ネロ•エスピーナのリドル─初見殺しの魔法使い─

研究所

第1話 ネロ•エスピーナという名の魔法使い

謎かけリドルだ小僧ッ!」

「痛い、とても痛いよじいさん。痛くて涙が出そうだ。そんなに耳をひっぱらなくてもリドルは受けるよ」


 このじいさん、小さくて魔法使いのくせに小汚くまるでゴブリンのような風体なのだ。

 それでもって、その小汚いゴブリンじいさんよりもっと汚いボクに毎度毎度リドルをしかけてくる。

 ああ、ようやく耳をはなしてくれた。これからようやくリドルが始まるんだ。


「リドルだ」


 ゴブリンじいさんは指を一本立てて顔の中心に持っていく。特に意味はないらしく、ただのクセなのは短い付き合いだけどわかった。


「赤、もしくは青に黒が混ざり合った柔らかいものを白とピンクが支えている。それは美しくも醜く真実を隠し虚構を解き、海を渡り大地を覆い空を飛ぶ───コレはなんぞや?」


「赤は平民と言うで青は貴族血の色、そこに黒……ああクソの色か。ってことは白は骨でピンクは……脳みそ? 美しく云々は見た目じゃないな……性格とか内面か、で、海も陸も空も魔法で行けるから」


 なんだ簡単じゃないか、答えは「人間」だ。


「ハズレだ阿呆め」

「痛いよじいさん、本当に痛いんだ、じいさんは耳をひっぱる側だからこの痛みが解らないんだ。それに、なんで人間じゃないんだい? どう考えても人間以外の答えなんてないじゃないか」


 ゴブリンじいさんは呆れた顔で答える。


「だからお前は愚かなのだ。答えが決まっている、答えが一つだけと思いこんでいるから救いようがない。答えは生きとし生けるもの全ての生命だ。わかったか、小僧?」

「ず、ズルイ」

「ズルイ? なにがズルイのだ?」

「それが答えなら鳥だって魚だってウソをつけることになるじゃないか」

「小僧」


 ボクの顔にじいさんの顔がズイっと近づく。そして何を思ったのか、ひどくブサイクな顔で笑顔を作った。口がクサイ。


「解っているじゃあないか。そうだとも、鳥も魚もその他の生き物も、ぜーんぶ嘘を吐くのだ」


 たまに意味のわからないことを意味ありげに言うからタチが悪い。


「時に小僧。お前、この世に正義とか悪があると思っているか?」

「ある、あるに決まっているじゃないか」

「では、何が正義で何が悪なんだ?」

「難しいのはわかんないけど、人に優しくするとかが善で、人を殴るとか暴力が悪だよ」

「違うな。お前は根本的に、致命的に、暴力的に間違っている」


 言い返そうとする前にじいさんの指がボクをさす。


「この世にはな、正義はないんだよ小僧。悪しかないのだよ」

「どうゆうこと? なんで正義はなくて、悪はあるの?」


 次に顔をボクと同じ高さに合わせる。


「想像しろ。腹が減って今にも死にそうなガキがパンを盗み、そしてパン屋の男にボコボコにされた、これはどちらが正義だ?」

「そりゃあパン屋だよ、パン屋は盗まれたんだから悪いわけはない」

「ああ、恐ろしいほどにお前は間抜けだ。いいか、この話の登場人物に正義はいない。パンを盗んだガキも盗まれた男も等しく悪だ」


 わからない。盗まれたほうが可哀想じゃないか。なんで子どもとおんなじ悪なんだ?

 じいさんは答えてやると言わんばかりに笑う。


「言わずとも分かっているように、パン屋の男にとって商売道具であるパンを盗むガキは自分の生活を脅かす悪だ。だが、ガキにとっては無数にあるパンの一つも寄越さないケチな男が悪なのだ。わかるか? どちらも相手が悪だと言い張るのだ! 裕福な相手が施しを与えないのは悪で困っている自分の主張は正義だと! 貧乏で食うに困って盗みを働くのは悪で盗まれた自分が正義だと! 互いが互いを口汚く罵り合う、それがこの世の正体だッ!」


 ああ、ここまで言われたらボクでもわかる。


「つまり悪って他人……いや、自分以外の全て?」


 そう答えたらじいさんは本当にゴブリンみたいに笑った。


「そうだ、そうだとも小僧! 仮に正義があるとすれば自分だけとも言えるが、正義なんぞ悪より曖昧だ。平気で自分を刺しにくる、碌でもない存在だ」


 今度はボクが笑った。正義なんてなくても、ほかの全てが悪ならいいのかな?


