第四星『星の落とし主』

「星の持ち主……?」


「うん。星には一つずつ持ち主がいるんだ。詳しいことはまだ話せないけど──。星が何らかの間違いで持ち主から落ちてしまった場合、ぼくは星を持ち主に返さなければならない。星を完全な星にする前にね。これもぼくの仕事なのだよ。そして同時に、君の仕事でもある」


「ってことは──?」


 トリスタが疑いつつも言うと、ニータの表情はぱあと明るくなった。


「そう。君は察しがいいね! ぼくはここを見ておくから、君はその持ち主を探してきてほしい! なるべく早く、手遅れになる前に!」


「わ、私は……!」


「分かってるよ。君は人見知りなんだろう? それはぼくも同じさ。なら、両者を公平に比較してどちらがどの役目に就くべきか判断すべきだ。そして、君が捜索人にあてられたのさ」


「そんなの、自分がやりたくないだけじゃないですか!」


 さも当然かのように言うニータだが、トリスタはもう彼女の本心を知っている。

 先程運動場の人払いをする時、ニータは魔法のようなものを使って一瞬で終わらせていた。

 きっと、人と話すのが面倒くさいだけなのだ。本当に他人と話すのが苦手なトリスタとは違って。

 それに、どう見ても彼女が人見知りのようには思えない。


「言うねえ、トリスタちゃん! でもここは譲れないよ? ほらそれに、立場上ぼくの方が偉いでしょ? なら、ぼくの言うことを聞くべきだと思わない?」


「卑怯です!」


「そこまで言うかなあー? じゃあ、分かった! ここは一つ条件を追加しよう。──君が快く受け入れてくれたら、ぼくは君の質問に一つ答えよう。何でもいいよ? ぼくはこの世界で三番目に物知りだからね。きっと聞きたいことも多いはずだ」


 これでよし、とでも言うように胸を張るニータ。

 そんな彼女の誇らしげな顔をトリスタは恨めしく見つめると、大きく息を吸って吐いた。


「……分かりました」


「よし、契約成立だね! 君は魔術研究所に行くといいだろう」


「ニータさんは──」


「ん?」


「どうしてそこまでしてここを離れようとしないんですか?」


「それは質問に数えていいのかな?」


「駄目です」


「そう? まあ、そこはぼくの知識の問題じゃないしね。ここは譲るとしよう、うん」


 ニータは独り言を呟きながら、自分を納得させるように何度か頷いた。


「言っただろう? ぼくは君と同じで人見知りだって。だからなるべく、知らない人と──いや、魔女以外の人と話すことは避けたい」


「私とはどうして?」


「それは君にも適用される話だよ? トリスタちゃん。君が必要に迫られて勇気を出してぼくに話しかけざるをえなかったように、ぼくも君に話しかけられて話さざるを得なかったのさ」


「無視をしようとは思わなかったんですか」


「うーん。──なんとなく、君とは長い付き合いになりそうな気がしてね。それに君を──。いや、これはいずれ話そう。さ、行ってきて。おそらくその人は内面的なものに異常をきたしているだろう。無事その人を連れてきてくれたら、ぼくは見返りを惜しまないよ」


 そう送り出され、トリスタは渋々ながらも人探しを始めることとなった。



        ★☆★☆★



「記憶喪失、ですか?」


「ええ。最近様子の変わった人と言われたら、それくらいしか思いつかないわ。無論、ここの人たちはよく突然発狂したり暴れたりするものだから、そういう人たちを含めないで、の話だけれど」


「発狂……」


 トリスタはとある病院に来ていた。ニータの助言で魔術研究所に訪れたところ、該当する人がいるかもしれない、とのことだったのだ。

 何でもその人は、先程の運動場で魔術の研究をしていたが、その際に不慮の事故で記憶を失ってしまったのだそうだ。

 現在は入院中とののことで、その人と面会するためにトリスタは病院にいる。


「魔術というのは奥が深いのよ。十数年間かけて積み上げた自分の学説が証明されなかったことで泣き喚く者や、禁忌に触れて命を失いかけた者もいる。私が今からあなたに会わせるのは後者に近いわね」


 女性が大きな葉でできた扉に手を触れると、葉が上がり部屋の中が明らかになった。


「デル、入るわよ」


 返事はなかった。しかし、女性は構わずにずんずんと部屋の中に入っていく。

 部屋の奥には、寝台に腰を預けた寝間着姿の女性の姿があった。

 茶色く長い髪はボサボサで、俯く横顔は血の気が薄い。

 風邪をひいた時の母のようだと思ったが、それより酷いかもしれない。


「デル……大丈夫なの? 髪もボサボサだし、手も冷たい。しっかり寝たわよね?」


「…………わからない」


「ほら、お水ちゃんと飲んで。あと、今日はあなたにお客さんが来ているの。あなたのことを治してくれるそうよ。──そうよね?」


「え? あ、はい、そうですね……」


 要件のことはまだ話していなかったが、お見通しだったらしい。

 そんなに分かりやすい方だっただろうかとトリスタは自分の顔を触る。


「ああ、ごめんなさい。何でも予測するのが癖になってて」


「あ、いえ。全然」


 女性のはまだマシな方だ。

 ニータなんかは、行動だけでなく考えまで見透かしてくる。

 初めは驚いたが、星揚げだったり瞬間移動だったり、彼女は色々不思議なことができるのでそれと同じことだと解釈することにした。

 もしかしたら弟子入りの目的もバレているのかもしれないな──とトリスタはぼんやりと考える。


「だけど、あなたは医者ではなさそうね? 聖術師でもないようだし」


「……あ、すみません、私は探す役目を任されただけなんです。今連絡をいれますから、少し外してもいいですか?」


「ええ、構わないわよ」


 女性の許可を得て一度トリスタは病室を離れ、扉のすぐ隣でニータに通信を入れた。


『やあ、トリスタちゃん。こうして連絡してきたってことは、くだんの人が見つかったのかな? それとも真逆?』


「たぶん、見つかりました。なので、ニータさんが確認を……」


『分かった。……と言いたいところなんだけど。ぼくはここを離れるわけにはいかないんだ。だから、その人を連れてきてくれる?』


「分かりました。だけど、違った場合は」


『その人で間違いないよ。──だって、君が探し出してくれた人なんだから』


「……分かりました。連れていきます」


 ニータとは出会って二日と経っていないはずだ。なのに何故か絶大な信頼を置かれていることにトリスタは違和感を感じ得ない。が、そこまで悪い気もしないので良しとする。

 問題は──、


「すみません。デルさん──をとある場所へお連れしたいのですが……、構いませんか?」


 トリスタが病室に戻ると、デルと呼ばれた女性はもう片方の女性に促されて水を飲んでいた。


「──デル、どう? 立てる?」


 聞かれた女性は俯き、コップを握りしめた。


「…………いかない」


「え?」


「わたしは、このままで、いい。なにもおもいだせなくても、いい」


 ──問題は、星の所有者が星を取り戻すことを望まない可能性がある、ということだ。

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