第四話 岬

 部屋に掛けられた時計が、五時を回り。

 お茶菓子も段々なくなってきて、雹牙ひょうがが思い出したように口を開いた。


「というか、みさきはいつ来んだよ?」

「あー、確かに、みさみさ来てないねー。まああいつ、いっつも来んの遅いけどね?」


 せんはそう言いながら、何杯目かわからない紅茶を啜った。雪深ゆきみは文庫本を読んでいて、雨色ういろは参考書とノートを広げて勉強している。


「どうせ女とデートしてるんだろうよ、あいつのことだし」

「ぼくもそう思うー。この前みさみさの携帯の画面見えちゃったんだけどさ、メッセージアプリのトーク履歴、女の子の名前がずらあっと並んでて」

「うわマジかよ。まあ予想通りっちゃ予想通りだけどな」


「でもなんか、ぼくたちのグループトークは一番上に固定されてた。ちょっと愛感じちゃうよねー」

「えっ、マジかよ!? あいつ、そういうとこはなんかいいよな」

「わかるわかるー」


 雹牙と泉が会話に花を咲かせていたときだった。扉がコンコンとノックされて、四人は一斉に入口の方を向く。


 がちゃりと扉が開いて、長身の青年――岬が姿を現した。


 藍色の長髪は、丁寧に三つ編みにされている。垂れ気味の目は桜色の瞳が美しい。ベージュのシャツと焦げ茶のズボンを着て、洗練されたデザインの長袖のカーディガンを羽織っている。美しい顔立ちをした、二十二歳の青年だ。


 泉は彼に向けて、ゆらゆらと手を振った。


「噂をすれば。おはよー、みさみさ」

「おや、噂されていたんですね。おはようございます、皆さん。……ん、お茶会、ですか?」

「あーわりい、そのくだりはかなり前に済ませてんだよ。まあなんかお茶会してる」

「へえ、楽しそうですね。僕もご一緒させてください」


 岬は椅子を引いて座り、残っているチョコレートのマカロンに口を付ける。


「おいしいです。どなたが持ってきたんですか?」

「どっかの隊の女の子だよー」

「ああ、そうなんですか。というか、隊の番号を聞かなかったんですか?」

「えー、聞いてないなあ。ごめんねー」


「そうでしたか。それは聞いておくべきですよ、後でお礼をするために連絡先くらい交換しておけばよいものを」

「コイツ、こんな感じで色んな女と知り合ってんだろうな……オレには理解できん」

「だって雹牙さんは、既に想い人がいらっしゃいますものね?」


 からかうように微笑んだ岬に、雹牙はぱくぱくと口を動かしたあとで、「い……いねえし!」と叫んだ。岬はすっと目を細める。


「あら、そうなんですか。そうしたら僕が誰をデートに誘おうと、構わないという訳ですね?」


 岬はノートを見て難しげな顔をしている雨色に、視線をやる。雹牙は言葉の意図を察したようで、慌てて口を開いた。


「そ、そういう見境ないのはどうなんだよ! オレ、そういうのはよくないと思うぜ!」

「僕は別に、誰を誘うとは言っていませんよ? そんなに動揺しなくてもいいじゃないですか」

「う、ううー!」


 何か言いたげに震える雹牙に、泉はふっと笑った。


「ひょうくんじゃ、みさみさには言葉で勝てないよ? 諦めなー」

「う、うるせえな!」

「というか、雹牙はこの中の誰にも言論じゃ勝てないと、俺は思うんだが」

「お前もうるせえな!」


 雹牙は隣に座っている雪深を、肘で小突いた。


「ところでみさみさは、今日もデートでもしてたのー? 教えてよー」

「ああ、そうですよ。女性とお茶していました」

「へえ、いいねいいねー。どんな人?」

「笑顔が素敵な方でしたよ。弟さんと妹さんがいらっしゃるらしく、色々なお話を聞かせてくれました」


「あー、きょうだい持ちかあ。いいねー、ぼくは一人っ子だからなあ」

「お前は一人っ子感あるよな、自由奔放な感じがマジでそう」

「はあ、ひょうくん喧嘩売ってんの? めんどいから買わないけどねー」

「ふふ、お二人とも仲良くしてくださいよ。……ああいう方と話すのは、いいですよ。守らなきゃいけないって、再認識させてくれますから」


 チョコチップの入ったクッキーを齧りながら、岬はそう言って微笑んだ。それから少し寂しそうな顔をして、口を開く。



「皆さんも、積極的に楽しいことをした方がいいですよ。僕たちは、いつ死んでも可笑しくない――そんな仕事をしているんですから」



 その言葉に、五人の間を満たす空気が少しだけ、重くなった。

 それに気付いたようで、岬はすぐに口を開く。


「そんな顔しないでくださいよ。別に深い意味はありませんから」

「大丈夫」


 雨色が顔を上げて、口を開いた。


「わたしは……どちらかといえば、皆に守ってもらう側なのかもしれないけど。でも、守るから。わたしも、皆を絶対に、守り抜くから」


 そう告げる彼女の顔は、表情こそ薄かったけれど、確かな決意に満ちていて。

 だから――四人は、それぞれ少し異なっていて、でも安堵は共通しているような、そんな微笑みを浮かべるのだった。


「安心してね。ぼくたちも、お姫様を――ういちゃんを、絶対に守るからね?」


 泉はそう言って、柔らかく笑った。だから雨色も、どこか嬉しそうに頷きを返した。

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