第3話 森の主

 自分の置かれた状況が分からず、ただ目の前に現れた美しい女性に見惚れてしまう。淡く光を放つ彼女は半身を霧で覆われていた。翠色の艶やかな長い髪に、彫刻の女神のように整った輪郭。僕の視線はとろりと甘く弧を描いた唇から、頬をなぞるように自然とその瞳に吸い寄せられた。ぴたり、と視線が結ばれる。


『そなた、大事ないか』

『ダイジョウブ?』『ダイジョウブ?』

『イタイ?』『イタイノ?』


 ひゅっと喉が鳴る。


「あ、はい。いえ、あの……」


 混乱する僕の口からは意味を成さない言葉が飛び出していく。大丈夫だと伝えたい気持ちと、現実とは思えないヒトではない彼女たちの存在に対する疑問、自分の身を支えているつたのことなど、一度にいろいろとありすぎて上手く言葉が出てこなかった。

 彼女はころころと美しい声で笑った。光たちもふわふわと楽しそうに飛び回っている。僕に絡みついた蔦はゆるゆると動き、地面にそっと降ろされた。そうしているうちに、ようやく少し落ち着いてきた。そっと深呼吸してゆっくりと口を開く。


「すみません。危ないところを助けていただき、ありがとうございます」

『ほほ、先にそなたを連れてきたのはこちらじゃからの。礼には及ばぬよ』

『ゴメンネ』『ゴメン』

『メズラシカッタノ』『ニンゲン、ハジメテ』


 僕を『ニンゲン』と呼ぶ。かすかに聞こえる囁き声はやはり光から聞こえるようだ。1つずつの光に意思があるのだろうか。不思議に思った僕は、近くに在ったひとつの光をじっと見つめた。

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聖なる泉の物語 井上 幸 @m-inoue

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