第2話 カリファ学園長と愉快な仲間たち

 カツン……カツン……。


 大理石ではないツルツルとして暗く不気味な配色の不思議な材質でできた石の廊下に、同じ材質でできていると思われる縦に長い柱も高い天井も合わさって、靴の底が地面をたたく音をより響かせる。


 音の主の名はネロ•エスピーナ。


 鍔の広く金で縁取られた黒い帽子、身長より頭一つ分大きく虹色の宝石が装飾された木の杖、そして純白のローブに黒のコルセット。それはまさに魔法使い然としていた。


 先日の決闘の際、使用した魔法の珍しさと恐ろしさから「初見殺し」のあだ名をつけられた話題沸騰中の魔法使いである。


 彼が廊下を歩き始めてから、かれこれ数時間が経過していた。ソロモン魔法学園がいかに広大であろうとも、移動だけで一時間以上かかることなど普通ではあり得ない。であればこの延々と続き、いっそのこと終わりなどどこにもないと思ってしまうほどに長い廊下は一体なんなのだろうか。


「魔法だろうね」


 右は壁でなく一面のガラス張り。


 時折ボコボコと音を立てながら拳大の気泡が上へ上へ昇っていき、綺麗な色合いの魚やおどろおどろしい色の巨大なナニカがいることから、どうやら人間が住むには適していない水中にいるらしい。


 ニヤリと笑うネロにはどうやらこの置かれた状況に、より正確にはこの果てしない廊下を形成している魔法に心当たりがあるようだ。


「『カテラス夫人の愉快な廊下』だったかな? 現在から200年も前に実在したカテラス夫人には有名な話がある」


 止めていた歩みを再開しながら子守唄のごとく誰かの耳に囁くように、優しく丁寧に間違いなく言葉を続けていく。


「家には莫大な資産があり、夫は魔法使いとして権力があり、自分には飛び抜けた美貌があった。そんなカテラス夫人は使用人の女の子をイジメて遊ぶ素晴らしい趣味があったそうじゃないか」


 自身より頭一つ大きな杖をくるくる、くるくる。そのまま踊り出しても不思議ではないほど上機嫌なまま、回し続けていた。


「その財力と権力に見合うだけの大きく広い屋敷の廊下を使い、夫人は女の子を休みなく動かし続けていた。掃除をさせて、重い荷物を運ばせてと。主人の命令もいつかは終わるだろうと信じて、言われたとおりに廊下を行き来する」


 ───カンッ


 虹色の宝石が装飾された木の杖を床に突く。


 すると、ただでさえ薄暗いというのに突如として周囲から黒い風が吹き荒れれば、ネロの数メートル先で黒い影となりべチャリとこぼれ落ちる。


「女の子の命尽きるまで、ついぞカテラス夫人の命令は終わらなかった。それからも使用人たちへのイジメは夫人の寿命が尽きるまで行われたそうな。悪女として表現されている夫人だが、その生涯は非常に幸福であったそうだ。これはね、悪者が懲らしめられて気分が晴れる勧善懲悪ではない」


 ゴポ…ゴポポッ………。


 まるでヘドロの詰まった排水溝の悲鳴のような音を響かせながら黒い影はゆっくりと少女の姿を形どっていく。


 爪先からヒザ、腰、お腹、胸、首、頭、肩、ヒジ、手。およそ人とは思えないナニカが人間のフリをして目の前に現れた。


「いくら我慢しようとも努力しようとも、力なき者は力ある者に敵わないという無慈悲な現実を読者に突きつけるのが、このストーリーの面白さなんだ」


 それからも次々と少女の形をした影が生み出されていく。爪が長く鋭いものや腕が剣のようなもの、脚が槍、胴体に大顎、頭部が鉄球、背中が針だらけなどなど、およそ50体ほどの影が目の前の魔法使いを仕留めんと息巻いている。


 想像してみてほしい。

 50人の小さな子どもが明確な殺意を持って、今まさに自分を襲わんとしている状況を。きっとアナタは恐怖を感じる筈だ。


 そうなのだ、たとえ力や体格で勝ろうとも集団や群れというのはその存在だけで十分に脅威を、恐怖を孕んでいるのだ。


「リドル。ボクがこの無限に続く廊下もとい、魔法から脱出するためには目の前の影を圧倒的な力でもって殲滅するほかない………と普通ならば考えてしまいそうだが、この魔法の本質は「王と奴隷」の関係性だ」


 餓死寸前の飢えたケモノよりもなお邪悪にして醜悪な人型のナニカはついに痺れを切らし、ネロ•エスピーナという極上のご馳走を貪り喰らい尽くすため、光すら反射させない黒い体を疾風のごとき速さで襲いかかった。


