第2話 誘われた森の奥

 霧の中をしばらく歩いていると、今度ははっきりと川の流れる音が聞こえてきた。光の輪は相変わらず先を誘導するように揺れていた。


『ホラ、モウスグダ』『モウスグダ』

『イソイデ』『ハヤク、ハヤク』


 ささやき声も変わらず聞こえる。川が近いのは解ったけれど、ここに何があるというのだろう。かすように歩かせるのは、まさか僕を谷に落とす気ではないだろうか。

 嫌な想像をしてしまった。ふるふると頭を振って気持ちを切り替える。考えても仕方がない。『聖なる泉』を見つけるまで、引き返すつもりなどないのだから。一歩一歩、霧に隠れた足元を確認しつつ慎重に先を急ぐ。


『ア、ヌシサマダ』『ヌシサマダ』

『ヌシサマー』『ヌシサマー』


 囁き声が大きくなったかと思うと、僕を取り囲んでいた光の輪が一斉に形を崩してすぅっと斜めの方向へ飛び去って行った。あまりに突然の動きで一瞬ほうけてしまう。でもここはもう森の奥深く、地図も役に立たない場所。あの光以外に頼る者は何もなかった。追いかけるより他に道はない。

 とにかくあの光の向かった先へ行ってみようと歩き出す。急ごうと踏み出した足元に、地面はなかった。


「うわぁっ!」


 ザザッと後ろに残っていた片足も滑り、身体が霧の中へと呑みこまれていく。胃が持ち上がるような浮遊感に、ぎゅっと目を閉じた。か思うと、今度はぐっとお腹の辺りに体重がかかるような圧迫感が訪れた。


『まぁ、まぁ。危ないこと』


 高く澄んだ声が聞こえて、恐る恐る目を開けてみた。どうやらお腹に巻き付いたつたのおかげで落下が止まったようだ。心臓は胸を突き破りそうなほど激しく暴れているが、助かったのは間違いない。ほぅっと深く息を吐き出した。


『ニンゲンは弱く儚いもの。お前たち、連れてくるならしっかり守っておやり』

『ハイ』『ハーイ』

『ゴメンナサイ』『ゴメンネ』


 さっきまで一緒に居た光が戻っている。そしてその中心には一目で人間ではないと分かるほど美しく、淡く光る女性が立っていた。

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