう責めないの。クルル、お昼ごはんも用意してるから、ゆっくり探そう?」
「うん……あんまりゆっくりもしてられないんだけどね……」
苦笑しながら答えて、歩く速度を上げる。目指すはここから北に進んだところにある川だ。
その川べりに砂地があって、そこが白砂の採取地になっている。
私は錬金術を学ぶ傍ら、出不精のマスターに代わって素材採取やお使いをこなしていたので、王都周辺の採取地についてはそれなりに詳しいのだ。
「……ついた。ここだよ」
しばらく歩いて街道を逸れ、背の高い草藪を超えた先。そこに目的の採取地があった。
辺り一面真っ白い砂に覆われていて、太陽の光を反射して時折キラキラと輝いている。
「綺麗……王都の近くにこんな場所があったのね」
初めて来たらしいモネットが辺りを見渡しながら歩みを進める。
急ぎの用がなければ、それこそゆっくり景色を眺めたくなるような美しい場所。彼女が見入ってしまうのもわかる。
「モネット、流れは早くないけど、近くに川があるから気をつけてね」
そう注意を促しながら、私も白い砂地へ足を踏み入れる。ここは川上から流されてきた白砂が堆積していて、王都近郊で一番の採取地だった。
「クルル、この白い砂を採ればいいのか?」
「うん。できるだけたくさん欲しいの」
「よーし、まかせとけ」
ティッドはハンドスコップを手にして、持ってきた袋に白砂を詰めていく。国から依頼された研磨石を作るには、白砂が袋三つ分は必要なので、私だけだとアトリエと採取地を何往復もする必要があったと思う。二人が手伝ってくれて、本当に助かった。
「ティッドの奴、こういう時だけは頼りになるでしょ?」
「『だけ』は余計だっつーの! モネット、お前も集めろよ。満杯になった袋は俺が運んでやるからさ」
クスクスと笑うモネットに対し、ティッドは叫ぶように言葉を返す。やっぱりこの二人、本当に仲がいいなぁ。
……それからは黙々と採取作業をして、一時間ほどで袋三つ分の白砂を集め終えた。
「ありがとー。おかげで助かったよー」
その袋の一つを両手で抱えあげながら、私は二人にお礼を言う。
ちなみに宣言通り、残り二つの袋はティッドが背負っている。モネットじゃないけど、さすが男の子。頼りになる。
さあ、急いで帰らないと……と思った時、モネットが「少しだけ、休憩しない?」と言ってきた。
彼女曰く、大して役に立てなかったので、せめて用意したお昼ごはんだけでも食べてほしい……とのことだった。
「いやいやいや、採取作業手伝ってくれただけで大助かりだったから!」
思わずそう口にするも、モネットの意思は固かった。私とティッドは顔を見合わせたあと、その場に腰を下ろしたのだった。
「わがまま言ってごめんね。せっかく作ってきたから、食べてもらいたくて」
モネットは申し訳なさそうに言いながら、持っていたバスケットから色とりどりのサンドイッチを取り出し、手渡してくれた。
具材はハムとレタスが挟まれたものと、イチゴジャムが挟まれたものの二種類があり、使われているパンはもちろんモネットのお店で焼かれたもの。時間が経っているはずなのに、ふわふわだった。
「美味しいー。具材はシンプルなんだけど、とにかく美味しいよぉー」
「ふふふー。どっちも隠し味があるんだよー」
「ハムとレタスのほうはマスタードだろ。んで、ジャムの方はハチミツだ」
「ちょっと、言わないでー!」
隠し味と言われて気になっていたら、ティッドがすぐさまネタばらしをしていた。モネットの反応を見る限り、当たりのよう。
「……でも、今日のパンはうまく焼けた気がする。お父さんの味にはまだまだ敵わないけど」
「そう? こっちも美味しいと思うけど」
よく味わって食べながら、そんな感想を口にする。
普段モネットのお店で売られているのは彼女のお父さんが焼いたパンで、モネットは配達の仕事が主だ。
今日のように個人的に焼くことはあっても、まだまだお店には出させてもらえないらしい。
「お客さんの喜ぶ顔が直接見れるから、配達の仕事も好きなんだけどねぇ……いつかは自分で焼いたパンを食べてもらいたいなぁ」
ジャム入りのサンドイッチを口に運びながら、どこか残念そうにモネットが言う。
「そう気に病むなって。パンを食ってほしけりゃ、俺たちが今日みたいにいくらでも食ってやるからさ」
「そ、そうだよモネット! これだけ美味しいんだし、自信持って!」
彼女が無理矢理にでも、私たちにお昼ごはんを食べてもらいたかった理由がわかった気がして、私はそんな言葉をかけたのだった。
……そんな休憩を挟んだあと、白砂の入った袋を持ってお店まで帰ってきた。
最後まで手伝ってくれた二人にお礼を言って別れ、店番をしてくれていたエレナに無事採取が終わった旨を伝える。
そして引き続きお店はエレナに任せて、私は素材を手にアトリエに篭ったのだった。
○ ○ ○
そして翌日。約束の通り、早朝に従者さんがやってきた。
「おはようございます。約束の品、ご準備していただけましたか?」
「はいー。みてのとーり」
必死に平静を装いつつ、太陽が昇る少し前に完成した研磨石30個を差し出す。
……結局、ほぼ徹夜。今の私、絶対目の下にクマできてる。鏡なんて見る余裕なかったけど、間違いなく悲惨なことになってると思う。
「……確かに研磨石ですね。ありがとうございます。こちら、報酬になります」
……後半の言葉で、半分眠りの海に沈んでいた意識が一気に戻ってきた。
「へっ? 報酬くれるの?」
「当然でございます。こちらで調べた市場価格で、一つ150フォル。それを30個ということで、4500フォルの報酬になります。どうぞ、お収めください」
ずしりと重い袋を手渡され、私はたじろぐ。勝手にタダ働きだと思っていたけど、実際はかなりの大口取引だったみたい。
「貴女様は国家錬金術師ルターク様、唯一の弟子なのですから。国として、今後も定期的に依頼をしたいと考えています。借金の有無は関係ありません」
予想外の展開に私が固まっていると、従者さんは大量の研磨石が入ったカゴをひょいと担ぎ、背を向けた。
……その時、私は大事なことを思い出した。
「あ、あの! その借金なんですけど、今月はいくら返せばいいんですか?」
「多ければ多いほどいいですが、特にノルマはありません。一年以内に完済していただければいいのです」
私の疑問に答えると、従者さんは振り返ることなく、お店から立ち去っていった。
「……毎月の返済ノルマがないなんて、さすが旦那様の影響力はすごいわね」
思わず立ち尽くしていると、エレナがやってきてそう言った。
「もしかすると、待っていればそのうち旦那様が戻ってくる……なんて考えているのかもしれないけど」
そして腰に手を当てながら、わずかに呆れ顔をしながら続ける。
「私もそれに期待したいんだけど……」
「クルルー、淡い期待は抱かないこと」
「わかってますー。マスターの借金、私が全額返済する覚悟でいますー……ふぁ」
従者さんが帰って緊張が解けたのか、エレナと二言三言言葉をかわしただけで強烈な眠気が襲ってきた。
「大きなあくびね。店番は私がしてあげるから、午前中は休みなさいな」
「そうする……おやすみ、エレナ」
私はもう一度大きなあくびをしながら挨拶をし、ふらふらと自室へ戻ると、そのままベッドへ倒れこみ、惰眠を貪ったのだった。
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