第9話 薊

 薊は、目元の手術を終え、一人悩んでいた。相澤さんに好かれる為には他にどんな方法がある。頭を悩ませ、出した結果は朔空になることだ。性格、口調、髪型、仕草、全て彼に寄せれば相澤さんも喜ぶはずだ。彼女の心の隙間を埋める事ができる。朔空の真似など朝飯前だ。何十年近くで見てきたと思っている。今すぐにでも相澤さんに会い、隙間を埋めに行かないと。愛の衝動に駆られ、警察がいる学校に向かおうとした。しかし、それでは、今までの計画が台無しになってしまう。大人しく、彼女の家の近くで待つ事を決めた。

 太陽が沈んでも彼女は帰ってこない。何かあったのかと不安になり始めたその時、彼女の姿が見えた。彼女の象徴でもある元気がない。屍が歩いているような彼女は彼女ではなかった。殺すべきではなかったと心で深く後悔をしたが、俺が代わりになり、また、相澤さんに笑ってもらうのだと決意し、電柱の影から飛び出した。彼女は一瞬薊の存在に気づかなかった。しかし、声をかけるとゆっくりと顔をあげた。しかし、目の焦点は合わず、目の奥には暗闇しかない。

「加藤君?何してるの」

 抑揚のない声で話しかけてくる。薊は見るに堪えない彼女を元気付けようと彼になりきる。

「すみれに元気出して欲しくて会いに来た。そんな暗い顔してどうした」

 朔空ならこう言うだろう。それでも彼女は暗いままだった。

「加藤君だよね?どうしたの。あなたってそんな人だったっけ」

 暗く加藤君の顔が見えない。どんな顔をしていたのかも思い出せない。今は誰の顔も見たくない。そう思っていたが、月に照らされた加藤君の顔を見て驚愕した。目元が彼にそっくりだ。

「本当に加藤君?どうしたのその目。そんな目じゃなかったよね。なんで彼と目が似てるの」

「いや、元からこの目だぞ?それより、すみれ甘いもの好きだよな、今からスタバに行かない?今の新作飲みに行こうよ」

 なぜ、すみれは浮かない顔をしているんだ。目の前に惚れている男がいるはずなのに。もっと喜んでいてもいいはずなのに。そう思いながら目の前にいるすみれが笑う事を祈っている。しかし、その思いは伝わらない。

「いやよ。なんで加藤君と今行かないといけないの。朔空君が殺されたかもなんだよ。ふざけた事言わないでよ」

 暗くてわからないが、すみれの顔が紅潮しているのがわかる。

「どうしたの。そんな怒るなよ。怒ってるすみれは可愛くないぞ」

 なぜ、すみれが怒っているのか本当に理解ができない。俺は何かしたのか、おかしなことを言っているのか、朔空になりきれていないのか不安になる。

「とりあえず、今日は帰ってよ。今は誰とも会いたくないし、話したくない。加藤君が何をしたいのかわからないけど、頭冷やしてよね」

 横を通り過ぎ、家に帰ろうとするすみれを引き留めるように薊は左腕を掴んだ。薊の頭の中はハテナでいっぱいになっている。

「なんで帰ろうとするんだよ。彼氏が来たんだぞ。遊びに行こうよ。すみれの好きな場所に行こうぜ。どこでも付き合うよ。水族館か、それとも遊園地?早く出かけようよ」

 薊の腕を振り解き、すみれは薊ち向き合った。

「意味がわからない。加藤君そんな人だったの?もっと優しくて思いやりを持ってる人だと思ってた。私の前から消えて」

 薊の中で何かが崩壊する音が聞こえた。愛する人からの誹謗など聞きたくなかった。俺はすみれを喜ばせたかったのに。すみれの笑顔が見たいだけだったのに。今、彼女は俺を蔑みの目で見ている。なぜそんな目で見てくるのかわからなかった。

「そうだ、相澤さん、俺なんで朔空が殺されたのか知ってるよ。実は証拠が現場に残ってるんだって。それ見つけて警察に渡したら、朔空も報われると思うんだ。今からそこに行こうよ」

 すみれは朔空の為ならと二つ返事でついてきた。

 着いた事件現場には昨日作った血痕が残っている。一度家にお互い帰り、再び集合することにしていた。薊はその間に昨日使ったバットを用意し、待ち合わせ場所の朔空の自宅近くに向かった。薊は一足先に着いていたので、昨日殺した場所を眺めていた。

 また、同じ場所で人を殺すのか。でも、彼女もそれを望んでいるに違いない。だって朔空の事を愛しているから。同じ場所で死ねる事は本望だろう。最後に俺が彼女にできる手助けだろう。そう思い耽していると彼女がきた。これから同じ場所で殺される事を知らないはずなのに、心なしか喜んでいる様に見えた。

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