雑草娘娘_04
「お前……視えるのか?」
「は、はい?」
「
歯を剥き出しに怒鳴られて、
先程から青年は乱暴極まりない態度と口調で、こんな奴と大切な煤を一瞬でも重ねてしまった自分に草苺は殺意すらわいた。
「毒蟲ってあの人面蜘蛛のこと? あんなに大量にいて見えないわけないでしょ!」
「なら華氣は? この人の癒花から漏れているはずの華氣はまだ視えるか?」
「まだって言うか……ずっと見えてるけど」
草苺は首を捻る。
明るい太陽の下でも瞬いて見える美しくも儚げな光る煙。
たとえ目を離したとしてもまたすぐに気付く。
こんなに眩いものを見逃すはずがない。
青年は品定めをする眼差しを草苺に向けてくる。
ややあってから「よし」と青年は神妙な面持ちで頷くと、妃妾をその場に寝かした。
「来い!」
顎でしゃくられる。
行きたくなかったが、彼が示した先は妃妾のそばで。確かに草苺は彼女の状態が心配ではあった。
彼女の顔は血の気は引いているものの、最初に出会った時と同じ。蜘蛛ももういない。
大丈夫だろうと草苺が自ら足を踏み出す前に「早くしろ!」
大股で近付いてきた青年に、腕を引っ張られた。
剣を握り慣れている骨ばった手は力強く、草苺では振りほどけない。
彼の一歩は大きく、手を引かれると草苺は嫌でも小走りになる。あっという間に紫陽花の妃妾の前に連れて来られた。
両肩を押されて、草苺は仰向けになる彼女の横に座らせられた。
「ちんちくりん」
「……草苺」
「俺は
存外、素直に名前を呼んでくれたことに草苺は驚いた。
てっきりまた揶揄われるかと思っていたが、後ろから覗き込んでくる彼の横顔は真剣だった。
眉は太く精悍な顔付きで、身体を動かすことに長けた無駄のない引き締まった風骨。
喉仏のある太い首から出される低い声からしても、明らかに去勢者の宦官ではない。
後宮は皇帝以外の男は入ることを禁止されている。
彼が何者なのか気になったが、角星から発せられた言葉により草苺の思考はすべて吹っ飛んだ。
「草苺。彼女の花結いをしろ」
堂々と。
あまりにも堂々と命じられた。
ぽかん、と草苺の口が開く。
「オイ。ぼうっとしてるな。早く結え」
急かされて、我に返った草苺は激しく首を横に振った。
「こんな状況で花を結え? なに言ってんの⁉︎」
反発する。彼の発言はなにからなにまで理解ができなかった。いや、発言だけではない。
一連の流れからして草苺の頭は追い付かない。
「医師が先でしょ! 彼女のこの顔色の悪さを見なさいよ! 花結いをしてる余裕なんかない!」
「余裕がないからだ! 言うこと聞け!」
「さっきから意味が分からないのよ! 一人で勝手に悩んで、勝手に納得して、勝手に命令してきて……。人になにかさせたいのならまずは説明! 余裕がないなら、ないなりにも簡潔に説明すべきでしょう? 違う?」
草苺の猛攻に角星は「うっ……」と喉を詰まらせる。
「そう、だな。すまん……」
歯切れ悪く呟き、角星は気まずそうに耳飾りの房を指先で揉んだ。
形勢逆転。
草苺はフン! と鼻を鳴らす。
「で、彼女に花結いをする理由は?」
「あっ……ああ。まずお前は癒花から漏れてる煙が視えるんだな?」
「うん。視えてる」
「それは華氣と言って癒花を咲かす人の生気だ。女なら花の仕組みは男の俺より分かるだろ?」
「癒花には生気が通ってるって話? つまりこの煙――華氣は、彼女の生気なの?」
「そうだ。ここまで話せば想像はつくはずだ。華氣が漏れれば漏れるほど、彼女の命は危うい」
「えっ⁉︎」
草苺は勢い良く紫陽花の妃妾へ意識を向ける。
言われてみれば彼女の顔色はどんどん悪くなっていた。
「詳しい説明をしている暇はない。お前が彼女の癒花を結って、漏れ出る華氣をとめてくれ」
突拍子もない無茶振り。
草苺は、なにも答えられない。
「視えるなら大丈夫だ! 俺は、華氣は視えねえけど……指示は俺が出す!」
角星は草苺の隣で片膝をつくと力強い眼差しで訴えてくる。
「頼む! ここで花結いをしないと彼女が危ない」
膝に額を当てるほど首を垂れて懇願してきた。
草苺は胸の前で擦り切れた右手を握り、黙って紫陽花の妃妾を見詰める。
――わたしが、彼女の花結いをする?
