第3話 リッキー①

 ネロ、カリファ、ジン、ゼロ、そしてレプリカの5人は、学長室から魔法の実験場にも使われる広く平された場所へと移動した。道中、騎士団に捕まったとされるリッキーに対してカリファは呪詛のごとく、ブツブツと文句を呟いていた。


「まったく、あの阿呆はトラブルを起こさないと死んでしまう病気なのか? 毎度毎度呼び出されるこっちの身にもなってほしいもんじゃ!!!」


 そう言いながらも懐から取り出した蒼白いペン先に丸みを帯びた黒の万年筆を振るうと、ネロたちの前にどこからか勢いよく飛んできた大きな巻物が地上数センチほど浮いて停止した。巻物はクルクルと展開されると、ミルキーホワイトのふちにローズピンクの花びら、リーフグリーンのつむじ風、そしてマリーゴールドの悪魔が描かれた絨毯であることが解った。


「これは………噂に聞く魔法の絨毯ですか」

「うむ、その通りじゃ。これはソロモン魔法国における国宝でな、随分と年季が入ってしまったがまだまだ現役のいい子なんじゃよ」


 ゆうに10人ほどが乗っても余裕がありそうな大きさの絨毯。国宝である筈の代物を彼女が使えるのは王族の一員であることと、絨毯そのものを扱える人が膨大魔力を持つカリファしかいないからだ。風魔法の類を使用すれば浮かぶことはできるが、この魔法の絨毯のように縦横無尽に動き回れるかと聞かれれば否である。


「ほれっ、早く迎えに行くからお主らも乗れ!」


 そう言った彼女は先ほどまでの白いブカブカの服装ではなく白いマントをなびかせながら、これまた白い軍服のような格好となっていた。やはりと言うべきか彼女の身長に対して服が大きく、引きずるような形になってしまっているのはご愛嬌。

 「乗れ」と格好つけたいいものの、いくらピョンピョン跳ねても一向に乗れないため、最終的にはジンに脇を抱え上げられてしまった。


「コホン………さて、お主たちも乗るのじゃ」

「分かりました。ゼロ、レプリカ、お前らのローブだ今のうちに付けとけ」

「おーう」

「ふふんっ♪ どうだチビ助、似合うだろう!」

「ローブ………ああ、ジンたちのそれってこの学園の制服代わりなんでしたっけ?」

「あれっ、ネロは持って………入学したばかりだから無いのか」

「安心せいネロ。お主とジンたちのは特別性じゃからな、少々時間はかかるがちゃんと渡す」


 ジンたち3人が付けた右側に金の3本線が入れられた黒のローブは、このソロモン魔法学園における制服兼生徒手帳代わりのものである。また、普通の生徒が身につけるのはただの白いローブであり、黒のローブは優秀な選抜メンバーだけご着用を許された特別なものである。

 カリファを先頭にジンとネロ、ゼロとレプリカが並んで座った。全員が乗り込んだのを確認したカリファは再び万年筆を振るうと、絨毯がふわりと浮かび上がる。徐々に上昇していく絨毯は一定のところで滞空し南の方角へと頭を向けた。


くぞ! 目標はリッキーの阿呆! もしかしたら……多分……絶対に暴れておるから多少のケガは気にせんっ、南の牢屋に付き次第速やかに事態の収集にかかれ!」


 カリファの命令が引き金となったのか、滞空していた絨毯は徐々に徐々に加速していく。

 現在から720年前、カリファのご先祖様であり魔法王ともあだ名されていたソロモンは、3つの別れていた国々を圧倒的なまでの魔法でもって一つにし平定したのが、このウォズ大陸一の魔法国家であるなのだ。

 この国は、ソロモンの血筋の中から最も魔法に才がある者を学園の長に、最もまつりごとに才がある者を君主に据え、そばに仕える者たちを名家とし国家を運営している。現在、学園はカリファがその役を担っており、政治は彼女の弟が君主となっている。どちらも若くしてその座についているのは、彼彼女の両親が早くに病によって亡くなってしまったことに起因する。しかし、どちらにも役割を全うできる才能があったのは不幸中の幸いであった。


(へぇ………上から見るとまたスゴいな)


 ネロは加速によって飛ばされそうになった帽子を押さえながら、心の中でそう感嘆の声を漏らした。

 彼の視線を辿れば赤、黒、白、オレンジと様々な色の屋根と目に鮮やかな木々の若緑色、まるで星を散りばめたかの様に輝きを放つ水路の紺碧、その全てが自然と調和している街並みは「美しい」の一言に尽きるだろう。

