第五話 仕事の刻

 時計の針がかちりと、六時をさす。


「行こう」


 雨色ういろの言葉を皮切りに、五人は立ち上がる。そうして、入り口へと歩き出す。



 ――夜。それは彼等が、仕事をする時間。



 ◇


 ホシクズの門を出ると、そこには草原が広がっている。

 雹牙ひょうが雪深ゆきみが前列に。真ん中には雨色。せんみさきが後列に。そういう並びで、五人は歩いていく。


「皆、もっかい伝えておくよ。第十四魔法陣に、一体の〈死詠しよみ〉が掛かっているらしい。そこに向かってね?」


 泉は携帯を見ながら、そうやって伝える。雹牙が振り返って、「おうよ」と返答した。


 薄い夜の気配がした。襟章に付与された光魔法によって、五人の周りは淡く光り輝いていた。

 第十四魔法陣が近付いてくる。〈死詠〉の輪郭が、段々とはっきりしてくる。


 ――それは、どこか狂気的な見た目をしていた。


 体長は六メートルほどか。煌めく鱗が美しい深い灰色の体躯には、数多の手足が連なっている。真っ黒な角と、暗い青色の瞳。

〈死詠〉は雨色の姿を見て、わらった。数多の牙が見えた。赤黒い牙だった。


「お出ましだな、バケモンが……!」

「さっさと始末して、帰りたいところだが」


 雹牙と雪深は、ほぼ同時に口を開く。


「〈魔法武器〉――〈槍〉・召喚――炎熱の加護を」

「〈魔法武器〉――〈剣〉・召喚――麻痺毒の加護を」


 雹牙の前に大きな黒の槍が出現し、それを手に取る。雪深の前には青色の柄をした剣が現れ、両手で持った。


〈死詠〉は気味の悪い咆哮を上げた。かれは雨色だけを見ていた。暗い青色の瞳には、彼女の姿が淡く反射している。


 雹牙と雪深が駆け出した。雨色は〈死詠〉を睨み付けながら、淡い色の唇を開いた。



「……許さない」



 彼女の紺色の瞳は、確かな憎悪を帯びていた。


 救いようのないほどに、昏くて、濁っていて、どす黒い――


 ――そんな、憎悪だった。


 ◇


〈死詠〉。

 それは残虐でいて暴力的な生命体。どんな動物とも似ても似つかない、奇妙でいて背徳的な姿をしている。



 あるとき最初の〈死詠〉が生まれた。その原因はわかっていない。繁栄していた人間は突如として現れた災厄――〈死詠〉に対抗できず、数多の女性を失った。女性を守ろうとした男性も、多く死んでいった。


 それまで広く普及していた魔法は、〈死詠〉にはまるで歯が立たなかった。〈死詠〉もまた魔法を使った。人間のものと異なるそれは、〈死を呼ぶ魔法〉――略称〈死法しほう〉と呼ばれた。〈死法〉を詠む者――そのためにかれらは、〈死詠〉と呼ばれる。


〈死詠〉は物理攻撃に弱かった。だから人間は〈死詠〉に対抗するために、武器に幾つもの魔法を閉じ込め、特別な武器――〈魔法武器〉をつくり出した。


 主力として使える一つの魔法、その魔法を大きく強化するための数多の魔法、いつどこでも取り出せるようにした消失と発現の魔法――〈魔法武器〉は、そうやって生まれた。


〈死詠〉には五人で対抗する。一人の〈姫〉と、四人の〈騎士〉。〈死詠〉はどうしてか女性にしか関心を示さないから、〈姫〉は囮のようなものだった。


 女性の血を混ぜ込んで描いた魔法陣で、〈死詠〉をおびき寄せ。

 夜の方が〈死詠〉の動きが鈍くなるから、その時間に戦いを挑んで。


 ――そうやって、人間たちは安寧のために、〈死詠〉を殺していた。

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