第十三星『星劇』

「レックス君がどうして……?」


 やはり、どう見てもレックスだ。

 ふわふわと赤い髪は幼い頃に何度も撫でたことがあるし、落ち着いた目とも何度も目を合わせたことがある。


「やっぱり、二人は知り合いなんだね。とにかく、一旦家に戻ろう」


「仕事は──」


「もちろん、もう終わらせてあるよ」


 と言って、ニータは手に持った黄色い星を揺らした。



        ★☆★☆★



 トリスタは今、自宅の居間の椅子に腰掛けている。

 机を挟んだ目の前にはレックスが座り、右斜横にはニータが立っている。

 そして、そのニータは何故か丸眼鏡を着けていた。


「えっと……、ニータさん? これから何をするんですか?」


「何ってもちろん、ぼくの推理劇だよ!」


「推理? 待ってください。全然状況が掴めないんですが……。まず、レックス君がどうしてここにいるのかだけ教えてくれませんか?」


 レックスは何故か目を合わせてくれない。

 何か隠しているのは確かだ。

 本人は口を開く気がなさそうなので、ニータに説明願ったのだが──。


「もちろんだよ。そのための推理劇さ。まず、トリスタちゃん。最近起こったおかしなことについて覚えているかな?」


「おかしなこと? そうですね──、直近で言うと、星が落ちていたことですか?」


 ニータが夜寝ていなさそうだったり、トリスタの起きる時間ぴったりに横にいたりするのもおかしなことだが、流石に関係ないだろう。


「そう。その通りだよ、トリスタちゃん! 昔、ぼくはうっかり星を落としたことがある。だけど、そんなことが起きない限り、星が独りでに落ちることはないんだ。つまり、誰かが星に触れて落としたことになる」


「でも、星には誰も触れられないんじゃ……」


 トリスタでも、ニータの力を借りないと夜空までは行けない。


「そう。だけど、君は知っているはずだ。それができるようになる物があると」


「もしかして、あの靴ですか?」


「うん。当たってるよ。あの靴は空を駆けることができる。そうなるように、ぼくが変形したのさ。トリスタちゃんが空へ行くのを見越してね」


「────」


 トリスタは思わず、ポシェットに手を触れる。

 大丈夫。星はまだ入っている。


「さて、話をトリスタちゃんとぼくが出会った頃に戻そう」


 ニータは語り始める。そして、トリスタは気付くことになる。

 やはり、ニータは世界の全てが見えているのだと。


「トリスタちゃんは、ぼくの仕事に興味を持ってぼくが星を空に揚げている光景を見た。そしてそれに憧れ、ぼくの弟子に志願した。──そしてその場にはこの、レックス・ドレイパー君もいた。そうだね?」


 レックスは黙ったままで動かない。


「でも、レックス君は行かないって」


「さあ。後から気でも変わったんだろうね。トリスタちゃんも同じでしょ? その時、トリスタちゃんが珍しく自分から動いたのを見て、彼は疑問に思ったんだ。何が彼女を動かしているのかと。彼は考えた。ぼくの弟子になって彼女は何をしたいのかと。今の仕事の何が不満なのかと。そして、思い出したんだ。。彼は思ったんじゃないか? 幼い頃に失ってしまった姉を取り戻すために、トリスタちゃんはぼくの弟子になったのだと。その考えに至ったのが、わずか数日前。繁忙期が終わった頃だろうね」


「──気付いて……っ」


 トリスタが驚いたのは、レックスの思考にではない。

 ニータがトリスタの目的に気付いていたことに、だ。

 もしかしたら、トリスタが星を盗んだことも勘付いているのでは──。


「うん? 一応今のはただの推測だよ。まさかその通りだったの?」


「い、いえ……。そんなことは」


「──まあいいや。それで、レックス君は星を盗もうと考えた。彼も、姉を失って悲しんでいた者の一人だから。そしてこの街に来て、ぼくが空を散歩しているのを見た。どうやって歩いているのか? 彼はまた思い出した。彼の父が羊毛を織り込んだ靴を作ったことを。それを使えば、空を歩いて星を盗める。実際、ぼくの靴をこっそり借りて夜空に行ったところまではよかった。彼が見誤っていたのは、目的の星は簡単には見つからないということだよ。星は幾億個もある。そう簡単に姉の星だけが見つかるはずもないさ。あてもなく探すせいで、空から大量の星が落ちていってしまった。ぼくはそのことによって起こった全てのことを知り、彼を捕らえることになった。それが、事のあらましさ」


「そんなことが──」


「レックス君は事実を認めているし、今後こんな事はしないそうだから、そのまま帰してくるよ。親御さんも息子がいなくて心配しているだろうしね」


「少し、待ってください。レックス君と話をさせてもらえませんか」


「もちろんいいよ」


 トリスタは礼を言って、俯くレックスと向き合う。


「レックス君。どうしてなんですか? ヘレン──お姉さんは、レックス君がずいぶん幼い時に亡くなったので、あんまり覚えていないはずです。なのに、どうして星を盗もうとしたんですか?」


「──トリスタさんに」


 レックスは迷うように、少しずつ言葉を紡いでいく。


「戻って、来てほしかったんです。母は、姉が亡くなってから、すごく寂しそうでした。うちもずっと姉のことを引き摺ってて。でも、トリスタさんが来て、少しずつ明るくなりました。俺たち家族は、トリスタさんに姉の姿を重ねてたんです。だけど、突然いなくなっちゃって。母は口では大丈夫だと言っていましたが、また暗い時に戻ってしまいました。だから、トリスタさんの目的が達成されれば、帰ってきてくれると思ったんです」


「だから代わりに?」


「はい。ほんとにすみません。ニータさんに怒られて気付いたんです。トリスタさんはきっとこんなこと望んでないって。トリスタさんは純粋に星に魅せられたんだと。だから、俺は大人しく帰ります。迷惑かけてすみませんでした」


「それは──」


 レックスは誤解している。

 レックスの想像は当たっているのに。

 トリスタは人を騙して自分の欲求を満たそうとする卑怯な人間なのに。


「さて、レックス君。帰ろう。行くよ」


 ニータがレックスの手を掴んだ。


「トリスタちゃん、ここをよろしくね」


 そう言い残して、ニータは消えてしまった。

 トリスタは呆然として立ち尽くす。


「私は、間違ってるのに」


 トリスタはポシェットから星を取り出して、その赤い光を見つめる。


「ヘレ、ごめん。私、いつまでも卑怯だ──。ヘレを死なせて、助けないで、人を騙して、自分も騙して……。それでも、会いたいの。会いたいから……」


 トリスタは星を額に当てて、涙を流す。

 こうすれば、ヘレンが姿を現してくれるような気がしたから。

 だけど、そんな奇跡はやはり起こらなかった。


「どうすればいいの……」


 星は魂だ。きっと器があれば、彼女にもう一度会える。

 あの時のことを謝れる。彼女はきっと、自分のことを恨んでいるはずだから──。


「──やっぱり、盗ったんだね」


「──っ」


 振り向けば、ニータが悲しそうな顔をしてトリスタを見つめていた。

 トリスタは慌てて星を隠そうとして手を滑らせる。

 手からこぼれた星が地面に落ちて転がった。


「ニータさん……」


 ニータはトリスタのそばに寄ると、星を拾った。


「トリスタちゃん。少し、話をしようか」

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