 自然に存在する膨大な魔力の流れを龍脈りゅうみゃくと呼び、その龍脈の上にソロモン魔法国は建設されている。自然と人工物が調和したこの秀麗な景観を損なわず、かつ、龍脈を利用した魔法的効果を得られるよう配慮されたこの大規模な魔法は、諸々の建築物全てに台風•地震•豪雨•落雷等の災害による「不壊ふえ」の効果を与えている。


(こんなに大規模な魔法はもはや芸術の領域だね。今のボクじゃあマネしたくても出来ないなぁ………恐ろしい程に整った国だよ、ホント)


 次に地上から後ろの北側へと視線を移せば、そこには2つの手のひらのような形をした山脈という天然の要塞の間に森厳にたたずむ白亜の城───ソロモン城が目に入る。彼の城には、燃え盛る炎のような輪郭を持ったルビーレッドとターコイズブルーの巨大な鳥が、まるで守護をするかのように上空を旋回していた。


「「キィィィィィィッッッ─────!!!」」

「なんじゃァァァァアアアアーーーー?!?!?」


 不意にその2匹の巨鳥が耳をつんざく轟音を響かせる。ネロを除く一同全員は両耳を塞いだり(ジン、ゼロ)、驚きで座っているのに転んだり(カリファ)、虚勢を張って威嚇をしたり(レプリカ)と、各々がそれぞれの反応を見せた。


「あの鳥………鳴けたのか、初めて聴いたぞ?」

「だっはっはっは! ネロのヤツ威嚇されてやんの! お前あのトリたちにウンコでも食わせたのか?!」

「してないし、例えが下品だよゼロ?」

「こっ、このレプリカ様に対していい度胸だぞ! くぉらッ! このクソ鳥どもめ、焼き鳥にして食ってやるッ!!」

「めっずらしいのォ? ジンと同じにあの巨鳥たちが鳴くなぞ、ワシも初めて聴いたぞ?」


 何故か理由も分からずに嫌われてしまったネロだが、そんなことは気にせず上空から国を観察するのを優先した。

 再び視線を正面へ移せば、そこには国をぐるりとほぼ一周している汚れの一切ないおおきく長大な純白の外壁と、デザインやカラーがそれぞれ異なっているこれまた巨大な6本の塔が、西から南そして東へと等間隔にそびえ立っている。

 この6本の塔は、国全体の上空から地下までを淡く輝く半透明なベールで包み込み、外敵の侵入及び攻撃を拒絶する魔法───それを発生させるための役割を持つ。希少な石材と宝石、そして今は再現が不可能とされている『ソロモンの魔法理論』という古代の魔法技術によって創造された塔は、当然のごとく国宝指定である。世界的に見ても国宝を個人で扱うことや、現在まで正常に稼働している古代魔法を確認できるのはこのソロモン魔法国だけだ。

 「───ところで」と、上空からの眺めを一通り堪能したネロがジンへ話しかける。


「ジンはリッキー……だっけ? 知ってるの?」

「もちろんだ。この国に居れば嫌でも耳にする名前だと思うんだが………聞いたことないのか?」

「全然、ボクは最近来たから───」

「「キィィィィィィッッッ─────!!!」」

「なんじゃあああぁぁーーーーーー!?!?」

「………っさいなぁ、アレ食べてきて黙らせてよレプリカ」

「チビ助のウンコ食ったヤツなんかだ! ゼロが食え!」

「ホントに食ったら腹ァ壊しそう───グェッ! おいっ、やめろ後輩! 杖でグリグリはダメェ!」


 ウンコを食わせた冗談が事実になりかけていたため、抗議のついでにお仕置きとして持っていた木の杖をグリグリとゼロの顔面に押し付けたネロ。宝石部分が絶妙に硬く、ゼロの鼻頭をグリグリ的確に痛めつけていた。

 横から茶々を入れられないようお仕置きは継続したまま、ネロは再びジンにリッキーという人物がどのような存在なのかを問いかける。転んでいたりお仕置きしていたり、されていたり、それを見て爆笑していたりと、なかなかにカオスな状況にも関わらずジンは再度説明をし始めた。


「リッキー………一言で言えばあの人はこの国一番の嫌われ者だな」

「嫌われ者……?」

「はにゃが痛ひ……フゴォッ!」

「ガッハハハハハ! フゴォッて、フゴォッて言ったいま!!」

「あー……そろそろ勘弁してやれネロ。それで嫌われ者ってのはあの人がメチャクチャに気分屋っぽいんだよ。不機嫌だと難癖つけて絡みにくるチンピラを想像すれば大体そんな感じだ」