草苺は心臓が高鳴っていた。
不安からではない。
いままでとは異なる花結いに胸を躍らせていた。
いままで行っていた花結いは、あくまでも身嗜みとしての花結い。
傷んだ癒花を誤魔化すだけの花結い。
だが、これから行う花結いは身嗜みのためでも誤魔化しでもない。
人の命が掛かっている花結い。
女の花を、命を結う。
草苺は感じたことのない興奮と愉悦に襲われていた。
「分かった。やるよ」
草苺は静かに頷いた。強烈な高揚感と愉悦感を抑え込み、至極冷静に振る舞った。
それでも、手が震える。
緊張からくる震えとはまったく異なる震えだと自覚していた。
つり上がりそうになる口角を力を込めて押し留め、息を吐く。強く強く手を握り過ぎて掌の擦り傷が開き、血が滲んだ。
けれども、好都合。
「やらせて」
ゆっくりと、草苺は血に濡れた手を開く。
「生気を――ううん。華氣を整える花結いは血を使うんだよね」
「ああ。よく知ってるな」
「花結いについては少し勉強したから。本当は本人の血が良いって言うけど……華氣がこんなに抜けてる状態で血までもらえない」
「それなら俺の血を」
「わたしので応急処置する」
「あっ! コラ、勝手に――!」
草苺は角星の指示を待たずに、動く。
自分の服の袖を大きく捲ると彼女の頭を膝に乗せ、顔を横に向かせる。
後頭部の、黒ずみだらけの紫陽花に自分の血を塗り付けた。形の悪くなった花弁に血が滲む。
「俺の血を使え!」
「癒花を咲かせてから言って」
「もしかして、女の血じゃないと駄目なのか?」
「そうでもないけど……。酷い時は極力同じ癒花を咲かせる相手が、痛めてる本人よりも強い生命力――華氣を宿す花を咲かせてる人の血がいいかな」
「そうか……」
横目で角星を覗き見れば、彼はいつの間にか呼び出していた剣とその刃に当てていた片腕を引っ込めた。しゅん、と子犬のように気落ちする。
「気持ちだけもらっておくよ」
草苺はすぐに意識を紫陽花へと戻す。
力なく萎れていた紫陽花は草苺の血を吸って僅かに潤いを取り戻してくれた。
漏れ出ていた華氣の量も減っている。
それでも、肝心の部分はどうにもなっていないと見抜く。
「表面をいくら整えても駄目だ。原因は……」
草苺は豪快に紫陽花をかき分けた。
「っ!」
ぶわりっ! と紫陽花の奥から湧き上がってきた濃厚な華氣の塊が草苺の顔面にぶつかった。
妃妾が苦しげに呻く。
「……あった! ここだ!」
群生する紫陽花の最奥。頭皮に近い部分。黒ずみを通り越し、花弁も根も爛れ腐っている部分があった。じわじわ、と黒い腐食は進んでいっている。
蠢くそれは、明らかにただの黒ずみではない。
「ここから華氣が出てる。けどこんなに酷いんじゃこのまま血を与えてもろくに回復しない。酷いところは剪定して、無事な部分から血を与えないと……。けど」
草苺は唇を噛んだ。
「正式な花結師じゃないわたしが剪定するのは……」
迷う。
が、それは刹那の迷いだった。
「放っておいたら周りも腐る。華氣もとまらない!」
キッと目尻を吊り上げて、草苺は擦り切れた自分の右手のひらを引っ掻いた。
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