手放さない、あたたかさ。

雨夏

抱きしめる。

彼氏に、振られた。


こんなこと、誰でもある当たり前のことだ。


それだけなのに、どうしてこんなに涙があふれだしてくるのだろう。


心当たりは彼に言われた言葉しかない。



「ごめん。本命と結婚するから別れて」



その言葉からわかるのは、私は二番目のキープだったということ。


そして、一番と上手くいったから別れてほしいということ。


要するに、私は用済みだ。



「ひっく、ぐす……っぁぁ……」



顔がぐちゃぐちゃになるほど泣く。


幼なじみににも親友にも、家族にすら見せたことがない涙。


これだけあふれ出してくるだなんて。


今まで私、こんなに耐えてたなんて思わなかった。


幸せは、築き上げるのは大変。


でも、壊れてしまうのは、一瞬だ。


外で、路地裏で。誰もいないのをいいことに、ひたすら泣く。


雨が降ってきた。


体が冷えていく。


冷たい雨は、なんだか心地よい。


このまま冷えれば、死んでしまうのか――なんてことも考えてしまう。


それくらい、私のもろいメンタルはぐちゃぐちゃだということだ。


雨の音の中、一つの足音が耳に届く。


こんなところに、だれ―――?


しかも、だんだん近づいてきている。



「———っ優紀ゆき!」



私の名前を呼んでいる。


反射的に振り向くと、肩で息をしている幼なじみの姿があった。


ここまでどれだけ走ってきたのだろう。息切れは激しく、びしょびしょにぬれている。



あきらっ⁉ ど、どうしてここに……」


「優紀が、いないって……おばさんに、聞いたから……」


「だからって……ちょ、びしょびしょ!」



驚きで涙も引っ込んだ。


慌てている私に、「それはお前もだろ」なんてのんきに笑っている彰。


すると、すぐに雰囲気が変わり、彰がしゃがみこんで私の顔を覗き込んでくる。


思わず私はうつむいてしまう。


けど、彰は優しい笑顔で、優しい声音でといかける。



「なんで、泣いてるの?」


「っそれは――」



ぎゅっ。


彰から聞いたくせに、私の言葉を遮るように抱きしめてくる。



「つら、かったんだよな……」



切ない声色に驚いてしまう。


なんで? なんで、彰が悲しむの?



「俺っ、なら……! 俺は……!」



私を抱きしめる力が強くなる。


彰の心臓の音が早くなって、体温も上がっている。


私も少しづつ、彰の熱であたたまっていく。



「———俺は、優紀が好きだよ」


「……っ‼」



彰が……? あきらが、わたしをすき?


ずっと一緒にいた幼なじみ。


そばで、支えてくれた、幼なじみ。


私のことが好き?



「それは――」


「恋愛的に」



私の言葉を遮る。


私が言う言葉、わかっちゃうんだね。



「別れたばかりだってこともわかってる。こんな弱みにつけこむみたいなの悪いのもわかってる。でも、でも……!」



なぜだろう。


傷口にしみていくような、あたたかい何か。


私の心臓も、彰の心臓も、ドク、ドク、と、少しずつはやくなっていく。



「俺と、付き合ってほしい。だけど―――」



ぎゅっ。


今度は、私が彰の言葉を遮るように、彰のことを抱きしめ返した。


案の定、彰は驚いているようだった。その証拠に、目を見開いている。


いいよ、その先。言わなくて。



「いいよ」


「っへ?」


「ばか。いいよっつってんの」



彰の体温が、ぶわぁぁぁっと上がっていく。


いいね。私の体温も上がっていくよ。



「ほん、とに……?」


「何回も言わせんな、ばーか」



その瞬間、彰がぎゅっと抱きしめてきた。


こんなの、ビッチ、とか。言われるかもしれないけど。


男好き、とか。思われるかもしれないけど。


私が、また、始めていきたいと思ったんだから。いいよね?


これからよろしく、彰。


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手放さない、あたたかさ。 雨夏 @mirukukoka

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