第三星『星を探して』

「ここに何か見える?」


 ニータが指で示した地面を見ると、白雪の上に何か淡い靄のようなものがあった。


「これが?」


「そう、星だよ。正確には違うけど。……ちょっと見てて」


 ニータはその場でしゃがむと、靄に手を伸ばした。

 彼女の指先が靄に触れる瞬間を、トリスタは固唾を呑んで見守る。


「────」


 触れた時、ニータは何か言葉を発した。しかし、その言葉はトリスタの耳では聞き取れなかった。

 何の言葉かと聞く間もなく、靄に変化が起こる。


 靄は中心に凝縮し、周囲に光を撒き散らしながら回転して小さな塊になった。

 青く少しゴツゴツしたそれは、形や大きさこそ違えど、ニータが空に揚げたものと同じ『星』になった。


「すごい……!」


「フフン。でしょ? トリスタちゃんもそのうちできるようになるよ! でもその前に──、あ、いや、無理か」


「何がですか?」


「星を星にすることがだよ。ぼくと同じことをするには、星と仲良くならなくちゃいけない。だけどトリスタちゃんは、もうすでに別の『恩恵』──多分羊と仲良くなってるから、できないんだ」


「『恩恵』?」


「ああ、そうか。このことは学校では習わないんだったね。『恩恵』というのは、後天的に得られる何かしらの能力のことだよ。君で言えば、羊との意思疎通かな? 先天的にかつ一方的に与えられる『祝福』とは違って、『恩恵』は日々共に過ごしているものと深くつながることができるようになるものなんだ。君もいつからか羊の気持ちが分かるようになったんじゃないか?」


 ニータの言う通りだ。自分の羊シーちゃんに限られるが、トリスタは彼と意思疎通ができる。

 父や母らは会話もできるらしい。しかしその会話中、他人からはどちらも羊語を喋っているようにしか聞こえないのだが。


「そう。それが『恩恵』だ。それはとても便利なものだけれど、少し制限がある。特別な場合を除いて、『恩恵』を同時に二つ以上保持することはできない。君がもし星の恩恵を得たいのなら、黄金羊の恩恵は破棄されてしまうのだよ」


「じゃあ、私は星揚師にはなれないんですか?」


「いや、そうじゃないよ。その眼鏡をつけていれば、少なくとも君はぼくを手伝うことはできる。ただ、本当にぼくと同じ仕事をしたいのなら、いつか選択を迫られることになるだろうね」


