花結い女官_03
蛇が喋る事実に疑問を抱いた頃には、すでに
孤独な
彼なのか、彼女なのか、草苺には的確な判断はつかないが。煤自身が、草苺がそう思うならそれでいいと優しく包み込んでくれたので、草苺は素直に甘えた。
煤の導きの末。
草苺は旅の花結師に手を引かれ、彼女を看取ったあと後宮へ辿り着いた。
「ハァー……美味しいワ」
「はあー……軽くなった」
煤と草苺は同時に深い息を吐く。
草苺は首に巻き付いてくる煤を無視して扱いやすくなった蛇苺の蔦と髪をまとめて結う。派手な結い方をして目立つのも嫌なので、草苺の髪型は地味すぎず派手すぎずを意識している。
片耳の上から蔦と髪を捻って重ね、頭に蛇苺の橋がかかっているふうな形を作る。それだけ。
髪をまとめた草苺は、枯れ井戸の蓋を開ける。
蛇苺の残骸を拾い集めて井戸へと投げ落とした。その時。
「草苺」
「……え? うわ!」
ずぽっ! と勢い良く、煤が頭を広い袖の中に突っ込んだ。
「な、なにやってるの?」
草苺は反射的に腕を引っ込めて後退る。しかし袖の中で煤は騒がしく蠢き続けて――――
「あったワ」
煤が低い声で呟いた。
なにが? と草苺が思う間もなく、クシャ……! と嫌な咀嚼音が服の内側で爆ぜた。
「煤⁉︎ 本当になにやってるの!」
「それはコッチの台詞ヨ。草苺。アンタ変なもん持ってんじゃないワヨ」
「変なもの?」
「
「ああ。あれか」
煤が不機嫌に頭を揺らしながら袖口から出てくる。
「あれか、じゃないワ!」
煤は一気に腕を伝ってくると、尖った口元で草苺の額を小突いた。
これは煤が怒っている時の、叱咤の行動だ。
「な、なに怒ってるの? さっきの人の朝顔についてたんだよ。死んでたみたいだけどその場に捨てるわけにもいかないし。蜘蛛がついてたなんて知ったらこわがると思って……」
草苺は枯れ井戸を横目で窺う。
「ここに捨てようと思ってたんだ。なのに、食べちゃったの?」
「あんなモン、そこらに捨てるんじゃないワヨ」
「どういうこと? ただの蜘蛛じゃ……ぁいた! ちょっ、やめ! なんでそんなに怒るの⁉︎」
こつこつと額を何度も小突かれる。
煤はプイッと顔を背け、そのまま蛇苺の群衆に頭を突っ込んでしまった。完全に機嫌が悪くなった様子で、これ以上聞いても答えてはくれないだろう。
草苺は溜息を吐き、意識を切り替えて木蓋を戻しにかかった。
「よっ、と……。これでよし!」
蓋を戻すと手の汚れを叩き払う。
「わたしもごはんを食べたらお仕事だ!」
「アンタの仕事は雑草むしりだけデショ」
気合いを入れた瞬間、頭上から刺々しく吐き捨てられた。
「仕方ないよ。わたしはこんな頭だもん。後宮は花の見た目で贔屓されるから……雑草むしりの仕事をもらえるだけましだよ。それに、雑草むしりも楽しいよ?」
「アンタは本当に欲がないワネエ」
「ごはんが食べられて、雨風がしのげる寝床もある。花結いだって時々させてもらえるし、ほかに何を求めるの?」
「そりゃあ、後宮にいるんだから皇帝のお手付きになるとか? いまの皇帝陛下は千里眼を持つ賢帝と噂されるほどヨ。賢帝の癒花になろうと願ったりは……」
「あっ! でも一番は嬉しいのはあれだね!」
「あー……ハイハイ。こんなの興味ないワヨネ。ナニヨ?」
「こっそりしなきゃいけないけど」
草苺は頭に手を伸ばし、細長い身体を鷲掴んだ。
「なにすんのヨ!」と怒鳴る煤を引きずりおろす。小さな顔を覗き込むと満面の笑みを浮かべた。
「
草苺にとって煤はただの蛇ではない。
育ての親であり、師であり、相棒であり、親友だ。
できることならずっと一緒にいたいと思っている。
女官としての暮らしは確かに厳しいが、辛くはない。
辛いことがあっても、煤と一緒なら乗り越えられた。
「蜘蛛、心配してくれてありがとう。そうだよね。もし毒蜘蛛とかだったら、死骸でも危ないね。気を付けるよ老師」
草苺は煤の頭を人差し指で撫でる。
「これからもよろしくね」
草苺の言葉に煤は蛇苺と同じ色をする瞳をパチリと瞬かせたあと、フンと鼻を鳴らす。
首を伸ばし、子どもを甘やかす親のように草苺の頬に擦り寄った。
「当たり前デショ。アチシがいないとアンタは危なっかしいのヨ」
「ふへへへ……誰かさんに甘やかされて育ったもので」
草苺も煤の身体に頬擦りをする。
鱗に覆われた長躯は艶やかで、肌触りが良い。
「雑草むしりが好きな理由。隠れて煤とお喋りできるからっていうのもあるんだ」
「独り言の激しい奴だと思われても知らないワヨ」
「大丈夫、大丈夫」
草苺は跳ねるように軽やかに踵を返す。
今日もなんてことない雑草むしりに費やす一日が始まり、平凡に一日が終わる。
この時の草苺は、それを信じて疑わなかった。
「草苺」
「なに?」
「蟲に気を付けなさいネ」
真剣な声で煤が告げる。
「最近よくない蟲が多いのヨ。雑草むしりをする時に蟲がいそうな場所は避けて動きなさいネ」
「はーい」
だから、草苺は煤が感じている不穏な違和感を微塵も悟ることができず――結果として。
宮廷に渦巻く、大事件に巻き込まれていく。
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