第十一星『星の隠しごと』
「ありがとう! お姉ちゃん!」
「さよなら、お姉ちゃん!」
手を振り去っていく少年たちを、トリスタは微笑みながら見送る。
クラテニオ大森林での事件から、ニ週間が過ぎた。
普段のトリスタなら、繁忙期が終わってホッとしている頃だ。
今はニータと星揚師をしているので、いつでも忙しい。
「よし、今日の仕事も終わり! 観光して帰ろう!」
「今日は海辺で串焼きでも食べませんか?」
「だめだよ、トリスタちゃん。それじゃ普通だよ! 海辺では鶏肉の丸焼きでしょ?」
「どうしてですか?」
「海で魚を食べる鳥。そして、海辺で鶏肉を食べるぼくたち。なんだか可笑しくて面白いと思わない?」
「鶏肉の鶏は海鳥とは違いますけど……」
「まあまあ、そう言わずに──って、え、師匠? どうしたの?」
突然ニータは会話を中断した。どうやら、アテラノから通信が入ったらしい。
「──うん。──うん。──散らかってる? そんなまさか。今朝片付けたばかりなのに。──うん。分かった。すぐ帰る」
「どうかされたんですか?」
「ごめんね、トリスタちゃん。串焼きは食べれそうにない」
「いえ、構いませんけど……。散らかってるって、まさか」
「うん。まただ。また、星たちが散らばってる。しかも、雪の上にね」
★☆★☆★
時は数日前に遡る。
トリスタが朝起きて外に出ると、白雪の上に星が散らばっていた。
しかも、星揚げした後の星だ。本来なら空に浮かんでいるはずの星。
その状態の星であれば触っても問題ないので、トリスタも協力して集め、それらはニータによって空に揚げられた。
普段は滅多に起きないことなのだそうだ。それが、数日も続いている。
「あちゃー。ほんとだ。また散らかってる。っていうか、師匠も手伝ってくれたらいいのに」
急いで星空の街に戻ってくると、案の定辺り一面に星が散乱していた。
ニータを頭を抱えながらその辺の星を拾う。すると、彼女の背後に近寄る影があった。
「何か言った」
「わっ、師匠! びっくりしたなーもー」
「──ごめん。終わったら、言って。少し外す」
「りょーかい。──さ、トリスタちゃん、さっさと片付けるよー」
「……はい!」
トリスタも慌てて星を拾い始める。
五十個拾ったあたりでトリスタたちは全ての落ちた星を拾い終えた。
ニータは拾った星を棒付き網に入れて、空に振り撒く。
「よーいしょっと! ふぅ、終わった終わった! 全く、困ったものだね」
「どうしてこんなに続くんでしょうか?」
今までこんなことはなかったのに、連続して起こるなんて。
「うーん。……わかんない! そのうちなくなるんじゃない?」
「珍しいですね。ニータさんにも分からないなんて」
「そう? ぼくも分からないことくらいあるよ。だって、ぼくは全てを知っているわけじゃないしね。そうだ、師匠を呼ばないと」
「その必要はない」
「わっ。また突然来て! びっくりするからやめてよ!」
「ならびっくりしなければいい」
「そんな横暴な。ま、いいや。で、師匠は何の用なの?
「うん。お願い」
「よーし、じゃあ今からでもやろうかなー。取ってきたら呼ぶから、師匠は戻っていいよ。仕事があるんでしょ?」
「うん。じゃあ」
ぱっと、アテラノが消える。
トリスタは訳が分からず首を傾げた。
「ああ、ごめんね。詳しくは中で話そう」
★☆★☆★
「──ってなわけで、ぼくは師匠に頼まれた星を取りに行かなくちゃならない。トリスタちゃんも一緒に行く?」
室内で暖炉の熱に当たりながら、ニータは簡単に説明した。
ニータが言うには、アテラノはたまに空に浮かぶ星を必要とするらしい。
ただそれがどこにあるのかは知らないので、より詳しいニータに頼むのだそう。
星を取りに行くことができるなんて初めて聞いたが、一緒に行けるなら好都合だ。
「行っていいんですか?」
「もちろんだよ。トリスタちゃんもそろそろ仕事慣れしてきた頃だしね」
確かに、トリスタも半月の間で星拾いと星返しの仕事には慣れてきた。
その他の仕事はニータがやっているので、もう少しできるようになりたい。
ただ、星と仲良くなってニータと全く同じ仕事をするのには問題があるが。
実を言うと、トリスタは本気で星楊師になりたいわけではない。
親友の魂──星を手に入れて、長い間の願いを叶える。それが、本当の目的だから。
達成したら、もうここにいる意味はない。
「──んだけど、なあ」
トリスタの心の中には迷いがあった。
今回星を取りに行けるなら、もしかしたら達成できるかもしれない。
けれど、いきなりそうと分かると何だか分からなくなってくる。
少し、寂しいような気がするのだ。原因はまだ分からないけれど。