 眼鏡というのはトリスタが今つけている、アテラノから貰った縁の丸い眼鏡のことだ。

 見た目はなんの変哲もないが、つけると星の靄が見えるようになった。


「分か、りました」


 どうやら、トリスタの目的を達成するのは、そう簡単なことではないらしい──。

 トリスタはため息をつきたい気持ちをぐっと堪えて、笑顔でその場を取り繕った。



        ★☆★☆★



「よし、ぼくは向こうを見てくるから、君はあっちを探しに行ってくれる? で、見つかったらコレでぼくに知らせるように! 分かった?」


「分かりました」


「じゃあ、用意どん!」


 謎の掛け声を合図に、トリスタは指定された道へ歩き始めた。

 数分前とは打って変わって、雪の積もった道ではなく、きちんと舗装された道をだ。


 トリスタたちが今いるのは、『叡智の街』。トリスタの出身地である『雲海の街』と同じく大陸西部にある街だが、トリスタは一度も訪れたことがなかった。

 今回初めて仕事のために訪れたのだが、その景色はどれも『雲海の街』とは違っていた。


 まず、高い建物が多い。それは大陸一発展している『中央の街』にも言えるのだが、そことはまた違う。

 高い建物と言えど、先の尖った塔のような建物が多いのだ。

 中でも目を引くのが、街の中心部にある塔だ。他のものよりも遥かに高く、恐らくどこから見ても目視することができる。

 ニータによると、あそこでこの街の方針が決定されているらしい。

 知識人が多いというこの街だから、きっとトリスタの理解の及ばないような会話がなされているのだろう。


 そしてニータは、この街が星を探すのに最も適している、と言っていた。

 理由は教えてもらえなかったが、とにかくいっぱい星が見つかるだろうから、見つかり次第連絡してほしいと言われたのだ。


 連絡手段は通常使う通信具ではなく、またもアテラノから貰った星の飾りのついた耳飾り。

 触れるだけでニータと会話ができるようになるそうなのだ。

 トリスタは無意識に耳飾りに触れてしまい、しまったと思った。


『おや! 早速見つかったのかな?』


 案の定ニータに繋がってしまい、トリスタは苦笑いする。


「すみません、間違えました」


『あ、そう? いいんだよ、用がなくても連絡してくれて! あ、あった! ごめん、一旦切るね! トリスタちゃんの良い報告を待ってるよ!』


 ニータの声が消えたので、トリスタは耳飾りから指を離す。

 ニータはもう見つけたようだし、早くトリスタも探さなければ。

 そう思って辺りを見回しながら歩いていると、早速視界の中に靄が映った。

 だが靄のある場所が少し特殊だったので、トリスタはすぐには向かうことができなかった。


「ここは──、運動場?」


 そこは、トリスタの通っていた初等学校の運動場によく似ていた。

 変質防止用の撥術石でできた円形の床と、それを取り囲むように敷かれた芝生は、基礎としては同じ。違うのは、周りの景色だけ。


 円床の上では、術師たちが戦っている。

 彼らの足元にあるのが、トリスタの探している靄こと星だ。


「近寄れない……」


 靄の近くでは術師たちがお互いの天術を駆使して戦っているので、近付けばすぐに消し炭になってしまうだろう。

 だからといって、仕事を放り投げるわけにはいかない。


「とりあえず、ニータさんに……」


 トリスタが耳飾りに触れると、すぐにニータと繋がった。


『見つかった!?』


「はい、でも──」


『分かった、すぐ行く!』


 トリスタが事情を説明する前に、通信が切れてしまった。

 何度か耳飾りを叩いてみるが、応答がない。


「──やあ! トリスタちゃん! 現場はここかな?!」


「わっ」


 突然背後から響いた声に、トリスタは思わず声を漏らす。

 そして背後のニータに振り向き、


「は、早いですね……」


「そうかな? これでもゆっくり来た方なんだけど。ここではアレが使えないからね」


「アレってなんですか?」


「シュンって移動するやつだよ。君もぼくの街に行くまでと、ここに来るまで、二回使っただろう?」


「あれですか。どうして使えないんですか?」


「アレを使っているのを、人に見られてはいけないんだよ。ぼくらだけの貴重な力だからね。恨み妬み嫉み、その他色んな悪い感情を引き起こす可能性がある」


「そうなんですか」


 確かに、すぐに移動できる力があるのなら、どんな人でも欲しがるはずだ。

 天術には速く動けるようにするものはあっても、瞬間移動できるものはないからだ。

 唯一、街と街を繋ぐものとして空間接続口があるが、制約があるので使用用途が限られてしまう。


「そう。ところで、くだんのものはいずこ?」


「あ、えと。あそこです」


 トリスタは靄のある方を指差してみせる。


「あちゃー。あんなところに……」


 ニータは靄の周りに人がいるのを見て、頭を抱えた。


「ねえ、トリスタちゃん」


「はい、なんでしょう」


 何故だろう、ニータがじっとこちらを見ている。

 上目遣いをするニータに、トリスタは対応に困る。

 するとニータがいつもと違う、甘えたような声を出した。


「ぼくの代わりにー、あの人たちにどいてくれるよう、言ってくれない?」


「ど、どうして私が!?」


「ええ。別にいいでしょー? 減るもんじゃないし」


「それはニータさんも同じです! そ、それに、私はあまり知らない人と話すのは苦手で……」


「ぼくとは話せたじゃないか」


「ち、ちが、あれは! それに見てください! あの人たち、あんなに真剣に戦ってるんですよ! 邪魔をしたら何と言われるか……!」


「ぼくもそう思うから君にお願いしたんじゃないか」


「いつもないんですか? こういうこと!」


「あったよ?」


「じゃあニータさんがやってください! 私はできません……!」


「うーん。仕方ないなあ。……ま、いっか。じゃ、トリスタちゃん。ちょっと離れてて」


「……? はい」


 ニータが話すのにトリスタが離れる必要があるのかと思ったが、取り敢えず人一人分離れてみる。


「もっともっと」


「はあ」


 ニータの意図がわからないまま、トリスタは彼女と三人分の距離を取った。


「よし、じゃあやろうか」


 ニータはそう言って右腕をぐるぐると回すと、運動場に足を踏み入れた。

 突然の侵入者に中の術師たちも驚き、動きを止める。

 そこでニータは話しかける──かと思いきや、右手を正面に伸ばした。


「え、ニータさん?」


 トリスタの疑問の声が当人に届くはずもなく、彼女は振り向きもせず言った。


「星は言った。『君たちはここにはいなかった。今日は朝から座学をしていた』」


 いつもの明るさを感じない冷たい声に、トリスタは背筋が冷えるのを感じた。

 近くにいれば、冷えるだけでは済まなかったかもしれない。

 何故なら──。


「いない……?」


 ──ニータの周りにいた全ての人が、一瞬にして姿を消していたのだから。


「トリスタちゃーん! 来てー!」


「…………ぁ、はい!」


 今までのが何だったのかと思うほど、トリスタの名を呼ぶニータの声は明るい。

 トリスタは若干の戸惑いを感じつつも、ニータのそばに小走りで向かう。


「星は……?」


「うん。あるよ。でも……少し問題があるみたいだ」


「問題?」


「そう、問題。この星は、星になるべき星じゃない。つまり──」


 ニータは一呼吸置いて、少し躊躇うように言った。


「星の持ち主を──探さないといけない」

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