「魔法の主が「王様」でボクが「奴隷」、ならばこの影たちはさしずめ「騎士」といったところかな」


───ザンッ、グサッ、バキ、ドゴ、グチャ


 ネロはそんな正体不明の化け物たちに群がられてもなお、まるで心地よい暖かさと寒さを兼ね備えた春風にあたるような調子で、この魔法を解明していく。


「その関係性を上手く「カテラス夫人」に当てはめて、この果てしなく続く廊下を再現したというわけだ。つまり、ボクが取るべき行動は過去•現在に至るまで多くの人々が知っているなのさ」


 魔法は解いた。リドルは終わった。


 先ほどまで文字通りに貪られ喰われていたネロ本人がいつの間にか影たちの後ろへ移動しており、黒い革で出来たグローブにて指を鳴らした。


───パチンッ


「「「「「─────ッッッ!??!?」」」」」


───グサグサグサグサグサッッッ!!!


 光り輝く針───否、木の枝が影どもをまるで意思を持ったかのように一体も逃すことなく串刺しにしてしまった。


「戻っておいで」


 その恐るべき攻撃範囲と攻撃速度の正体は、彼がくるくる、くるくると回していた虹色の宝石が装飾された木の杖であった。戻れとの命令で光り輝く木の枝から、元のどこにでもあるような木の杖へと変化し、くるりと彼の手に収まった。


 横に視線を移せば暗く不気味な配色の壁だったところに白いトビラが現れていた。ネロは突如として現れたトビラに特別に驚くこともなく、まるで難しい問題に挑んだら、その答えが合っていた時と同じような顔をしている。


 何の躊躇いもなく銀色のドアノブに手をかけ、そのまま捻って中へと入っていく。




「どうも、魔法の続きをするのなら王様のアナタを倒さなくちゃいけないんだけど?」

「もー! もーもーもー!! これでもお主に傷一つ付けられぬのか!? かなりマイナーな魔法じゃったのにィ!!」

「うーん……発想は悪くないと思うけど無限に廊下が続くんだから、体力切れを狙えばよかったんじゃないかな? そうすれば


 金の刺繍が施された真紅の絨毯に鈍く光を反射させた黒い革のソファー、そして一眼で高級品であるとわかる椅子に腰掛けているのが、この部屋の主にして学園の長であるカリファ•ムム•タータ•ソロモンその人だ。


 ピンクの髪を頭の後ろで一つにまとめ上げ、露わになったおデコには膨大な魔力が込められている紫色の宝石が付いている。傲岸不遜でありながらビビりで負けず嫌いな見た目が幼い美少女の32歳である。


 バカみたいに魔力が多いため肉体の成長が著しく遅く、それがコンプレックスなのか少しでも大人に見られようとブカブカの服を好んで着る傾向がある。


「そんなんじゃ勝った気がせんのじゃ! ワシはもっと、こう………グワーーッときてババーンと勝ちたいんじゃ! そうでなきゃ、ワシの高潔なプライドが許さーーん!!」

「………いまいち理解できないけど、わかった。それでボクを呼び出したのは魔法を使いたかっただけ? それとも別の用事があってのことかな?」


 落ち着きを取り戻したカリファは立ち上がって机に乗せていた足をキレイに戻して、椅子に腰を下ろした。


 ネロが彼女の「カテラス夫人」のストーリーをモチーフに構成した魔法を体験する経緯として、カリファ本人から呼び出したを受けていたからだ。


「コホン。世界樹の修復と世界三大厄災「悪食淘汰」を討伐したことにより最年少で冒険者の最高位である黒金に選ばれた、そんなお主に頼みがあるのじゃ」

「おやおや。ソロモン魔法学園の長であり王族の出自でもあるカリファ•ムム•タータ•ソロモン様にお褒め頂き恐悦至極。それで、そんなアナタの頼みとはなんでしょう?」

「学園対抗魔法大会に出て欲しいのじゃ!!」


 学園対抗魔法大会。

 ソロモン魔法学園をはじめ、5つの魔法学園からそれぞれの選手を選び出し、魔法を競い合う大会のことである。


 大会の内容としては5人1組の代表メンバーを選出した勝ち抜きのトーナメント形式で行われ、優勝校と活躍した選手に国から特別報奨金が授与されるそうだ。


「えー……ヤダ」

「頼むっ! この通りじゃ!!!」

「高潔なプライドどこいった」

「そんなもん犬に喰わせたわいッ!!」


 それはそれは綺麗な土下座だったと、のちのネロは語った。


 しかし、王族でもある彼女は平時ならば頭を下げることはおろか、土下座など文字通り死んでもやらない。つまり、カリファという女性をここまでさせる理由が、危険がそこまで迫っているということをネロはよく理解している。


