ヘアスタイル遍歴 🙋‍♀️

上月くるを

ヘアスタイル遍歴 🙋‍♀️





 肩にかかるグレーヘアのシニア男性を見送った店長がもどって来ると、黒いケープを付けられた鏡の前の橙子は「ああ、すっきりした~」お腹を押さえながら告げた。


 いささか可笑しみのある(失礼だが(笑))ポニーテールというかサムライヘアで入って来た男性の髪が、短く刈り上げた下草を覆う枯葉の様相を呈している。!(^^)!


 その構造がどうなっているか知りたくてたまらなかったが「橙子さんは人を見過ぎですよ!」以前、仲よしのトレーナーに窘められたことを思い出して我慢していた。


 で、レジへ去った男性のうしろ姿からやっと珍しいヘアスタイルの概要がつかめ、ミステリーの伏線回収に膝を打つ読者のように、留飲を下げたのだった。( *´艸`)


「地の部分をバリカンで剃れば涼しくていいわね。わたしもやってもらっていい?」「いや~、それは勘弁してください」すぐ赤くなる店長さんに生真面目に断られた。




      🦠




 あらためて思い返してみれば、ずいぶんと長いのである、橙子の美容・理容院歴。

 子ども時代は床屋さん、ン十年の美容院通いのあと、リタイア後の千円カット店。


 オカッパから三つ編み、ポニーテールの少女時代、大人になって似合わないパーマをかけてどっと老け(笑)、それからはチリチリだのユルフワだのの流行に従った。


 若いころのアルバムを見ると、ヘアスタイルも洋服も曖昧な笑みを浮かべた顔も、なにもかも野暮ったく、田舎のオバサンっぽく、古い映画を観せられているみたい。


 と同時に、ときどきの出来事や記念行事、子どもたちの成長に伴う悲喜こもごもがセットで付いて来て、よくもここまでやって来れたなあ、柄にもない感懐を覚える。


 


      🦦




 いろいろあったイチイチを解決したあとで隠遁生活を送る現在のヘアスタイルは、日々の手入れもシャンプーもドライヤーもすべて楽なベリーショートに落ち着いた。


 生来は丸顔だったが、環境の激変で心を患ってからやや面長風になって来たので、薄赤くなりながらの店長さんの「お似合いですよ」も、まんざら嘘ではなさそうだ。


 もっと歳を取ったら、先刻のサムライ氏のように剃りを入れてもらってもいいな、そうしよう……合わせ鏡を見せてくれる店長さんに内緒で頭の隅に( ..)φメモメモ。




      🍂👕🐈‍⬛🪲




 ヘアスタイルとは直接の関係はないが、閑話休題的な話をひとつ。

 いささか季節はずれだが、ちょっと印象に残っているので。(^_-)


 十月半ばの木曜日の午後、音楽堂の公園にはだれもいなかった。

 三角屋根の一階のカフェのオレンジ色の灯りが人待ち顔で……。


 桜並木の上の方と、垣根の満天星躑躅どうだんつつじの葉の一部がほんの少しだけ色づいている。

 薄紅葉。季語としてはインパクトがイマイチなので、佳い句が出来た試しがない。


 市道沿いに山の駅へ向かう二両編成の電車が去ると、まちの喧騒がもどって来る。

 ふと見ると、植え込みの空地に小さな花がいくつか植えられていて不粋な貼り紙。



 ――ボランティアで費用を出し合って植えた花が、いつの間にか消えています。

   花はどこへ? わたしたちの心が踏みにじられたようで「さびしい」です。



 そういえばベンチのそばにも「家庭ごみの持ちこみお断り」の貼り紙があった。

 どちらも以前はなかったこと、長引くコロナ禍、世相が荒れて来たのだろうか。




      💒




 そして、朝のドラマの場面がずっと気になっている。

 「失敗が怖い」と告げる幼い孫娘に祖母が言うのだ。



 ――おばあちゃんなんか、たくさん失敗して来たとさ。

   それで、孫たちにも長いこと会えんかったさ……。



 後悔の長嘆息に、子育てという至難な事業を経験した多くの人が共感しただろう。

 失敗のない人生はないし、完璧な子育てもおそらくあり得ない。(´;ω;`)ウッ…


 げんに演じる女優さん自身が、子どものことでマスメディアから大バッシンングを受けた時期があり、その期間を乗り越えての今日であること、みんなが知っている。


 


      🚴




 ベンチに座ってモートン病の足を休めると、花を黙って持ち去ったり、家庭ごみをわざわざ投棄するほど荒んでしまった心の持ち主の「さびしさ」が胸に迫って来る。


 満天星躑躅の垣根の横の小道を、青年の黄色い自転車が勢いよく奔り抜けてゆく。

 山から帰って来た電車が銀色の車体の青いラインを傾け、ゆるいカーブを曲がる。


 油絵具を絞り出したようなオレンジ色の桜の葉が一枚、はらり地上に舞い降りた。

 線路の向こうから現われた紋黄蝶が東屋を越え、カフェの灯りに吸い寄せられる。


 地面スレスレを飛んだかと思うと、つぎの瞬間にはもう姿が見えなくなっている。

 十月の空気と色と音と忍び寄る季節の気配を、ベンチに座って全身で感じていた。




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