「ねえ、じいさん。ボクは自分の好きに生きていいの? 魔法使いになりたいと思ってもイイの? 他人に迷惑がかかっても、好きに生きていいの?」

「生きているだけでお前は迷惑をかけているんだ。今さらだろう」

「そっか………じゃあボク、好きに生きるねじいさん。今までありがとう!」


 ボクはとびっきりの笑顔でお礼を言った。

 ボクは魔法が好きだ。自分では理解しきれない魔法に魅せられた。だからボクは魔法使いになりたいんだ。ゴブリンじいさんが一度だけ見せてくれた魔法に憧れた。

 だからボクはじいさんを殺した。魔法使いになるために、後生大事に持っていた魔法が書かれている本を手に入れるために。


 そして数年後、ボクは魔法使いになった。

 ゴブリンじいさんは、どうやら魔法使いではなかったようだ。ただの手品と人語を話せるゴブリンだったらしい。



 ◆◆◆


「ずいぶんと前のことを思い出したな。ボクも存外に緊張しているのかもしれないな、ハハッ」


 鍔の広く金で縁取られた黒い帽子、身長より頭一つ分大きく虹色の宝石が装飾された木の杖、そして純白のローブに黒のコルセット。それはまさに魔法使い然としていた。


 そんな彼の名前はネロ•エスピーナ。

 魔法使いである。


「なに余裕こいてんだテメェ……ああ!?」


 対するは両刃の剣を携えた赤髪の剣士。

 名をザック•イラ•ホーネット。ホーネット家の次男であった。


「ん? 何をそんなに怒っているんだい? いや、初めからキミは怒っていたか……ボクの不正を暴こうと」


 ここはソロモン魔法学園、魔法使いを育て排出する専門機関である。


 特殊な石でできた円形の舞台に二人が上がっている。理由は単純明快、問題を魔法を使った決闘で解決するためである。


「あぁそうだ……テメェが不正をしなきゃ、このオレが一番だったんだよペテン野郎が!」


 今回の決闘にいたった経緯としては、魔法学園へ入学する際に行われた試験結果で一位通過者がネロ、次いで二位通過者がザックとなっている。


 この結果に不満を抱いた彼は、ネロに決闘を挑み負ければ不正を認めろと要求した。人一倍プライドが高い彼は、なまじ実力もある分、自身の主張が力さえあれば通ると考えていた。


 学園側は当然決闘を認めるわけにはいかないため彼の要求を棄却しようとしたが、挑まれた本人が了承してしまい現在にいたるのであった。


「ボクはね魔法にウソはつかないよ、と言ってもキミは聞かないだろうね。ふぅ……じゃあもう一度、この決闘に負けた時と勝った時のことを確認して、早く始めようか」

「上から目線で語ってンじゃねぇぞ平民……! テメェが負けたら不正を認めてココから出て行け! さあ、やるぞクソ野郎」

「キミが負けたら?」

「負ける訳ねぇだ───」

「ああ、そうゆうのいいから。それとも、負けた時が怖いから言いたくないのかな?」

「チッ……負けた時は何でもやってやる。あと、テメェは確実に殺す」


決闘のルールは以下の通りである。

 一、決闘は一対一で行われる

 二、魔法及び一つの武器のみ使用可

 三、勝敗は降伏の宣言、審判の判断に依る

 四、要求は必ず実行される


 ネロの武器は虹色の宝石が装飾された木の杖、ザックの武器は両刃の剣となる。


 両者の合意の元、舞台の縁に文字が浮かび上がり二人を囲う魔法の結界が形成された。これは範囲内の者の生命力が一定以下になると自動で結界外へ出されるような仕掛けとなっている。

 その結界を確認した審判が舞台の横につき、いよいよ決闘が開始される。


「両者、構えて。コインが落ちた瞬間に始めます」

(ペテン野郎が…グチャグチャにしてやるッ!)