「はぁ……ボクに出場選手になってほしいのはお金が目当てなのはわかったよ。でも、なんでお金がないんだい? ここは落ちぶれたとはいえ、名門であることには変わりないじゃないか」


 死体に鞭打つが如くグサグサと土下座をきめているカリファに、言葉の刃を突き立てられるのはネロくらいなものであろう。


 ソロモン魔法学園は無数にある学園でも名門として有名なのだが、全盛期と言われる初代ソロモン王が学園長を就任していた時と比べると明らかに落ちぶれてしまっている。

 その理由として、魔法使いとは強力な魔法を使える者を優秀としており、ソロモン学園は年々その優秀者を取り逃がすことが多くなったからだ。


「ぐぬぬ……人が気にしている事をズケズケと平気で言いおって、お主に人の心はないのか!!」

「ないよ。まったく……、何が悲しくて魔法を雑に見せ合うだけのお遊戯会にボクが参加せにゃならんのか」

「ワシの酒代とお主が入学試験に破壊した諸々の修繕費じゃ。割合にして3対7でお主が多いぞ?」

「………それならボクの分は魔物の素材を売って」

「優勝校には魔導書も贈られるのじゃ」

「まったく、ボクとカリファ学園長の仲じゃないか! うん! 是非とも協力しよう!」


 いざとなればこの姿を他の人に見せ、ネロが見た目年下の女の子を土下座させているという最悪な状況を切り札に、出場してもらおうと考えていたカリファ。転んでもただでは起きない女である。


 魔法使いにとって魔導書というのは、いわば洞窟の奥底に眠る財宝である。古い時代のものほど価値があり、そこに記されている魔法が非常に強力だからだ。


 魔導書という単語が出た途端、目の色を変えたネロ。それを見たカリファは、最初から報酬の話を出しておけばよかった、無駄に土下座をして損をしたと思っていた。


「そうかそうか! いやーワシは学園長想いの良い生徒を持って嬉しいぞ! では早速じゃがお主の仲間を紹介しよう!」


 そう言うや否や、カリファが「おーい」と呼びかけると、先ほどネロが入ってきた扉とは別のほうから3人の生徒が入室してきた。いや、入室と呼ぶにはいささか大胆なやり方であったが………。


「レ〜プ〜リ〜カ〜〜……様ダァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!」

「ウギャーーーッッ! 扉ガァーーーーー!!!」

「レプリカ! このバカ! 扉を壊すな!!」

「ニューメンバーって女の子!? 初めまして!

オレっゼロっていいま………男かよ、モグモグ」

「ゼロ、学長室でモノを食うな………!」


 耳がおかしくなるほどの爆発音を響かせながら扉を破壊して侵入して来たのは、その爆発音に負けず劣らず騒がしい3人組の2年生らしき人物。


「うぅ……扉ぁ〜〜〜………」

「ワハハッ! 許せカリファ、このレプリカ様の大いなる威光に扉が耐えきれなかったのだ!! イダッ!?」

「新人! オレは2年生のゼロだ、後輩は先輩の命令を聞かないとダメなんだからな! アダ!?」

「少し黙れお前ら……! カリファ学園長、紹介をお願いします」


 恐らく扉を盛大に破壊した張本人であるレプリカと呼ばれた赤い髪に2本のツノを生やした女性と、先輩風を吹かせたいのか後輩の部分を強調していたゼロ、そして、その二人にゲンコツを食らわせて黙らした苦労人気質の男性。


 ネロはこの3人と魔法大会に出場するのかと思うと、どんなに徹夜をしても痛くならなかった頭が少々悲鳴を上げそうだと思っていた。


「グスッ……そうじゃな、このまま2人のテンションとノリに構っていたら日が暮れても終わりそうにないしの」


 まだガヤガヤと騒いでいる2人を無視しつつ、カリファは行儀悪く机の上に登り、どこから取り出したのか学園の校章が入ったマントをまといながら大仰にネロへと語りかけた。


「ネロよ、その耳の穴かっぽじってよぉーく聞け! 短い黒髪の苦労人気質はジンじゃ! 魔法を学んで1年ほどじゃが、実力で選抜メンバーに選ばれた学園のエースなのじゃ!!」

