第七話 悪夢、そして――
その日のことを――
強い雨が降っていた。
まだ十歳だった雨色は、兄の
顔さえ見ることができなかった。母親はもう「手」しか残っていなくて、父親の顔はぐちゃぐちゃだった。だから雨色は、二つの棺桶をただ、眺めていることしかできなかった。
涙は出なかった。もう、涸れてしまうくらいに、泣いたから。
〈姫〉だった母親。そんな母親を守る〈騎士〉だった父親。
二人は〈
このときから雨色は、上手く笑えなくなる。上手く泣けなくなる。上手く驚けなくなる。上手く――表情を、つくれなくなる。
両親の死はそれほどまでに、まだ年端も行かない雨色の心を強く抉り、傷付けた出来事だった。
燃えて骨になった両親を見ながら、雨色はぽつりと、呟いた。
――許さない。
そうやって言葉にするだけで、心の中を蠢く憎悪がすっと、身体の中に充満して、透き通っていくように思えた。
〈姫〉になろうと、決めた。
それで〈死詠〉を殺す。殺して、殺して、殺し続けて――
そうやって生きようと、彼女はその日に、決意したのだった。
◇
「それにしてもさー、戦うお姫様って珍しいよね。ういちゃんくらいなんじゃないの?」
五人は帰路についていた。眠っている雨色のことを雪深がおぶりながら、草原の上を歩いている。
「まあそうでしょうね。基本的に〈姫〉は、自身を守るための防御魔法や治癒魔法を主力魔法とした、〈魔法武器〉を使うはずですから」
「やっぱそうだよねー。出会ったときから思ってるけど、この子ってぶっ飛んでるよなあ」
「ホントだよ。だから心ない奴らに、『男装の姫君』とかって揶揄されんだよ。マジでムカつく、あいつら……」
「えー、また言われてたの、それ? うっざ。ぼくがいたら一発殴ってた」
「オレも殴ろうと思ったんだけど、雪深に止められたんだよな」
「君が他者を殴ったら、雨色は絶対に悲しむ。だから俺は止めたんだ」
「ああ、なるほどな……まあ、それもそうだな」
「そうだろう? 俺だって雨色がいなかったら、殴っていたところだ」
「結局お前もそうなのかよ」
「ああ、当たり前だろう。大切な妹だからな、雨色は」
そう言って、雪深はすっと目を細めた。
「…………ん」
雨色の声に、雹牙、泉、岬の三人は一斉に彼女の方を見た。彼女は目を覚ましたようで、ゆっくりと紺色の瞳を見せた。
「……ああ、ごめん。わたし、寝てたんだ……」
「気にしないでいい。俺の背中の上で、ぼうっとしておくんだ」
「うん、そうする……ありがとう、お兄ちゃん」
雨色は安堵したように、ほのかに微笑ってみせた。
「あ、ういちゃん、空きれーだよ」
泉がそう言って、夜空を指差す。雨色は顔を上げて、瞳に空を映した。
数多の星々が、綺麗に広がっていた。それはとても美しくて、そしてどこか儚い、そんな世界だった。
「……綺麗」
雨色はそう、呟いた。
雹牙はそんな彼女を、優しい目で見つめていた。そんな彼に、泉が小声で話しかける。
「いいの、ひょうくん? 『雨色、お前の方が綺麗だぜ……』とか言わなくて」
「はあっ!? そんなこと言うわけねえだろ、何言ってんだよお前……!」
「じゃあぼくが言おうっと。ねえねえ、ういちゃん―!」
「だーっ、待て待て!」
じゃれ合い出した雹牙と泉を、雨色は不思議そうに、雪深は呆れたように、岬は微笑ましげに見つめていた。
「あ、ホシクズが見えてきたぞ」
雪深の言葉に、一同はおおっと声を上げる。
「ねーねー、はーい、提案がありまーす!」
「なんだ、泉。言ってみろ」
「夕ご飯、めっちゃ高いお店行こーよ!」
「おお、いいなそれ。俺も賛成だ」
「あ、でもういちゃん疲れてる? 大丈夫?」
「わたしは大丈夫。沢山動いて、お腹空いちゃったし」
「お、じゃあ丁度いいじゃねえか! オレも腹減ったわー」
「……皆さん、お茶会で結構お菓子を食べていませんでしたか?」
「なんのことー? ぼくにはわかんなーい」
「まあいいんですけれどね……」
そんな会話を交わしながら、一同はホシクズへと帰るのであった――
灰塵の姫と四人の騎士 ―〈死詠〉を狩る者たち― 汐海有真(白木犀) @tea_olive
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