「チンピラ………、二人はどんなイメージなの?」

「ハナイテェ〜〜〜、んぁ? あーーーーリッキーパイセンね、オレは結構スキだぜ? 色んなこと教えてくれっし」

「ワレは嫌いだ! あのゴリラを好きになるヤツも嫌いだ、つまりオマエも嫌いだゼロ!」

「え〜〜〜レプリカさんヒドーイ」


 苦労人ではあるが人嫌いはしなさそうなジンが、誰から見ても明らかに嫌そうな顔をしてリッキーのことを話した。レプリカもジンと同じかそれ以上に嫌そうな顔をするが、逆にゼロは好印象を持っている様子。

 ネロは比較的に性格が似ていそうなゼロとレプリカの、リッキーに対する反応がほとんど反対であったのには意外だと感じていた。2人の反応から、どうやらジンの言っていた「気分屋」という言葉はあながち間違いではないと予想した。

 そうなると残り1人の反応も確認しておかねば気が済まないのがネロという存在。横から覗くようにカリファの顔を見ていると、何を自分に求めているのか察した彼女は答えてあげた。


「ワシがリッキーをどう思っておるか気になるのか?」

「うん、そんな嫌われ者のリッキーをカリファ学園長はどう考えてるの?」

「そんなもん決まっておろうが! 大大大大大大大大大大ッ嫌いじゃ!」

「意外だな………アナタがそんなハッキリと他人を嫌うなんて」

「自分で言うのもなんじゃが、ワシはお主の思うように滅多なことでは人を嫌わん。しかし………しかしじゃぞ? この3年間で事あるごとに大小様々な事件を引き起こすことゆうに1000件近くとはどーゆー事じゃーーーー! なんじゃ? アヤツにとっては毎日がエブリデイの祭日か何かなのか!? 例えお祭りが大好き国であってもそんな頻繁にやるワケなかろうがッ!!! 毎度毎度昼夜問わず呼び出されて頭を下げればその後にアヤツの尻拭いをするべくサービス残業! さあ終わったぞと思った矢先に「お宅のリッキーくん引き取りに来て、いや来い絶対」と苦情の電話ラブコール。引き取りに行ったら当の本人は牢屋の中でスヤスヤとイビキもして爆睡をかましておったわ! いかに温厚で有名なワシであってもついに堪忍袋の緒が切れるというもの。ブチギレたワシは愛と怒りと悲しみを合わせたカリファソード(モップ)で顔面をぶっ叩いたんじゃが全くのノーダメ! しまいには「あーーよく寝た………ん? どうしたカリファそんなヒドイ顔をして、睡眠はちゃんと取らないとDAZE☆(キラーン)」だとぬかしよった! 一体誰のせいでこんな目に遭ってると思っているんじゃ! 全く悪びれもせんから皆から嫌われるんじゃぞバーーーカ!! あーーー今思い出しても腹が立ってくるわい。ふぅ………まだまだ不満は言い足りんがそんな理由でワシはリッキーのアホが嫌いじゃ」


 手をワナワナさせ愚痴をこぼしながら、漏れ出している魔力が彼女の憤りを表すかのように黒いオーラとなっている。この中で問題児と1番付き合いが長いのはカリファであるため、他の3人よりもなお多くの被害を受けている。

 しかし、誰もが見捨ててもおかしくないほどの人物であっても、一度でもその手を取ったからには最後まで面倒を見ようとするのが彼女、カリファ・ムム・タータ・ソロモンという教育者なのだ。その見捨てられない性格を甘さと取る者もいるが、現実としてそれに救われた者は決して少なからずおり、ジンやゼロなどは自分の道を示してくれた恩人として認識している。

 これ以上深くリッキーという人物の性格を訊いても仕方がないと判断したのか、次にネロが質問したのは彼の強さに関してだった。


「選抜メンバーになるくらいだから強いんだよね? それってどれくらいなの?」


 わざわざ味方であるジンたちからも嫌われている人物を選抜メンバーに組み込むということは、たとえチームワークが必要な場面であっても個人プレーで解決できるような実力の持ち主であるとネロは考えた。

 実際、彼の考えはかなり当たっている。3年生だからという理由だけでメンバーに選ぶほどカリファは優しくない。ジンやゼロはともかく世界三大厄災らしいレプリカと、このソロモン魔法国に来てから日が浅いネロを出場させるあたり、今回の彼女は徹底した実力主義に奔っている。理由はシンプルにお金のためだ。

