第六話 灰塵の姫
〈死詠〉の傷口から、焦げたような匂いが漂った。雹牙の〈魔法武器〉には、炎熱の主力魔法が付与されている。だからただ斬るだけでなく、火傷を負わせることができる。
〈死詠〉は数多の足で、雹牙を薙ぎ払おうとする。雹牙はそれを避けた。銀色の髪がさらさらと揺れる。
次に動いたのは
雪深の剣が、〈死詠〉に傷を付ける。それは浅い傷だったが、〈死詠〉の動きは確かに鈍くなった。麻痺毒の主力魔法が効いたようだった。
〈死詠〉が、口を開く。
【ツカイマ――】
〈
「ぼくらのお姫様に触れるほど、おまえらは価値ねーよ?」
「雨色さんを愛するのは、僕たちだけで充分ですから」
「〈魔法武器〉――〈扇〉・召喚――盾の加護を」
「〈魔法武器〉――〈ナイフ〉・召喚――加速の加護を」
泉の右手に、大きな桃色の扇が出現した。泉はそれを舞うように振る。
光り輝く半透明の盾が空気中に生まれ、使い魔はそれにぶつかってよろめく。
「あははっ、そうそう! おまえらはそういうのがお似合い!」
泉はそう言って、にこっと笑った。
岬はナイフの柄を、自身の手首に近付けた。柄に仕込まれている小さな刃を出し、自身の肌に淡く傷を付ける。とろりと、赤い血が微かに溢れ出す。
「はあ、痛いですね……」
岬はそうやって呟くと、たんと地を蹴った。驚くほどの速度で、再び立ち上がろうとする使い魔たち目掛けて駆けていく。
目にも止まらぬ速さで、岬はナイフで使い魔を切り刻んだ。赤紫色の血が、草原に降り注いだ。
「ナイス、みさみさ」
「そちらもよかったですよ、泉さん」
二人は微笑み合う。それから前を向いて、〈死詠〉と交戦している雹牙と雪深の方を見た。
【フブキ――】
〈死詠〉の〈死法〉によって、凍てつく風がこの世界を支配している。
「ああっ、クソ、すばしっこいな……!」
苛立ったように、雹牙は槍を振り回している。彼のシャツは所々が切れていて、そこから血が淡く溢れていた。
「同感だ。無駄に速いんだよな、こいつらは……」
雪深は息を荒くしながら、〈死詠〉の身体を再び斬った。最初と比べれば、随分と〈死詠〉の動きは鈍くなっている。雪深の頬は、一部分が切れていた。
「怪我してんじゃん、あいつら。回復してやるかー……」
泉はそう言って、治癒の魔法を唱える。雹牙と雪深の身体は淡い光に包まれ、傷口がすっと塞がっていく。
「サンキュー!」「感謝する!」
前の方からそんな声が聞こえて、「気にすんなー」と泉は微笑った。
〈死詠〉の動きを見る。泉は頷いて、雨色に声を掛けた。
「ういちゃん」
「何?」
「そろそろ、いけるんじゃない?」
「そうだね……」
雨色はすっと、目を細めた。長い黒の前髪は、冷たい風によってはらはらと揺られる。
彼女は手を前に出した。
口を、開く。
「〈魔法武器〉――〈大鎌〉・召喚――
彼女の右手に、大きな鎌が握られる。美しい紺色の柄と、狂気的なまでに大きな、三日月のような形をした銀色の刃。
雨色は淡く口角をつり上げて、たんと駆け出した。
泉と岬もそれに倣って、走り出す。
凍てつく風から、盾の魔法で雨色を守って。再び現れた使い魔を、ナイフで切り刻んで。仲間の援護に感謝しながら、彼女は〈死詠〉の前で、とんと跳ねた。
憎悪を溶かした綺麗な紺色の双眸が、〈死詠〉のことを映し出していた。
大鎌が、〈死詠〉の身体を穿った。
赤紫の血が、雨色の頬を濡らした。
瞬間――〈死詠〉は、動きを止める。固まった身体は段々と、灰と化していく。そうして、はらはらと消えてゆく――
雨色は地面に降り立つと、咳き込んだ。
灰塵の魔法はその強力さから、使用者に強い負担をもたらす。適性を持たない者が使えば、その身を滅ぼすかもしれない――そんな恐ろしい魔法だ。
雨色はその魔法に、強い適性があった。
だから、選んだ。
歪な嬉しさを、思う。
女性の――〈姫〉の身でありながら、〈死詠〉を殺すことのできる魔法に恵まれた、自身の身体を。彼女は苦しみながら、愛している。
「雨色!」
視界に雹牙の顔があって、ああ、自分は立っていられなくなったんだと、理解する。雹牙は雨色を抱き寄せていた。大きな身体で、優しく、慈しむように。
「……ありがとう」
雨色はそう言って、安堵したように目を閉じる。
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