フラーフ/質問
「さぁ、どうなの? さっきの言葉は嘘?」
彼女は僕の瞳をじっと見つめている。
力強い瞳だ。その濡れた瞳に、何もわかっていない、理解したくない、理解したくてもできない――僕の困惑した顔が写っている。
僕には彼女の言葉の意味を、額面通りに受け取ることはできなかった。きっと彼女はその言葉の裏に何かを隠していると思ったのだ。いやそうであってほしいと願っていた。
「えっと……」
「聞こえなかった? だってなんでもしてくれるんでしょ?」
ダメだ見つからない。彼女の言葉の裏の真意なんて、この短時間で見つけ出せるわけもなければ、そんな人を見る目が自分にあるとも思えない。口ごもる僕を射抜くような視線がとらえる。
「り、理由を聞いても良いかな?」
たぶん引きつっているであろう自分の顔に、内心悪態をつく。自殺を止める方法、なんて都合の良い知識を僕は持ち合わせていない。しかし、かろうじて自殺しようとしている人はタイミングを逃させればよい、という事をどこかの授業だったか、テレビだったかで見た覚えがあった。
その結果、口から出たのは、どうしてそうするのかという有り体の質問だった。
「理由、理由ね……」
そう言って彼女は窓の外にふい、と視線を投げかけた。
「なんかわからなくなったのよ。この世界とか、自分とか、意味とか、感情とか。全部全部ね」
「だから…… 死にたいの?」
彼女は「そう…… ね」といって悲しそうに少し微笑んだ。しかし、それは一瞬の事。
「心太郎は優しさって何だと思う?」
突然の問いだった。
「優しさ?」
優しさ、と聞いて僕が思い浮かべたのは「他者に親切にする事」や「相手に対する包容力」とかである。僕は「優しい人でありたい」、そうありたいと思って今日まで過ごしてきた。
「……包容力とか親切にすることとか……」
「そうね、それはきっと100点満点の答えだね」
そう言った彼女の顔に浮かぶ、呆れたような表情。
「じゃあ、私から心太郎に質問。優しさって必要?」
僕の中で即座に導き出されたのは「必要」の二文字だった。
「えっと、僕は必要だと思うけど…… 真紀菜はそうは思ってないの?」
「私はね、いらないと思うのよ」
彼女はそう言い切った。
「そもそも、優しさなんて見えるの? 見えないのに必要と言われて、もちろん私もそのよくわからない存在は分かるわ」
彼女の瞳が僕を真っ直ぐ見つめている。
「でもいらないと思うの」
射抜くようなその視線。ナイフのように研ぎ澄まされた彼女の言葉が、僕の喉元にピタリと突きつけられているようだ。
「どうして……」
嘘を言っている感覚はない、そぶりもない、つまりこれが彼女の本心であり、少なくとも今「死にたい」と言った彼女の本音なのかもしれない。
「じゃあ聞くけど、優しさを誰かに渡しました。誰かに優しくしました。それは返ってくる?」
情けは人の為ならず。先人たちの言葉が僕の脳裏をよぎる。実際に聞いたわけではなく、授業で習っただけなのだが。
「返ってくるよ!」
反射的に答える。
「それは何が返ってくるの?」
「え……」
言葉が出なかった。
「訳が分からないって顔してる」
その通りだ。訳が分からないのだ。死にたいと言った彼女を少しでも引き止めるために、僕が質問しているはずが、質問を返され答えに困っている。
この状況は一体なんだ?
「誰かに優しくしたところで”やさしさ”が返ってくるとは思えない。少なくとも私はそうは思わない。誰かに優しくして、それと同じぐらい”やさしさ”が返ってくる、この世はそんな都合の良い世界じゃない」
吐き捨てるように言った彼女の瞳には怒りにも似た憎悪の炎が燃えている。
「もう一度聞くわ。ねぇ心太郎、優しさって必要?」
「……僕は、必要だと思うよ」
「どうして?」
「僕が必要だと思うから。僕が誰かに優しくされたら嬉しいから……」
「そう、じゃあこれは?」
そう言って真紀菜は再び、僕の書いたページが他の人よりも少しだけ多かった学級日誌を手に取った。
「誰かに優しくされて嬉しいんでしょ?自分の仕事でもないことを押し付けられて、それでもあなたは嬉しいって言えるんだ?」
「だってそれは…… みんなが困っていたから、僕には時間があるし、それで」
「それで、その人がやるべき事を請け負った…… ね」
彼女は僕を試すように、そして少し面白そうに
「心太郎が、悪事の片棒を担いでいるとしても?」
胸に浮かんだ困惑を、あえて口に出しては言わなかった。
「だって、本来はその人がやるべき仕事を、心太郎がとっちゃって、しかもその人は仕事を放棄してるわけじゃん。ソレの手伝いをしている心太郎も、その人のためにならない事、悪事の片棒を担いでいるのと同じだよねぇ? 違うの?」
僕は何も言い返せないまま、苛烈とも言える真紀菜の視線と言葉から逃れられないでいる。
スターラハーツ 月輪雫 @tukinowaguma
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