 強さを訊かれたカリファはこれまた嫌そうな表情を浮かべながら渋々といった様子で答えた。


「強さで言えばまず間違いなく最強の部類に入るじゃろうな? 真正面からの戦いであればリッキーが負ける姿を想像できんくらいには強い」

「───って言ってるけどレプリカ?」

「ワレのほうが強いッッッ!!!」

「いやいやいや、おまえボロ負けして───ハニャをつまむにゃっ!?」

「学園長の言っていることは間違いじゃないぞネロ。条件次第だがあの人に有利を取れるやつなんて数少ないんだ。ホント、悔しいけど戦闘センスってものがスゴいんだ」

「キモいけど強いのは確かだ、キモいけど」

「あーッテェー、確かによーぉ? パイセンはキラわれてっけどマジで強ぇんだぜ?」

「そうなんだ………強いんだ、なんだか早く会ってみたい気がしてきたよ」

「ネロの要望に応えるわけではないがちょいと急ぐぞ。今さらなんじゃが、リッキーが大人しく牢屋で反省なぞしておる想像ができんでな」


 6本の塔によって遠近感がバグを起こしてしまいそうになるが、ソロモン魔法国という国はかなり広大な面積を誇るため、例え上空から一直線にリッキーの元へ向かおうとしてもかなりの時間を要する。

 距離があるならばどうするか。答えは至ってシンプルなもの───失くせばいい。


「───!!」


 カリファの掛け声とともに魔法の絨毯は淡い光を放ちながら徐々に徐々に速くなる。

 そして周りの景色が速度によりその輪郭を失い、ただの線へと変貌した瞬間5人は眩いばかりの極光に呑まれた。


「………これは」


 ネロが目を見開いたのも無理はない。気がつけば目的地であろう騎士団の青い屋根が見えているのだから。


「かっかっか! この絨毯は国の中限定で転移ができるんじゃよ、驚いたか?」

「驚いたよ、転移なんて眉唾ものだと思ってたから。やっぱりヒトの作った魔法ってスゴいね」

「そうじゃろう、そうじゃろう!」


 満面の笑みを浮かべたカリファはそのまま絨毯を操り、第3騎士団の黒い門の前へ降り立った。

 5人が来ることを伝えられていたのか、剣を腰に差し青い軍衣を着用したずいぶんと若い騎士が出迎えに現れた。


「お待ちしておりましたカリファ様!」

「ご苦労。うちのバカがまた世話になっていると聞いてな、これ以上迷惑をかける前に引き取りに来たぞ」

「はっ、ご案内致します!」


 5人が木目調の廊下を歩く道中、すれ違う騎士たちが綺麗な敬礼を向けてくる。忘れがちになるがこのちんちくりんの学園長、王族の一人なのだ。


「「フフン………!」」

「いやゼロとレプリカおまえらじゃねえからそのドヤ顔やめろ、コッチが恥ずかしくなる」


 約2名、何故か自分が敬われていると勘違いしている様子。むしろこの2人は叱られることの方が多いのだが、そんなことは頭の片隅にも置いていないのだった。


「して、今回はどんな理由で暴れておったのじゃ?」

「はっ、今回は南門付近にて散歩をしていた容疑者リッキーが、第3に所属している騎士へ暴行を働いたと伺っております!」

「騎士へ暴行………はぁ、詳しいことは本人から直接訊くかの」


 各騎士団には騎士たちが働く場所(本館)と、別に建てられた場所(別館)の2棟がある。

 本館は国、および各騎士団の定められたエリアの治安維持などを扱う場所である。

 別館は主に犯罪を犯した者やその疑いがある者を収監、保護するための場所である。

 そして今回、リッキーがぶち込まれたのが別館に設置された地下牢だ。この地下牢は特別に凶悪な犯罪者か、犯罪者ではないものの暴れる可能性が極端にある者が収監される場所として設計されている。

 悲しいことに彼はそこの常連として収監された最多記録保持者なのだ。


「お疲れ様です、カリファ学園長様及びそのお連れ様です」

「お待ちしておりましたカリファ学園長様。ただいま扉を開けます」


 受付をしていた若い女性の騎士はカリファたちを迎え入れると、鉄の塊から切り出したかのような無骨な扉の横で何かをいじっている。


───ガギンッ!

 

 


「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 獰猛な獣の雄叫びが彼らを襲う。

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ネロ•エスピーナのリドル─初見殺しの魔法使い─ 研究所 @KenQjo

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