「よろしく、えーと………?」

「ネロだよ、よろしくジン。あっ、敬語は苦手だからこのままだと嬉しいんだけど?」

「ああ、構わないよネロ。横のバカ2人に比べたらかわいいもんだ」


「「バカってゆーほーがバカなんでーす!」」


 またどんちゃん騒ぎが始まりそうだと考えたネロは、カリファに紹介よ続きをするよう目で合図する。


「コホン、次はレプリカじゃ。こやつは───」

「レプリカ様•ダッ! このご尊顔を拝謁するのに本来であれば国庫を空にする財をモゴモゴ───」

「そのままレプリカの口をふさいでてくれジン。まあ、赤紫の髪に2本のツノが特徴の世界三大厄災なんじゃよコレ。自身の能力で女になったところをスカウトしたんじゃけど失敗かなぁ………?」

「ほうほう、それは興味がありますね。ボクはネロだよ、よろしくねレプリカ」

「よいぞ、よろしくしてやろうチビ助!」


 そう言って彼女はネロ頬っぺたをグイングイン伸ばして遊びはじめ、例のごとくジンに取り押さえられていた。また暴れ出しそうな予感がしたカリファが、引き出しの中から取り出した秘蔵のスイーツを目の前に置き、彼女を沈黙させることに成功する。カリファ本人は若干涙目だ。


「そいで、その黄色い髪がゼロ。人間でありながら魔物にもなれる恐らく世界で唯一の存在なのじゃ。戦闘センスは抜群じゃぞ!」

「おうっ、オレはゼロだ! ケーイを込めてゼロ先輩と呼ぶようにネロ後輩!!」

「よろしく、でもボクはゼロと友達になりたいから呼び捨てがいいんだけどダメかな?」

「と、とも…だち……! へへへっ、し、仕方ねーな特別にゆるーすっ!!」


 「友達いなさそうだなー」と大変に失礼なことを考えた上で発した言葉だったが、それが見事に的中したようだ。


 テンションを上げに上げまくったゼロは、少しだけ照れ臭そうにしながらもガシっと固い握手をネロと交わし、彼の中で良い後輩判定を下した。


「見よ! このジョーカーだらけのメンバーを! これで魔法大会の優勝は我がソロモン魔法学園がもらったも同然じゃ! カーカッカッカ!!!」


 ジン、レプリカ、ゼロ、そしてネロの4人を見渡しながら、もはや自分の優勝は揺るぎないモノと思っているカリファ。どんなに行動の全てがバカであろうとも、この場にいる生徒の実力は本物であるため、何かしらのトラブルでもない限り敗北はあり得ないのだ。


「カリファ学園長」


 優勝した賞金を酒代と修繕費に充て、残りはどう使おうかとニヤニヤしながら考えていた彼女に、突然ネロが呼びかけた。


「カーカッカッカ! なんじゃネロ、今のワシはとーっても気分が良い! 何でも訊くがよい!!」

「ジンとレプリカにゼロ、それからボクが加わるのはいいんだけど、大会は5人からだよね? あと1人はどこにいるんだい?」

「なーんじゃ、そんなことか! ほれ、残りの1人は……………1人………は……いない!?!?」


 いない。いないのだ。


 どこをどう探そうとも残りの1人がいない。部屋の中をキョロキョロと見渡しても、廊下に出ても、机の下をのぞいてもいないのだ。


「どこじゃ、どこに行ったのじゃ! あののアホはどこに消えたのじゃーーー!!??」


 その小さな身体からどうやって出しているのか、耳をつんざくほどの大絶叫を放ちながら天を仰ぐように膝をついた彼女。

 

 リッキーと呼ばれたもう1人がいないだけで、そのように焦る必要があるのだろうかとネロが思っていると突然、また別の扉が開かれて頭の上が寂しい教師が慌てた様子で入ってきた。


「カリファ学園長大変です! リッキー•バートンが騎士団に捕縛され、現在は牢で暴れていると苦情の通信が来ました!!」

「………はあ????」

「またあの人は………」

「なに! ケンカならレプリカ様もやりたいぞ!」

「騎士団ってカワイイ女の人いるかな!?」


 困惑、呆れ、興奮、性欲。


 騎士団に捕まったリッキーという人物は、やはりこのゲテモノメンバーに相応しい性格の持ち主だと考えているネロ。しかし、ネロよ気づいているだろうか、お前もそのゲテモノの1人だということを。


 カリファは痛む頭をおさえ、フラフラとしながらもリッキーを迎えに行くようだ。


「何をしておる、お主らも来るんじゃぞ?」

「「「え……?」」」

「レプリカ様大暴れじゃーーーい!!!」


 どうやら全員仲良くリッキー先輩を迎えに行くことが強制的に決まった。






──────────

ゲテモノメンバーが増えるよ、やったねみんな!

ちなみに、レプリカはGカップです。

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