第十四星『星使いと迷い星』
「トリスタちゃん。君はやっぱり、親友の星を盗み出すためにぼくの弟子になったんだね」
ニータはいつになく寂しそうな顔でそう告げた。
トリスタはもはやもう言い逃れはできないと腹を括る。
「いつから、知っていたんですか」
「そうだね……。いつからと聞かれると、最初から、と答えるほうが適切かな」
「最初から……」
「うん。初めから、トリスタちゃんの目的は知っていたんだ」
「知っていて、弟子にしたんですか? 盗まれるかもしれないのに?」
「言ったでしょ。君とは長い付き合いになると思ったって。君の企みがあったとしても、ぼくの直感に従おうと思ったんだ。そのことは今も後悔していないよ」
「──もしかして、その星も、私が捕るかもしれないって思ってそばに舟をつけたんじゃ」
「その通りだよ。トリスタちゃんがどう出るのか知りたかったんだ」
「──あ」
「試すようなことをしてごめんね。でも、どうしても身をもって知って欲しいことがあったんだ。──トリスタちゃんは、この星を魂と思ってる……そうだよね?」
「はい。そう聞きましたから……」
「実はね、それは違うんだ」
「えっ。でもだって──」
星は魂だ。それは、この数週間の体験を経て確信した。
星を失ったことで記憶を失った人を見た。魂が欠ければ記憶を失くしてしまうのだと思った。
星に触れることで狂ってしまった人を見た。
他人の魂が自分の魂に干渉することでそうなってしまったのだと想像した。
だけど、違うのか。
「星は、
「だったらどうして! どうして私は──っ」
意味が無くなっていく。
ニータとの約束を破ってまで、星を盗んだ意味が。
嘘をついてまで、ニータの弟子になった意味が。
「トリスタちゃん。星は記憶だ。だから、君の本当の願いは叶わない。だけど、君のその後悔を軽くすることはできる」
トリスタの後悔。それは、ヘレンを死なせてしまったことだ。むしろ、殺したとも言える。
ヘレンはきっとトリスタを恨んでいる。最期の言葉も、きっとトリスタへの恨みつらみだったはずだ。
「トリスタちゃんは、あとニつ勘違いしていることがある。一つは、ぼくが本当は星揚師ではないということ。もう一つは──」
その時、奇跡が起こった。
ニータの持つ赤い星が、部屋一面を明るく照らし出したのだ。
気付けば、ニータが微笑を浮かべて星を優しく手で包んでいる。
奇跡は彼女の手のひらの中で起こっていた。
「ヘレンちゃんが、本当は君を恨んでいないこと、だ」
星は、壁に映像を映し出していた。
それは、誰かの──いや、ヘレンの記憶だった。
懐かしい、赤髪の少女。その隣には、くせっ毛で濃い青色の髪の少女がいる。多くはその二人が映った映像だった。
二人とも楽しそうに笑っている。
「これは──」
「ぼくの本当の仕事は星使い。星使いは、星の記憶を引き出すことができる。だけど、思い出の少ない星は星にさえならない。その上、ヘレンちゃんは若くしてなくなった。それなのに、この星はたくさんの思い出がある。すごく、幸せだったんだね……」
「ヘレは、ちゃんと幸せだったんですか?」
「うん。もちろんだよ。じゃないと、あんなに赤く明るく光ることもない。ほら、聞こえる──? あの時の声だよ──」
『ヘレン──!』
幼いトリスタの声だ。目の前の映像は、まさにヘレンが羊から落ちているところだった。
雲の上から、トリスタが手を伸ばしている。
『トリスタちゃん、笑って──!』
「ヘレ……?」
『笑ってないと、一緒にいてあげないんだからね……』
そこで映像は消えてしまった。後には別の記憶が続く。
「違う、違う……。どうして」
ヘレンは、トリスタを恨んでいるはずだった。
トリスタは謝らなければいけないはずだった。
なのに、どうして。ヘレンは──。
「これでわかったでしょ? ヘレンちゃんは、君を恨んでなんかいないよ。これは本物の記憶だ。彼女は本当に君にそう言ったんだ」
「私、は……」
「君はずっと、罪を償うような気持ちで生きてきたのかもしれない。だけど、そんな必要はないんだよ。ほら、笑って? 笑わないと、ヘレンちゃんの遺言、叶えてあげられないよ?」
「うぅ……」
ヘレンの言葉を思い出せば思い出すほど、涙が溢れてくる。
ニータのようには、上手に笑えそうにない。
『たましいは人の心なんだって。本にのってた。──そしたらさ、ヘレたちが死んでも、一緒にいられるかな?』
いつかの、夜空の下での会話が聞こえた。
トリスタは涙を拭って、下手くそな笑顔を見せる。
「笑うから、私が生きてても一緒にいてよね……」
★☆★☆★
「トリスタちゃん。本当に帰っちゃうの?」
トリスタは服やら何やらをまとめた鞄を抱え、口を尖らせるニータに笑いかける。
「はい。ドレイパーさんたちはそれを願っていますから」
「トリスタちゃんは? トリスタちゃんは帰りたいの?」
「私は──」
その質問はずるい。ニータは本当はトリスタが帰りたくないことを見抜いている。
「だけど、ニータさんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいきませんから」
「それは違うよ、トリスタちゃん。ぼくも、ドレイパーさんたちと同じことを願っている」
「私が帰ることをですか?」
「違う。ぼくは、君と一緒にいたい。ぼくの願いは叶えてくれないの?」
「──う」
「それに、何度も言ったでしょ? 君とは長い付き合いになる気がするって。その通りにしてよ。ぼくと同じ、星使いになろうよ。もう君のいない生活は想像できない。面倒な仕事はもう君なしじゃできないし、ご飯もトリスタちゃんの作るものが一番好きだ。もう元のぼくには戻れそうにない」
確かに、ニータの代わりに面倒な仕事は何度もこなしてきたし、出かけない時は何も食べないニータに手料理も振る舞った。
ニータといる生活がとても楽しくて、トリスタももう離れられそうになかった。
だから、帰ると決めても迷っていたのに。
「ニータさんは、本当にずるいですね」
「そう。ぼくはずるいよ。君の考え全部を知ってて、こう言ってるんだから。でも、最後に決めるのはトリスタちゃんだよ。ぼくは心を知れても未来は分からないから」
トリスタはニータの青い瞳を見つめる。
やはり何度見ても、昼空の様に美しい瞳だ。
全ての悩みを、迷いを晴らしてくれる、そんな空。
「──分かりました。ここに残ります」
告げた途端、ニータの目が大きく見開かれる。
「トリスタちゃん──!」
「だから、もう私に隠し事はしないでください。私は弟子で仕事仲間で友達なんですから」
「もちろんだよ! トリスタちゃん、大好き!」
「私もですよ、ニータさん」
そんな抱き合う二人を、色とりどりの星が温かく見下ろしていた。
銀色の星使いと迷い星 猫目もも @nekomemomo
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