(楽しみだ、どんな魔法が見れるんだろう)


 互いが違う思惑の中、審判の指から金色のコインが弾かれる。


 くるくる、くるくると、一時の空中遊泳を楽しんんだコインは太陽の光を反射させながらも、ついに地面へと着地を───……。


「死ねェ! クソ野郎ォ!!」

「フライングだけど許すよ。キミの実力を見せておくれ、ザック•イラ•ホーネットくん」


 ザックは獣の如き素早さで一直線に獲物を狩りにいった。強者である自分が取るべき行動など既に決まっているかのように、単純にして圧倒的な魔力量による身体強化で真正面から叩きつぶす。


 剣に炎と雷の属性を付与させ、受ければ炎上と感電は確実、避けることを余儀なくさせたあと一段階上げた身体強化でトドメを差す───ハズだった。


「───へ?」

「ん………?」


 間の抜けた声がザックから漏れた。


 それもそのはず、受けること自体できないハズだった一撃が受け止められ、あまつさえ付与していた炎と雷の属性が掻き消えていたのだ。


「く、こ……のっ! まぐれで調子に乗ってンじゃねぇぞ三下の雑魚が!!」


 魔法が同質量の魔力で相殺されることがある。今回のはその偶然が奇跡的に起きてネロを守ったのだと、そうザックは考えた。


 相殺など熟練の魔法使いでも高度な技法であり、目の前の貧相な男か女かも分からないヤツが、ましてや平民ができるはずもない。あり得ないと考えれば考えるほど、妙な不安感が彼の胸に積もっていく。


「我が身は獅子の如く、我が脚は疾風の如く、我が腕は龍の如く『ブースト』! いくぞオラァッ!」


 不安を払拭するため無詠唱から詠唱ありの身体強化へと移行し、一気にかたをつけようと考えたザックは、先ほどとは比較にもならない速度に膂力でネロを襲う。


「死ね。死ね死ね死ね! 死ンじまえぇぇ!!!」


 まるで百獣の王である獅子のごとき咆哮をあげ、通るところすべてをなぎ倒す大嵐のような攻撃を繰り出す。


 しかし、一撃、二撃、三撃と、次々と攻撃をしても当たらない。


 剣を縦に振れば木の葉のようにヒラリと横に避け、横に薙ぎ払えばネコのように頭上をくるりと飛び越える。


(クソッ! なんで当たらねえ!)


 一位と二位の決闘ということもあり、野次馬のような観客はドンドンと増えていた。


 必死に剣を振るう自分とつまらなさそうに涼しい顔をして避けるネロ。まるで子どもの相手をしている大人のような構図が、さらに彼へ火をつけた。


「天すら焦がすは炎の魔神ネフテス」


 下手をしなくとも発動すれば相手を殺す大魔法の詠唱を開始してしまった。


 審判は一瞬止めに入ろうかと思ったが、対戦相手であるネロが今までと違った表情で笑っていたため、その場で待機を選択した。


「ハハッ、いいね! 炎魔法の上位に位置するソレをキミは使えるのか! 炎の魔神ネフテス、色々省くけど要は相手をチリ一つ残さず燃やし尽くすという逸話をもとに開発された大魔法!」

「怒りと痛みを源にこの世の悉くを灰塵に帰す…」


 ネロは「ならば」と言い、木の杖を石の舞台へ突き立てた。


謎かけリドルだザック!」


 嬉々としてそう告げたネロの身体は虹色に発光していた。


「罪には罰を、咎人には断罪を、始まりには終焉を告げよう…」


「上は洪水、下は大火事、さてなーんだ? 安心してくれザック、ボクはじいさんより易しいから」


 詠唱は完了した。ザックの頭上には太陽と見まごうばかりに輝く、球状の炎のかたまりが出現した。


 結界の外には影響はないが、見ているだけでも焼き殺されそうなほどに燃え盛っている。現に中にいるネロはまだ食らっていないにも関わらず、帽子やローブから火が出ている。


「『プロミネンス』。死んどけ、カス」

「おや? リドルには答えてくれないのかい? 難しくないだろうザック。上は洪水で下は大火事だよ?」

「あー、じゃあ風呂で」


 詠唱が完了した瞬間にザックの勝利は揺るぎないものとなっていた。ゆえに、ネロの意味不明な言動にも答えたのだ。答えたうえで、特大の炎塊を容赦なく叩きつける。


 ドゴォォォォォンッ─────!!!!