「下見に行こうよ。トリスタちゃん」
「下見? 今から取りに行くんじゃないんですか?」
「少し予定を変更してね。夜に行くことにしたよ。大丈夫、師匠には伝えてあるから」
「分かりました」
夜に行くと聞いて、トリスタは少し安心した。
ほんの少し引き延ばされただけだけど、まだ願いが叶わなくて済む。
トリスタはそんな自分の中の矛盾には気付かずに、先へ行ったニータの後をついていった。
★☆★☆★
「よし。これ履いてみて」
そう手渡されたのは、いつか見た羊毛を編み込んだ靴だ。
「これって、ニータさん用じゃなかったんですか?」
「違うよ? ぼくは履く必要がないからね。大きさは誰にでも合うようになってるし、安全運転機能付きだから安心して!」
喧伝され、トリスタは少々引っかかりながらもブーツに足を入れる。
すると今までは少し大きかったのが、自分ピッタリの大きさになったと感じた。
「不思議な感じですね」
「ぼくの息のかかった靴だからね! 職人さんに作ってもらった時から数段進化しているのだよ!」
「へえ。それで、この靴はなんのために?」
「もちろんそれは──」
不意にトリスタの手を掴んだニータは、いたずらっぽい笑みを浮かべると、
「空を歩くためだよ!」
と言って、空に向かって大きく跳び上がった。
「きゃ──!」
「トリスタちゃん、落ち着いて! 落ち着いて、深呼吸するんだ!」
言われた通り、トリスタは深呼吸する。
でも、なかなか息は整わない。だって今、空を飛んでいるから。
「よし、着いた! いい子だから、もう一度深く息を吸って吐くんだ」
空の上でトリスタは深呼吸を繰り返す。
ニータが手を握っているから落ちないと言い聞かせると、ようやく心が落ち着いた。
「うん、大丈夫そうだね。でも、まだ手は握っておいた方がいいか。トリスタちゃん、周り見れる?」
恐る恐る周囲を見渡すと、夜空にはいくつもの星が無秩序に浮かんでいた。
「きれい……」
「でしょ? やっとトリスタちゃんに見せられてぼくも嬉しいよ! ──あ、星には触れちゃだめだからね。間違えて落ちたらまた面倒なことになっちゃう」
トリスタは慌てて星に触ろうとしていた手を引っ込める。
それにしても、普段地上から見えていた景色がこんなふうになっているだなんて。
てっきり、空は壁のようになっていて、その壁に星がくっついていると思っていた。
「意外と夜空の範囲は広いのだよ。星が浮かべる範囲は厚さにしてなんと50メートルもあるんだ。よし、じゃあそろそろ戻ろうか」
「えっ、早くないですか?」
「下見って言ったでしょ? 本当はその靴の性能を試したかったんだけど、トリスタちゃんはぼくの手を離したくなさそうだし」
「あっ、すみません」
知らずしらずの間にニータの手を強く握ってしまっていた。
慌てて離そうとするが、やはり怖いので力を緩めるだけにする。
「まあいいんだ。慣れればいい話だしね。じゃあ、帰るよー」
足を下に向けたまま、ゆっくり下降していく。
雪の上に降り立つと、トリスタのお腹が鳴った。
「ありゃりゃ。そっか、まだ何も食べてないもんね。何か買ってくるよ。何がいい?」
「えっと……、じゃあ、鶏の丸焼き……で」
「りょーかい! すぐ持ってくるねー!」
ニータの姿が消えたので、トリスタは自分の家の中に入って靴を履き替えた。
脱いだ靴は玄関のすぐ近くに置いておく。
暖炉をつけた後、居間で飲み物を用意していると、玄関の方向から物音が聞こえた。
「ニータさん……?」
珍しいな、とトリスタは思った。ニータはいつもトリスタのすぐ近くに現れる。
わざわざ玄関から入ってくるなんてこと滅多にしないのに。
首を捻りながら、玄関への廊下を恐る恐る進む。
瞬間移動してきたニータがすぐに話さないなんてことはない。
もしかしたらニータじゃないのかも──。
「いやでもだって、この街には私たちしかいないし」
とは言ったものの、アテラノの可能性だってある。
彼女は口数が少ないので、十分にありえる。
トリスタが玄関の扉を開けようとすると──、
「やあ! どうしたんだい、トリスタちゃん!」
「ひゃあっ」
「あれ、驚かせちゃった?」
トリスタは驚きのあまり尻餅をついてしまう。
そんなトリスタにニータは手を差し伸べると、
「さ、持ってきたよ。冷めないうちに早く食べよう!」
ニータの手を掴み、トリスタは立ち上がる。
ニータが上機嫌に居間へ向かうなか、トリスタは背後を振り返った。
しかし、扉が開くような感じは一向にしなかった。
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