 まるでドラゴンが怒り狂った時に放つ咆哮かと勘違いしてしまうほどの爆音が、辺り一面に響き渡った。


「……………」


 踵を返し、舞台から降りようとするザックに声が掛かる。


「ザック•イラ•ホーネット、何をしている」

「はっ、なんだよ平民を殺したから何かペナルティでもあるんですかい?」

「いいや、決闘のよる死亡はよくあることだ」


 何を言いたいのかいまいち要領を得ないため、若干の苛立ちを含んだ声色になってしまう。


「なにが言いて───」

「不正解だよ、ザック」


 ゾワリ。ザックは自身の背中に氷のような冷たさの何かが貼り付いたような悪寒がした。


 自身の心が現実を否定する。自分の使える最大威力の魔法を直に食らって生きているハズがないと。ましてや、目の前のヤツのように無傷なハズがないと。


 だが、現実は残酷に事実を告げる。


「不正解なんだ、風呂じゃあないんだよザック」

「『ブースト』!!」


 彼は許さなかった。自分の全力を否定したネロを許さなかった。だから無詠唱による全身全霊の身体強化で、その細い首を断とうとした───だが。


「もうネタ切れなんだね、残念だ」


 ネロも身体強化を使ったのか、自分の剣を指一本で易々と受け止めてしまった。


 そして、彼の興味を失くした顔を見てしまった。いくら振っても先ほどの繰り返し。やがて自身の剣を踏まれ、地獄の宣言をされる。


「正解はね未曾有の大災害、だよ」

「なんっ───!??」


 ネロが正解を口にした途端、彼の杖から大量の水と炎が出現した。


「たっ、助けっ、ガポッ、焼けッ───」


 ザックの願いも虚しく上半身は水が呑み込み、下半身は炎が焼き尽くす。


 想像を絶する苦しみと痛みを同時にくらい、身体強化で逃げようとしても叶わず、延々と地獄のような時間が過ぎていくばかりであった。


「リドルの不正解者には相応の罰を。これがボクの、ボクだけの魔法だよザック」

「私の判断によりザック•イラ•ホーネットの敗北を、同時にネロ•エスピーナの勝利を宣言する! ネロ•エスピーナはただちに魔法を解除せよ!」


 審判の宣言によりネロは魔法を解除した。


 決闘場には妙な雰囲気が流れている。一位と二位の決闘であれば壮絶な闘いになるだろうと誰しもが思ったハズだ。


 しかし、蓋を開けてみれば一方的な蹂躙、それもこの場にいた全員が知らない魔法によるものなのだから、誰も何も言えない。


「それで? ボクの要求は通るんだよね?」


 空気は読めても読まないのがこのネロという男である。自分の欲望のためならどんなに白い目でみられようとも構わないのだ。


「この紙に書いて私に提出しろ。決闘のルールにより必ず遂行させるが、命の奪い合いは先ほどまでだぞ?」

「ええ、ボクも彼の命なんか要りませんので」

「そうか……では、明日から授業を再開せよ」

「はーい」


 

「おいっ、あの魔法が何かわかったか?」

「いいや、全然わかんねぇ……」

「リドルとか言ってたよね?」

「じゃあさ、それに正解しなきゃダメなのか?」

「ウソだろ? そんなの使用者次第じゃん!」

「まるで初見殺しだな……」

「まるでってゆうか、まんまそうだろ」

「ああ、そのまんま初見殺しだな」

「初見殺しの……魔法使い?」

「それだ! 初見殺しの魔法使いネロ•エスピーナ!」

「ふぅ……なぞなぞ、やっとこうかしら」


 初見殺しの魔法使い、ネロ•エスピーナ。


 この決闘を機に、彼の二つ名は広まっていくこととなった。






──────────

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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